十、本物の愛
紅玉宮に来た玲莉は聖女伝を手に取り、李義の手を引き、すぐさま戻ろうとしていた。
しかし、李義は玲莉の手を引き寄せ、そのまま強く抱きしめた。
「玲莉、私はどうすればいいと思いますか・・・」
初めて聞く李義の弱々しい声に、玲莉は心配になり、李義の顔を見上げていた。
「義が珍しく弱気ですね。何をそんなに悩んでいるのですか?翔宇も言っていたではありませんか。契りを結ぶべき相手はあなただって」
「しかし・・・」
李義が気がかりなのは別のことであった。
「玲莉、まだ信じられないのですが、翔宇殿下の話だと、私は魏の将軍と楚の公主との間の子です。つまり・・・魏の皇太子ではありません。父上は一介の将軍です。どちらかといえば身分が高いのは母上です。母上は公主の上に聖女の子孫・・・いくら聖女の血が私に流れてないとはいえ、半分は楚の血です。皇太子でもなくなり、楚の血が入っている私が今後どういう立場になるのかわかりません。私は玲莉を皇后にして共にこの国を守っていくつもりでした。その夢も今はかなうことはなくなりました。翔宇殿下は私と玲莉が結ばれる相手だと言っていましたが、今の私では玲莉を幸せにできないかもしれません。一層の事、本物の李義か翔宇殿下と一緒になるほうが玲莉の幸せになるので・・・」
李義が最後まで言い終わる前に、玲莉は口づけによって李義の口を塞いだ。
言葉では玲莉を遠ざけようとしていたものの、玲莉からの口づけで李義の玲莉への想いが溢れ出てしまった。
二人は紅玉宮に来た目的も忘れ、お互いの想いを確かめあっていた。
「義、私はたとえあなたが庶民になったとしてもずっと一緒にいますから。義は義ですよ。義らしくないですね。いつもの皆を凍りづけにしそうな冷たい目でないと調子が狂ってしまいます」
李義はいつもの人を蔑むような目で玲莉を見つめ、笑みをこぼした。
「これで満足ですか?玲莉お嬢様」
「よろしい」
二人はくすくす笑いながら、見つめ合い、ゆっくりと唇を重ねようとしていた。
バタンッ
二人が音のする方を見てみると、ドミノ倒しのように春静、木蓮、水連、花連が倒れていた。
「だから覗き見はよしなさいと言ったでしょう」
四人の後ろからは呆れた顔をした淑惠が顔を出していた。
淑惠は二人を見て口元が緩んでいた。
「ところで・・・お二人は子作りにでも戻って来られたのですか?」
「違います!」
二人は顔を赤らめつつ、声をそろえて否定した。
淑惠は冗談ですと言いながら、真剣な眼差しで李義を見ていた。
「皇太子殿下、何があったかは存じ上げませんが、皇太子妃の愛は本物ですよ。きっとどこまででも一緒にいて下さるはずです。安心してください」
李義は淑惠の言葉が心にしみわたるようだった。
「そうでしたね。玲莉、不安にさせて申し訳なかったです。聖女伝を持って翔宇殿下のもとへ戻りましょう」
「そうでした」
李義は玲莉の手を取り、行こうとしたが、玲莉が李義の手を引っ張り止めた。
「義、ちょっとだけ待っててください」
玲莉は淑惠のもとに駆け寄り、何か小声でこそこそ話していた。
淑惠は驚いた顔で李義の顔を見たかと思えば、眉間にしわを寄せながら、玲莉の言葉に耳を傾けて、相槌を打っていた。
「わかりました。任せてください」
「ありがとうございます。淑惠さん」
玲莉は李義のもとに戻り、行きましょうかと言って手を引っ張って行った。
「玲莉、淑惠に何を話したのですか?」
李義が玲莉の顔を見ると今にも泣きだすのではないかと思うくらい悲しい顔をしていた。
「玲莉?」
玲莉は無理やり笑顔を作り、秘密ですと言って淑惠に何を話したのか一切答えなかった。
(後で淑惠を問い詰めるしかないか・・・一体玲莉は何を言ったのだろう・・・)
李義は玲莉が淑惠に何を言ったのか気になりながらも、今は自分の立場がどうなるのか重要な局面であるため、玲莉と一緒にいるためにはどうすべきか考えていた。
(やっぱり翔宇と楚に行けないわ。義を一人にはしておけない)
玲莉は聖女に関する重要なことを知るよりも、今は義のそばにいたいと強く願っていた。
(秀英!今は愛よりも自分自身について知るべきよ!そうしないと・・・)
心の中にいる王玲莉の叫びは、李義しか見えていない今の秀英には届くはずもなかった。




