十一、漂う暗雲
春静は冬陽の話をすべて聞き終わったが、なぜ玲莉が劉翔宇との婚姻を承諾したのか理由がわからなかった。
「なぜ、お嬢様は承諾を・・・お嬢様がお慕いしているのは孟様のはずなのに・・・」
「玲莉お嬢様は視線でこのことを若様に伝えるよう訴えていました。ですので、この婚姻は本意ではないでしょう。玲莉お嬢様は聖女に関する秘密を探るために、一旦皇太子妃としての立場を得ようとしているのではないでしょうか?」
「私もそうだと思う。しかし、このことを若様が知ったら・・・玲莉お嬢様は覚悟しておいた方がいいかもな」
袁馨の言葉に冬陽と春静は首を傾げていた。
「袁馨さん、まさか孟様が玲莉お嬢様を殺すとでも?」
「んー、ある意味殺されるかもな」
春静は袁馨の言葉の意味を理解できなかったが、冬陽は理解した。
春静は袁馨にどういうことなのか問いただしていたが、袁馨は答えなかった。
「春静、その・・・本当の意味でお嬢様を殺すわけはないので安心してください。その話は置いといて、私と寒松は若様に報告してきます。玲莉お嬢様が十六になるまでに何とかしなければなりません。若様は玲莉お嬢様が楚の皇太子妃になることを許すはずがありません。春静は今話したことは玲莉お嬢様以外には決して言わないでください」
「安心してください」
「では、袁馨さん、春静を頼みます。寒松、行くぞ」
冬陽は紫睦に声をかけ、再び魏へ向けて、足早に帰っていった。
「袁馨さん、私が楚に行って玲莉お嬢様の役に立ちますかね」
「春静が殺されることはまずないだろう。君は若様にとって大事な駒だからな」
「えっ?」
春静が魏と楚、玲莉をつなぐ唯一の存在だということに、当の本人は気づいていなかった。
孟景天は王浩から次期皇太子がどうなったのか話を聞いていた。
「李義が皇太子となりましたか。上手くいきましたね。あとは王丞相が私の言うとおりにしてくだされば・・・」
「孟様、一つ問題がありまして・・・実は李義殿下を皇太子として身分に相応しい器にするために・・・私と・・・建明が共に李義殿下を育てるようにと命じられまして」
李義は軽く笑いながらも、目は鋭くなっていた。
「建明・・・私の邪魔をするとは。王丞相、建明は未だに玲莉のことを断ち切れていないはずです。李義を利用して良からぬことを考えているかもしれません・・・王丞相、蘭玲のことも見張っていたほうが賢明かもしれません。建明にとって蘭玲は玲莉との中を引き裂かれた女だとしか思っていないはずです。蘭玲が建明のことをどう思っているのかはわかりませんが・・・蘭玲を利用するはずです」
「わかりました」
孟景天と王浩が真剣な顔で話し合っていたら、誰かが戸を叩く音がした。
外で見張りをしている白庭と共に入ってきたのは思敏だった。
「あなたも若様も怖い顔をして、少し休憩したらどうですか?」
思敏は菓子と茶を二人の目の前に置いた。
「王夫人、ありがとうございます」
二人は思敏の持ってきた茶を飲みながら、しばし休憩した。
「そう言えば、王夫人。母上と友人でしたよね。今まで皇后に扮した母上と何度か会ったことがあるとは思うのですが、気づかなかったのですか」
思敏はため息をつきながら、申し訳なさそうな顔をしていた。
「私が早く気づけばよかったのに・・・まさか皇后様がすり替わっていただなんて思いもしていなかったので。でも・・・唐景天、今は李義皇太子殿下だったですね。殿下が王家に来た時にはじめは劉若㬢に似てると思いましたが、よくよく見ると姚皇后様に似ているなと思ったのです。あの時は私の勘違いだと思って誰にも言いませんでしたが、その後、翔宇殿下が私にこう言いました。『もしかして唐景天は劉若㬢ではなくて姚薇美に似ているのではありませんか』と。私も思わず同意してしまいました。翔宇殿下は早くから唐景天の母親が皇后様であることに気づいていたようです」
「やはりそうでしたか。劉翔宇は前々から魏の皇族に関して調べていたようですね。目的はわかりませんが・・・楚は何か隠しているようですね。袁馨が何かつかんでくれればいいのですが。それより今は建明が李義に対して何を企んでいるのかが問題です」
孟景天は難しい顔をしながら、目をつむっていた。
(玲莉・・・会って今すぐ抱きしめたい・・・)
孟景天は溢れ出そうな玲莉への想いを辛うじて閉じ込めていた。




