十一、建明の逆襲
玲莉と李義が戻ると、その場の空気は殺伐としており、一歩間違えれば、今すぐにでも殺し合いでも始まりそうな雰囲気だった。
玲莉は雰囲気にのまれないように、深呼吸をしつつ、劉翔宇に駆け寄っていった。
「少し遅かったね」
「いやっ、そのっ、どこに置いたのか忘れていまして、探していていましたので・・・」
「玲莉、どうした?急に敬語になって」
「いえ、特に、その・・・えぇと・・・今の翔宇は威厳を感じたから」
玲莉は苦し紛れの言い訳をしつつ、玲莉は李義を見た。
李義は玲莉と目が合うと、すぐに反らし、気まずい空気を醸し出していた。
劉翔宇は二人の様子を見て、なんとなく何をしていたのか理解できた。
「まぁ、いいよ。あとでゆっくり聞かせてもらうから」
玲莉は苦笑いをしながら、聖女伝を劉翔宇に渡した。
劉翔宇は怖ろしいほど笑顔で玲莉から聖女伝を受け取っていた。
玲莉は劉翔宇の笑顔に恐怖を感じ、李義の後ろに隠れながら様子を見ていた。
「さて、劉若㬢。これをどうぞ受け取ってください。誤解しないでください。私はあなたの甥になります。貶めたいとかそういうわけではありません。ただ、知りたいのです。なぜ、自分の息子でない景天に聖女伝を託したのか。この聖女伝にはどんな秘密が隠されているのか」
劉若㬢は劉翔宇を殺しそうなほどの目つきで睨みながら、ゆっくりと立ち上がった。
「翔宇殿下・・・あなたは玲莉のことが好きなのですよね?」
「はい、もちろんです。この中の誰よりもずっと前から愛しています」
堂々と玲莉を見ながら、劉翔宇は一寸の曇りもない目で言い切っていた。
李義は鼻で笑いながら、後ろに隠れている玲莉をあえて抱き寄せていた。
「それならば、この聖女伝を受け取ることはできません。この場で受け取ると、翔宇殿下は後悔しますよ。それに、私は息子と息子が愛している娘を・・・失いたくありません」
「それはどういう意味ですか?」
劉翔宇は予想していた答えと違い、聖女伝と玲莉を交互に見ながら、混乱していた。
「それは聖女である玲莉にしか言うことはできません。私が皇后の息子に聖女伝を託したのは、この聖女伝、私、義、玲莉、そして水晶玉を結びつけないようにするためでした。でもまさか、二十年の時を経て、全てが揃うとは・・・私の考えが甘かったですね。三年前から嫌な予感はしていたのです」
李義が玲莉と初めて会った三年前、李義は珍しく上機嫌で母のもとを訪ねていた。
「義、どうしたの?あなたが笑みをこぼすなんて。何があったの?」
李義は母に言われ、いつもの冷酷な顔に戻しつつ、興味を持った少女について話した。
「王丞相の娘ね。王丞相は陛下の側近で優秀な方よ。義が興味を持つくらいだから、素敵な子なのでしょうね」
(義が女子に興味を持つなんて・・・王玲莉・・・まさかね・・・)
劉若㬢は妙な胸騒ぎがしていた。
「翔宇殿下、玲莉を守りたいならば、その聖女伝を捨ててください。聖女なんてもう生まれない方がいいのです」
劉翔宇は聖女伝を捨てるべきかどうか迷っていた。劉若㬢の話を全て信じるとすると、玲莉は命を落とす可能性があることを理解していた。しかし、劉若㬢の話を全て信じることもできなかった。
沈黙の中、それをかき消すかのように荒々しい足音が聞こえてきた。
「玲莉は私のものだ!誰にも渡さない!」
そこに現れたのは冷離宮に連れて行かれたはずの建明だった。その手には水晶玉を持っていた。
「建明、何をしているのですか!」
李義は玲莉を守るように立ち、剣を抜いていた。
(まずいわ。ここに水晶玉がそろうと・・・)
劉若㬢は血相を変え、建明から水晶玉を奪おうとしていた。
建明は劉若㬢を振り払い、剣を抜いて脅した。
「この水晶玉は重要なんだろう?父上が言っていた。この水晶玉は玲莉とつながっているから、これを持っていれば大丈夫だと・・・あれ?父上と兄上は?」
建明は周りを見渡して、父と兄がいないことに気づいた。床の無数のおびただしい血の痕でようやく状況を理解した。
「なぜ、陛下に剣が向けられているのですか?陛下、父上と兄上は・・・もしかして殺されたのですか・・・?」
皇帝は建明を使って劉翔宇を貶めようと考え、急に被害者のような口ぶりで建明に訴えた。
「建明、劉翔宇は皆をだまして魏を乗っ取ろうとしている。今、劉翔宇を倒さないと玲莉が取られてしまうぞ。もし、劉翔宇を叩きのめしたら、玲莉とお前との婚姻を認めてやる。建明、義も劉翔宇の仲間だ。殺せ!」
袁馨はこれ以上皇帝が話さないよう、剣で脅した。
劉翔宇は声を出して笑いはじめた。
「建明、私は楚で剣王と言われているのですよ。私に勝てると思っているのですか?それに李義殿下も私に負けず劣らず強いはずです。あなた一人でどう勝つというのですか?」
建明は無言で下を向いていたため、諦めたかと思っていたが、建明の肩が激しく揺れていた。
急に笑い出し、建明の声が部屋中に響いていた。
「翔宇殿下は何もわかっていないですね。この水晶玉は玲莉とつながっているのです。玲莉を傷つけたくなかったら、玲莉を私に渡してください」
玲莉を渡そうとしない劉翔宇と李義に建明は苛ついていた。
「仕方がない。翔宇殿下もこれを見ていただければ、渡してくれますかね!」
そう言うと建明は水晶玉を思い切り床に叩きつけるのだった。




