二十八、怒りの制裁
「毛太医、玲莉の状態はどうですか?」
劉翔宇は落ち着きのない様子で、毛太医を急かしていた。
「皇太子殿下、安心してください。玲莉お嬢様は身体が弱っているだけですので、命に別状はありません。しかし、妙です。これほど身体が弱っているのは、相当身体を酷使したはずです。玲莉お嬢様がなぜこんな状態になってしまっているのか・・・玲莉お嬢様はまだ十五ですので、身体が成長している段階です。目が覚めましたら無理はされないようお伝えください。薬を煎じてきますので、少しお待ちください」
「わかりました。お願いします」
劉翔宇は玲莉の頬に触れ、愛おしそうに見つめていた。
「皇太子殿下、申し訳ございません」
宋玄は跪き、頭を床につけ、謝罪していた。
「宋丞相、玲莉といたのは誰ですか」
「はい、私の侍女をしております、晩夏と申します」
「その侍女をここに連れてきてください」
宋玄は慌てて、晩夏を呼びに走った。
「玲莉、申し訳なかった。あの女がまさかここまでするとは思わなかったのだ。私が悪かった。許してくれ」
劉翔宇は玲莉の手を握り、自分の額に押し当てた。
「皇太子殿下、薬ができました」
「私が飲ませます」
劉翔宇は玲莉に薬を飲ませようと匙ですくい、口に運んだが玲莉は薬を受け付けなかった。
何度も試すが薬を飲まない玲莉に劉翔宇は頭を抱えた。
(仕方がない・・・)
劉翔宇は一気に薬を口に含んだ。
毛太医は劉翔宇が何をしようとしているのか察し、一礼をし、部屋から出て行った。
「皇太子殿下、晩夏を連れて来ま・・・」
宋玄と晩夏が部屋に入ると劉翔宇が口移しで玲莉に薬を飲ませている場面に遭遇してしまった。
二人はすぐに、後ろを向いた。
劉翔宇の薬の飲ませ方があまりにも色っぽかったため、晩夏は顔を赤らめていた。
劉翔宇は咳払いをしながら、二人に前を向くよう言った。
晩夏は振り向くと同時に跪いた。
「皇太子殿下、玲莉お嬢様を守り切れませんでした。どんな罰でも受け入れる覚悟です」
劉翔宇は跪いて謝る晩夏に、まず玲莉と晩夏がなぜあの倉にいたのか説明するよう求めた。
晩夏は玲莉が倒れるまでの経緯を全て話した。
宋玄は妻と娘がしでかしたことを聞き、顔面蒼白になっていた。
劉翔宇は怒りで拳が震えていた。
「宋丞相は本当に素晴らしい妻と娘を持ちましたね」
劉翔宇の顔は笑顔だったが、目は全く笑っていなかった。
宋玄は劉翔宇と目が合うと剣で刺されたような痛みを胸に感じた。
(恐ろしい・・・目が合っただけで、心臓がえぐられたようだ。何もかも終わりだ・・・)
宋玄はこの時すでに死を覚悟していた。
「宋丞相、今から玲莉が味わった苦しみを返さなければなりません。晩夏、玲莉を見ていてください」
「御意」
晩夏は目の前にいる人は虎の化身ではないのかと錯覚を起こすほど、恐怖を感じた。
郭菲と宋梦瑶は劉翔宇と宋玄が現れると命乞いをした。
劉翔宇は二人を蔑んだ目で見ながら、服の裾をつかんでいる宋梦瑶は払いのけた。
「お前たちは誰に手を出したのかわかっているのか!」
劉翔宇の鬼の形相と骨まで響く大声に郭菲と宋梦瑶は震えながら、涙していた。
郭菲は宋玄に助けを求めていたが、宋玄は追い払うように郭菲の腹を蹴った。
「郭菲、宋梦瑶!なぜ、こんなことをしたのだ!自分たちがどれほどの罪を犯したのかわかっているのか!」
郭菲は開き直ったのか宋玄に反撃してきた。
「何が悪いのよ。この子から皇太子殿下を奪ったあの女狐に自分の立場をわからせただけじゃない。何がいけないのよ。まだ、皇太子妃でもないでしょう?魏の丞相の娘?関係ないわよ!ここは楚の丞相府よ。あなた、なぜそこまでしてあの小娘をかばうの?梦瑶はあなたの娘でしょ。なぜ自分の娘を皇太子妃にしようとしないのよ!」
宋玄の我慢は限界に達し、二人の頬を力強く叩いた。
二人の頬は赤く腫れあがっていた。
「梦瑶が本当に皇太子妃になれると思っているのか!玲莉お嬢様と比べるなど、甚だしい。今どういう状況かわかっているのか?今すぐにでもこの丞相府、滅びてもおかしくないのだぞ!」
郭菲と宋梦瑶はなぜそこまで大事になっているのか理解できなかった。
「黄飛!この二人を死ぬまで叩き続けろ!」
「待って、どうか、命だけは!」
黄飛は二人が逃げないように木に縛り、鞭で叩きはじめた。
「待って!」
黄飛の手を止めたのは玲莉だった。
「玲莉、目が覚めたのか!」
劉翔宇は玲莉に駆け寄り、心配そうな表情で玲莉を見つめていた。
「もう、大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」
玲莉は晩夏に支えらえられながら、郭菲と宋梦瑶の目の前に立った。
「今日のところは私と晩夏さんが叩かれた数・・・杖刑三十回で許しましょう。でも、覚えておいてください。次、私や私の大切な人に手を出したら、絶対に許しませんから。あと・・・宋丞相」
宋玄はすでに死刑宣告を受けた罪人かのような顔をし、気力を失っていた。
「宋丞相は直接関与はしていませんが、家族を管理できていない責任があります。宋丞相、晩夏さんを私の侍女として皇宮に連れて行くことを承諾いただければ、今回、あなたを不問とします」
晩夏は玲莉の言葉に驚きと同時に笑みがこぼれていた。
宋玄は聡明で武術や剣術にも通じている、実の娘の晩夏を手放したくなかった。
しかし、晩夏は喜んでいるようにみえた。
(もしかして・・・玲莉お嬢様は晩夏が私の娘だと知っているのではないだろうか・・・晩夏は玲莉お嬢様の正体に気づいているはずだ・・・晩夏が自分で話したのか?)
宋玄が晩夏を見ると、晩夏は真剣な表情で頷いた。
(やはり・・・そうだったか・・・)
「玲莉お嬢様・・・晩夏を・・・お願いいたします」
宋玄が深々と頭を下げた。宋玄の足元は雨が降ってもいないのに濡れていた。
「私の命、玲莉お嬢様に捧げます」
「晩夏さん、これからよろしくお願いしますね」
玲莉は晩夏の手を取り、立ち上がらせた。晩夏はぎこちない笑顔で笑っていた。
「玲莉、皇宮に戻ろう」
玲莉たちが去った後、郭菲と宋梦瑶の苦痛の叫び声が丞相府に響いていた。




