二十三、平穏は許されない丞相府
「玲莉お嬢様、ここが丞相府です」
(私の家の丞相府のほうが広いのね。たしか、宋丞相の娘は宋梦瑶しかいないと言っていたわね。一人娘ならこの広さでも十分の広さか)
玲莉は丁重に案内され、丞相府の門をくぐった。
「宋丞相、くれぐれも私の身分を明かさないようお願いします」
「玲莉お嬢様、もし私がお嬢様の身分を明かしたら、陛下によって私の首が斬られますから」
宋玄はそう言いながら、笑っていた。
(私のことで陛下に疑問を唱えた時は、堅物な人かと思ったけど、案外柔軟な人だな)
皇帝の前にいる時とは違い、玲莉の目には穏やかで優しいおじさんにしか見えなかった。
「玲莉お嬢様、あの時は申し訳ありませんでした。私は丞相という立場ですので、陛下をお守りしなければなりません。正直、玲莉お嬢様が聖女だということはお会いした時からわかっておりました。お嬢様から醸し出される雰囲気が、私の勘が普通の人ではと言っていました。しかし、私以外の高官たちはお嬢様の事を疑っておりました。私はお嬢様が聖女であることを示すために、あえてあのような発言をしました。杖刑は覚悟しておりましたが、まさか助けて下さるとは思ってもいませんでした。あなたは本物の聖女様です」
宋玄が玲莉に向かって、頭を下げようとしたが、玲莉が止めた。
「宋丞相、忘れたのですか?人目に付くところで丞相が私に敬意を表していたら、皆は私のことをどう見ますか?まだ、皇太子妃ではないのですから。それに、私の父上も丞相です。父上は言っていました。『陛下の周りにいる人間は全て疑いの目で見ないといけない。たとえ、自分の家族であってもな』と。ですので、気になさらないでください」
「ありがとうございます。あと一つ。私の娘のことですが・・・」
「宋梦瑶さんでしたか?一度お会いしていますから」
「娘に会ったのですか?」
「そうですね。なかなか・・・んー、何と言いますか・・・元気なお嬢様ですね」
「お嬢様に失礼なことをしたら、すぐに申してください。私の躾が至らないばかりに・・・」
「私も気を付けますので。三日間だけですが、宜しくお願いします」
玲莉は宋玄に連れられ、宋玄の妻と宋梦瑶への挨拶に向かった。
「妻の郭菲と娘の宋梦瑶です。娘とは会ったことがあるようですね。ほら、二人とも挨拶しなさい」
宋梦瑶は明らかに不服そうな態度を取りつつも、父親がいる手前、一応挨拶をした。
宋玄の妻も玲莉に対し、見下すような目をしながら、警戒しつつ、挨拶をしていた。
(まさにこの親にしてこの子って感じだな。宋丞相はすごく良い人なのに何でこの人と一緒になったのだろう・・・政略結婚かな・・・宋丞相の後継ぎがいないのに、この正妻しかいないのはきっと宋丞相が愛情深い方だからだろうな。でないと、とっくに別の妻を娶っているはずだろうし・・・)
玲莉はつい哀れな目で宋玄を見てしまった。
宋玄はなぜ悲しそうな顔で自分を見るのだろうと思いながら、玲莉を紹介した。
「こちらは皇太子殿下の許嫁の王玲莉お嬢様だ。つまり、未来の皇太子妃だ。陛下が三日間の間、私に玲莉お嬢様を託されたのだ。二人ともくれぐれも失礼のないようにしてくれ」
「王玲莉です。急なことで申し訳ありませんが、三日間よろしくお願いします」
玲莉はわざと上品に振舞った。
顔を上げた玲莉を見る郭菲と宋梦瑶の目はいかにも悪いことを企んでいるようだった。
(はぁ・・・私はここでちゃんと生き残れるかしら・・・身の危険を感じる)
宋玄は三日間玲莉の世話をする侍女を紹介し、玲莉の寝泊りする部屋へ連れて行った。
「母上、あの女が私の翔宇を取った女です。私の目の前で翔宇と、口、口づけしたのです。きっと翔宇があの女に騙されているに決まってる」
「梦瑶の殿下を奪い取るなんて、腹黒い女ね。それにあの女、旦那様のことも女の顔で見ていたわ。きっと誘惑する気よ。とんでもない女狐ね。母に任せなさい。あの女の鼻をへし折ってやるわ」
丞相で過ごす三日間、玲莉は平和に過ごせるはずがなかった。




