十六、感謝の涙
孟景天は春静と淑惠に乾清宮で何が起こったのか、全てを話した。
「つまり・・・皇太子殿下は陛下の息子ではなく、将軍と楚の公主と子だとことですか?皇后様がすり替わっていて、あの方が楚の公主劉若㬢だったと?」
「その通りです。ですから、私は皇太子殿下ではありません。それに半分は楚の者です。魏の国にとっては私は何の権力もないただの孟景天です」
そう言いながら孟景天は笑みをこぼしていたが、春静と淑惠は衝撃の事実にかける言葉が見つからなかった。
しばらく、沈黙が続いたが、淑惠が沈黙を破った。
淑惠は孟景天に跪拝した。
「殿下、いえ、孟様、私はこれまでずっとあなたに仕え、あなたの成長を見守ってきました。たとえ皇太子殿下ではなくても私はあなたの臣下です。これからもあなたにお仕えします」
春静もつられて跪拝した。
「玲莉お嬢様が選ばれたお方であれば誰であろうとお仕えします。たとえ乞食であっても!」
春静の最後の余計な一言に淑惠は呆れながら、春静を見ていた。
孟景天はくすっと笑いながら、二人の手を取り、立たせた。
「淑惠、春静、ありがとうございます・・・淑惠、今まで私はあなたに対しても冷たい態度しかとっていませんでした。ですのに、なぜそこまで私に・・・」
淑惠は笑みを浮かべながら、孟景天の肩に手を置いた。
「私は知っています。本当のあなたは冷徹皇子ではないことを。後宮内ではあなたが冷徹皇子とならなければならなかったことを。あなたが本当に冷酷な方だったら、私はとっくに斬首されていますよ。あなたはきちんと人を見極めておられます。むやみに人を殺してもいません。これでも人を見る目はあるつもりですよ。玲莉お嬢様もあなたに中にある優しさや温かさを感じて好きになったのではないのでしょうか?」
「ありがとうございます・・・」
冷徹皇子と呼ばれていた孟景天の目からは感謝の気持ちの溢れた、一筋の涙が流れていた。
唐景天改め李義は冷離宮の門の前に立っていた。
(ここに・・・)
李義は拳を握り締めながら、高ぶる気持ちを抑えていた。
李義が目覚めた時、不思議な光景が広がっていた。
(皆死んでいるのか?)
李義は呼吸を整えながら、ゆっくりと立ち上がった。
近くに倒れていた王浩の呼吸を確認したが、生きているようだった。
(死んでいないのか、よかった・・・とりあえず玲莉の父は起こさないとな)
李義は水を汲んできて、王浩の顔に水を勢いよくかけた。
王浩は咳き込みながら、起き上がった。
「景天か・・・これはどういう状況だ?玲莉は?」
二人は周りを見渡したが、玲莉の姿は見当たらなかった。
(くそっ、劉翔宇め・・・玲莉を連れて行きやがったな)
李義は王浩に手を貸し、立ち上がらせながら、心の中で劉翔宇に文句を言っていた。
李義の胸元から一通の文が床に落ちた。
李義は劉翔宇からの文だと悟った。不貞腐れながらも文を読み始めた。
「なっ!」
李義は読んでいた文を閉じ、目を大きく開き、呼吸を乱していた。
「景天、どうしたのだ?」
李義は目を大きく見開いたまま、王浩を見た。
「王丞相・・・この文を見てください」
王浩は李義から文を受け取り、じっくり読んだ。
「こ、これは!」
王浩は文の内容に衝撃を受けた。
「景天、文の内容は覚えたか?」
「はい・・・」
「燃やすぞ」
王浩はその場で劉翔宇からの文を燃やした。
「私は陛下たちを起こしてから向かう。陛下には私から説明しておく。先に母親に会ってこい、景天・・・いや、もう李義殿下と呼びべき・・・なのでしょうか・・・」
「俺はただの薬草売りですよ。まだ俺自身が皇太子であることを実感してないからなぁ・・・この話は後でしましょう」
乞食のような恰好をしているのに、王浩の目にはすでに皇太子としての風格のようなものが見えていた。
「殿下、冷離宮には私の従者、紫睦がいるはずです。そいつを使って構いません」
「わかりました」
李義は急いで母が眠る冷離宮へ向かって行った。




