一、ここはどこ?
「社長、お疲れ様です」
「お疲れ様、また明日よろしくね」
時刻は日付が変わろうとしている。楊秀英はパソコンとにらめっこをしながら、明日のスケジュールの確認をしていた。
(明日は玉瑶に任せて休めそうね)
楊秀英。二十五歳。富裕層向けの清掃会社を立ち上げ、丁寧な仕事、細やかなサービス、塵一つ残らない仕上がりに、口コミで広がっていき、その名を知らない人はいないほど、大きな会社となった。性格は真面目で、人当たりが良く、誰に対しても分け隔てなく接する。頭の回転が速く、仕事もそつなくこなす。社員からの人望も厚い。
普段は化粧をしているのかわからないほどの薄化粧だが、元の顔が整っているため、しなくても問題はない。
しかし、本人は自分が比較的きれいな顔立ちであることを自覚していない。
秀英は携帯電話のメールの着信音が鳴り、携帯電話を手に取った。
(依依が結婚か・・・。私はそもそも結婚以前の問題かな)
秀英は交友関係は広いのだが、表面上の付き合いだけである。
本当の友と言える人は片手で足りるほどしかいない。
しかも、恋愛に関しては、今まで一度も付き合ったことすらない。
(また母さんに言われるんだろうな。いつになったら孫の顔が見られるのって)
秀英はため息を吐きつつ、再び仕事の続きに取りかかった。
再び携帯電話のメールの着信音が鳴った。
(今度は誰?)
携帯電話を見ると、秀英は笑みを浮かべながら、メールに返信をした。
思ったより早く終わり、秀英は会社を出て、鍵を閉めていた。
すると、後ろに人の気配を感じた。
(金を出せ)
秀英は両手を上げ、笑いながら振り返った。
「翔宇、遅くなるから来なくていいって返信したでしょ?」
秀英の後ろにいたのは、幼馴染の高翔宇だった。翔宇は建築士である。主に高層マンションや高層ビルなどの設計を担当している。秀英の二つ年上で家が隣同士だった。高身長で甘い顔をしており、学生時代から男女問わず人気だった。しかし、浮いた話は一切なかった。秀英にとっては兄のような存在で、数少ない友である。頻繁に秀英の仕事帰りにわざわざ迎えに来る。秀英の家は会社から歩いて十分ほどの距離なので、秀英は翔宇が迎えに来る意味がわからないでいた。
「明日は休みだろ。俺も休みだから、ほら、お酒とおつまみ買ってきた」
「さすが、翔宇」
久しぶりのお酒に心が躍り、翔宇と並んで家に帰った。
秀英はそれなりに収入があるため、そこそこ良いマンションに住んでいる。防犯もしっかりしているため、一人暮らしでも安全である。
秀英はほろ酔いになり、眠気に襲われていた。
翔宇が食器を片付けはじめたので、秀英も体を起こし、一緒に片づけはじめた。
翔宇が食器を洗い、秀英がふきあげて、片づけていた。
「なぁ、秀英。結婚しないか」
秀英は一瞬、何のことだかわからなかった。
「えっ?翔宇、結婚するの?誰と?」
秀英は興味深々だった。
「違うよ。俺と秀英が結婚するの」
「えっ?」
仕事の時は頭の回転が速い秀英だが、この時は思考が停止していた。
「翔宇、私たちって付き合ってないよね?」
「あぁ」
「何でいきなり結婚?」
翔宇は秀英の両手を手に取り、真剣な表情で見つめていた。
「俺が何でずっと秀英のそばにいたのか考えなかったのか?高校の時も大学の時も、同じ学校に行ったのは秀英と一緒にいたかったからだ。秀英は自覚してないみたいだけど、秀英は結構モテるんだぞ。だから、いつも不安だった。いつか誰かに取られるのではないかと。本当はずっと前に言いたかったんだ。秀英のことが好きだと。でも、言えなかった。秀英が俺のことをどう思っているのかわからなかった。この関係を壊したくなかったんだ。でも、もう俺も二十七だ。いつまでもこのままではいけないと思った。秀英、俺と結婚してほしい」
秀英は急な展開にどう答えればいいのかわからなかった。
翔宇は秀英をいきなり抱きしめた。
秀英の酔いも一気に醒めた。
「お酒の勢いで言っているわけではない。本当に秀英のことが好きなんだ。秀英、俺のことは嫌いか?」
秀英は答えを考えていた。
(私にとって翔宇は何なのだろう・・・いつも一緒にいるから、考えたこともなかった。もし、翔宇がいなくなったら私はどう思うのだろう)
秀英はある結論にたどり着いた。
「よくわからないけど・・・翔宇がいなくなるのは困るかも」
秀英は少し悲しげな表情で翔宇を見つめていた。
翔宇は顔をほころばせていた。
「秀英、それって俺のことが大切だってことだろ。秀英も俺と同じ気持ちだっただよ。気づかなかっただけで」
翔宇はゆっくりと秀英の唇に自分の唇を重ねた。
秀英は目を丸くしながら、驚いていた。
その瞬間、秀英は激しい頭痛に襲われ、頭を抱えながら、膝から崩れ落ちた。
「秀英!どうした!大丈夫か!」
「翔宇、私・・・」
そう言うと、秀英は意識を失い、倒れた。
秀英は目が覚めた。
(ここはどこ?)
明らかに自分の部屋でないことはわかった。
(時代劇のドラマの中にいるみたい。どこの令嬢の部屋かしら。無駄に広いベッドだし、カーテンついてるし、枕は高いし)
秀英の寝ている寝台のそばには、一人の少女が秀英の手を握ったまま、眠っていた。
(誰?)
秀英が手を動かすとその少女は目を覚ました。
「玲莉お嬢様、よかったです。このまま目が覚めなかったらどうしようかと。旦那様と奥様にお嬢様の意識が戻られたことを伝えてきますね」
その少女は手で涙をふき、笑顔で部屋を出て行った。
「玲莉?お嬢様?誰?」
秀英は頭をフル回転させ、自分の状況を分析していた。