十七、母の墓前での誓い
建明が目を覚ました時、隣で眠っていたのは蘭玲だった。
(そんなはずは・・・たしかに私は玲莉と・・・)
建明は最初に蘭玲と寝てしまったあの日と同じように、薬によって蘭玲を玲莉だと思って抱いたことに気づいた。
(この女は・・・どこまで私を馬鹿にすれば気が済むのだ)
建明は剣を手に取り、蘭玲に向けた。
(蘭玲は玲莉にとって大切な姉だ。もしかしたらこの女を利用すれば、玲莉を取り戻すことができるかもしれない・・・)
建明は蘭玲を殺すのは時期尚早と考え、剣を鞘に収めた。蘭玲の建明への想いを知らないため、建明の蘭玲への憎悪は募るばかりだった。
(そうだ・・・あの水晶玉さえあれば・・・)
建明は玲莉を取り戻すため、水晶玉を求めて冷離宮を後にした。
建明が冷離宮を出た後、一人の男が冷離宮の門の前に立っていた。
蘭玲が目を覚ましたのは、建明が冷離宮から出て行って、数刻後のことだった。
(建明がいない・・・一体どこに行ったの?)
蘭玲は起き上がり、乱れた衣を着替えながら、外の様子を窺おうと戸を開けた。
戸を開けると、目の前に男の姿があった。
蘭玲は冷静に男に小刀を向けた。
「蘭玲お嬢様、私です」
「紫睦さん?」
そこにいたのは父王浩の右腕、紫睦だった。
「ここで何をしているのですか?見つかったら陛下に斬首されますよ」
「わかってますよ。旦那様に言われたのです。後宮内で謀反が起きていることを蘭玲お嬢様は知らないだろうと。ですから、旦那様はお嬢様を心配して私を遣わしたのです」
「謀反!?」
冷離宮は後宮内外の情報が全く入ることがないため、謀反が起きても知る由がなかった。
「紫睦さん、それで今はどういう状況ですか?玲莉は無事なのですか?」
「申し訳ございません、お嬢様。私は旦那様に命じられ、後宮内の状況を知らずにここにいます。ですので、玲莉お嬢様の安否まではわかりかねます。しかし、玲莉お嬢様は聖女です。ご無事なはずです」
「そう・・・そうよね・・・」
蘭玲は不安でたまらなかった。
蘭玲は覚悟を決めたのか、力強い表情で紫睦に尋ねた。
「紫睦さん、玲莉のところに私を連れて行ってください」
「蘭玲お嬢様、無茶言わないでください。それこそ、見つかれば陛下にその場で斬首されますよ」
「あなたがここにいるのが見つかっても結末は同じでしょ?」
紫睦は困り果てた顔をしながらも、蘭玲には敵う気がしなかったため、蘭玲の願いを聞くことにした。
「絶対に私から離れないでくださいね」
「わかってます」
二人が冷離宮から出ようとした時だった。乾清宮の方から太陽のように眩しい光が溢れ出していた。
「何?もしかして玲莉に何かあったの?」
瞬く間に冷離宮も光に包まれていた。
李義が冷離宮に着くと、冷離宮の入口で男女が倒れていた。
一人は玲莉の姉、蘭玲だということがわかった。もう一人の男は何となく見覚えがある顔だった。
(前に王家に行ったときに見た顔だ。誰だ?・・・あぁ、王丞相の従者紫睦か)
李義は蘭玲に対しては優しく揺さぶりながら起こしたが、紫睦には悪戯心に火が付き、そこら辺に生えている草で鼻をくすぐっていた。
「はっくしゅん!」
大きなくしゃみと共に紫睦は目を覚ました。
それを見ていた蘭玲は呆れていた。
「あなたが王丞相の右腕、紫睦ですね」
紫睦はムズムズする鼻をすすりながら、頷いた。
「たしかあなたは以前玲莉お嬢様を訪ねて来られてた、唐景天?」
「はいそうです。まぁ、今の名は李義と言います」
「李義!?」
蘭玲と紫睦はなぜ皇太子の名を名乗っているのか理解できなかった。
「その話は後にしましょう。蘭玲姐さん、ここに骨がありませんでしたか?」
「えぇ、あったわよ。冷離宮の中に置いとくわけにはいかないから、埋めたわ」
「どこに!?」
蘭玲は冷離宮にあった骨を埋めた場所に案内した。
「ここよ」
蘭玲は誰だかわからない骨であったが粗末に扱うことなく、きちんと葬っていた。
李義は跪き、泣きはじめた。
「母さん・・・遅くなってごめんなさい。俺が息子の義です。本当は生きている間に会いたかった・・・」
李義は骨が埋められている場所に顔をうずめながら、人の目をははばかることなく大泣きしていた。
蘭玲と紫睦は全く状況がつかめなかった。
「母さん、心配しないでください。俺は母さんが誇れるような息子になります。この手で大事なものを必ず守ります」
李義は姚薇美の墓前の前で誓った。




