一、一抹の不安と警戒
「なぜ、丞相府にいたのですか?劉翔宇は何を考えているのでしょうか」
「若様、楚の皇帝が玲莉お嬢様のために宮を用意しているようで、そのため、一時的に丞相府にいたようです。安心してください。その後無事に皇宮の戻られたようでしたので」
孟景天は黙ったまま何かを考えているようだった。
「袁馨と春静は玲莉と接触できましたか?」
「いえ、玲莉お嬢様が丞相府に行った日に袁馨さんと春静は楚の皇宮に潜入したそうです。春静には会いませんでしたが、袁馨さんはお会いしました。宦官として仕事をしていました」
「宦官か・・・まぁ、無難ですね。あの容姿で宮女で入宮すると、目立ってしまいますしね」
孟景天は玲莉がそばにいないことで日々不安が募っていた。玲莉のことは信じているが、自分がそばにいないことで劉翔宇との関係が進んでしまうのではないかと心がかき乱されていた。
(水晶玉さえあれば玲莉の動向を確認することができるのだが、あの日以来、どこにもない・・・考えられるのは玲莉が持っていったのだろう。しかしなぜ、水晶玉は魏の後宮に隠されていたのだろう。水晶玉も聖女に関する情報も魏にはほとんどない。まるで意図的に隠されいるように感じる。きっと楚には全てをつなぐ糸が隠されているはずだ。まずはあいつを排除しなければ・・・)
冬陽は一切瞬きせずに、一点だけを見つめている孟景天に気味悪さと恐怖を感じていた。
「冬陽・・・」
「はい!」
冬陽は名前を急に呼ばれ、思わず背筋伸ばした。
「玲莉と何か他に話しましたか?」
「はい、玲莉お嬢様に蘭玲お嬢様が亡くなられたことを伝えました」
「ん?冬陽はなぜ蘭玲が亡くなったことを知っているのですか?」
「楚へ向かう途中、寒松が呼び止めたので、理由を確かめると、寒松が指さす先で二人の男が話していたのが聞こえまして、『王家の蘭玲お嬢様が亡くなった』と耳に入ってきました」
「冬陽、これからは私が玲莉に伝えるよう命じること以外は決して玲莉に話さないようにしてください。余計なことを話してくれましたね」
孟景天が冬陽を見る目は、死期を感じるほど恐ろしかった。
「玲莉に話してしまったのであれば、この件は後で私が解決しましょう」
冬陽はとにかく謝るしかできなかった。
「冬陽、一つお願いしたいことがあるのですが・・・」
冬陽は孟景天の話を聞きながら、自分がとんでもないことをしていたことにようやく気付き、顔色は青ざめていった。
「若様はなぜ建明をそこまで警戒するのですか?若様からすると建明など、取るに足らない者ではないでしょうか?それに監視をしていますが、特に李義を貶めようとする行動は見受けられません」
孟景天が皇子の地位も剥奪されている李建明を警戒している理由が羅洋にはわからなかった。
「羅洋、建明は思っている以上にずる賢く、人の心をつかむのが上手いのです。その点では私は敵いません。そもそも私は人の心をつかもうと思ったことすらなかった人間です。羅洋も知っているでしょう。建明を支持している高官たちが未だにいることを。それに今では私のことを愛してくれている玲莉も私がいくら好意を表してもはじめは振り向いてくれませんでした。それは心に建明がいたからです。今やっと建明の本性が出てているところです。どんな手段を使っても皇太子になろうとするはずです。現時点では李義より建明の方に分があります」
羅洋は孟景天の話を真剣に聞いていた。
「では、これからどうするのですか?若様が表に出られない以上建明の思うつぼになるのではないのでしょうか?」
「今は建明の思うようにやらせてあげましょう。皇太子の座をつかんだと思った時に一気に奈落の底に落とす方が面白くありませんか?」
「えぇ・・・はぁ・・・」
やはり一番敵に回したくないのは孟景天だなと心の底から思う羅洋だった。
「白庭、遅すぎだぞ。本当に死んでしまうところだったではないか」
白庭は笑いながら、ある人物の手を取り、助けた。
「それで、あっちは上手くいっているのか?」
「問題ありません。いや、ある意味問題かもしれません。最近評判が良くて、縁談話を持ち込む令嬢たちも増えてきていますよ」
「それは・・・なんというか・・・困るのだけど・・・なんか悔しいな」
白庭はその様子に声を出さずに、笑っていた。
「これから私はどうしたらよいのだ」
「しばらくは若様の指示があるまで用意した家で過ごしてもらいます。その時が来たら・・・」
「なるほど。まぁ、私より強いから心配はないと思うが・・・」
「その通りですね」
「少しは否定しろよ」
白庭はわざとらしく謝りながら、孟景天が用意した隠れ家へ連れて行った。




