第7話「実績は積み上げた信頼である」
とある日の、魔女屋オルエン(演者:橋渡凛)とシルヴィア=ブラックフェザー(演者:長船羽月)のコラボ配信のこと。
まずはいつも通り、挨拶から始まっていく。
「はーいみんなー。今日も配信を見に来てくれてありがとー! 今日のコラボ相手はなんと偉大なる先輩の魔女屋オルエン先輩でーす! どうぞよろしくお願いしまーす!」
「どうもー、お邪魔してまーす。よろしくー」
『キター(*´ω`*)』
『初コラボ待ってたー』
『さすが0期生、同接がえらいことになってるぜ』
同接とは同時接続の略称だ。つまりはこのライブ配信を何人が見ているのかという指標である。シルヴィアの普段の同時接続人数は一〇〇〇人には満たないのだが、今日はオルエンもいるため三〇〇〇人が配信を見ている。
ちなみに現時点のVチューバー的には、一〇〇〇人近い人数でも上澄みに位置する人材である。三〇〇〇人となるとフルライブかダブルセカンド、あるいはブルーミストに所属するVチューバーなら出来るかかもしれないというトップレベルの数字だ。
「というわけでいつもの挨拶からしましょう。
バッサバッサー! あなたの胸にブラックフェザーの安らぎを……フルライブ所属の1期生、シルヴィア・ブラックフェザーです! 今日も楽しんでいってね!」
「イエーイ」
「どうもどうもー。じゃあオルエン先輩?」
「どうもこんにちは、リスナーの皆さん。フルライブ0期生の魔女屋オルエンです。今日の配信も楽しんでいってください、よろしくお願いします」
「いえーいッ!!」
シルヴィアが拍手するとコメント欄も拍手の絵文字を使ってが盛り上がる。それを見てオルエンも微笑んでいる。
「で、今日の企画はなんだいシルヴィア?」
「今日はですね、雑談と、私たち二人がリスナーおよびシルヴィアからの質問に答えるという企画となります。リスナーの質問はSNSのツブヤイターのレターボックス、そこに投稿されたものをこのシルヴィアが厳選させていただきました! えっへん!」
『かわいい』
『ん? 今おまえの質問も入ってるって言った?』
『言ったね……』
「そりゃあ私だって訊きたいことあるわよー。隅々まで配信を見ろって話ではあるんですけどねー。やっぱり時間は有限だから難しくって。オルエン先輩もそう思いませんか?」
「それは確かに。特に最近のフルライブは提出物やら企画の準備が増えてなおさら時間が無くなってるからなあ」
「会社に所属してからこんな提出物あんの!? ってマジでびっくりしたんだからねー。入る前はいかにバーチャルアイドルをかわいく、楽しく、萌えを出せるかってことしか考えてなかったんですよ。先輩が入った当初はどうでした?」
「私は初期のスカウト組だからなあ。最初は大した量じゃなかったんだよ。そこから徐々に増える形だったから慣れるのは簡単だったさ。いきなりやらされたらシルヴィアみたいに提出物にブツブツ言ってたかもしれないな、ハッハッハ」
「ちょ……あの切り抜き見た――」
「“クソがよぉ、アイドルだってうんこもしっこもするし疲れたら眠くなるんだぞ? あー! 羽を擦って火をつけてぇえええ!!”だっけ?」
「ああ……入ってそうそうのやらかしを見られてるわぁ……過去に戻って黒歴史を消してぇ……」
「ハッハッハ! まあバズったからよかったじゃないか」
シルヴィアが不満げな表情と落ち込んだ表情を巧みに切り替えて自分の心情を表現していく。オルエンのほうはシンプルに顔の表情に反映された笑いが表現されている。
コメント欄が切り抜きの感想を言い合い始めているところ、シルヴィアが大きく咳払いをして話を切り出した。
「えーい、気を取り直して……今日の企画を始めますか! では最初のレターはこちら――“お二人に彼氏、恋人はいますか?”――です。
うん、疑いたくなる気持ちはわかるよ? でもシルヴィアにはいないね! 恋人はリスナーのみんなだよ! 誰か一人の嫁にはなれません! みんなの嫁にはバッチ来いさ! だからアイドルしてるんだっていうね!」
『定番の返しで草』
『どうせ隠れて彼氏とやってるんだっぴ』
『まあフルライブのアイドルはガチ恋を禁止してるからなあ』
『冷静に考えて攻めすぎる姿勢の企業で草』
『平成のアイドル営業を小馬鹿にするストロングスタイルとはたまげたなあ……』
フルライブ・プロダクションは基本的にガチ恋――所属アイドルに対する恋愛的な接触の禁止を公言している。理由として、平成までにあったお客をガチ恋させて金儲けをしようとする手法は客層がマイノリティに傾きすぎる可能性が高いことと、ストーカーなどの問題行為を起こす人物にあらかじめ警告するためである。
なお最初は、アイドルということを売りにする方針であったためガチ恋についてはリスクを承認で許容するつもりであった。しかし橋渡凛が八合社長を説得したことで、現在の方針に変化したという経緯があったりする。
とは言っても、彼女がいることなどを堂々と公言しているのは魔女屋オルエンしかいない。現在はまだ、平成までのアイドル活動のイメージにちょっと怖気ずいているというのが現状であった。
「さあ! オルエン先輩もアピールをどうぞ!」
「わかった。じゃあ改めて宣言するか。
えーと、魔女屋オルエンは一年前に念願の彼女ができました! 現在も順調に交際していまーす! バンザーイ!」
「はい、ありが――どぅえええええええええ!?」
『草。なんで驚いてんだww』
『え? え? いるの? 嘘でしょ???』
『オル様は本物のガチ恋断絶勢やぞ』
『知らん人多いな。いやまあオル様の雑談配信でほんとにちょろっと言っただけだししゃーないか?』
「待って待って待って! 頭が!? 頭がおかしくなる……ッ!?」
「現実だぞ。しかしきみ知らなかったんだな。私がレズビアンなことは知ってるか?」
「そっちは知ってるけど! いやいや!? アイドルが恋人いる発言はアウトでしょ!?」
「それは平成までのアイドルの話。令和のアイドルなら大丈夫さ」
「荒れる、荒れる!? 先輩コメント欄見て荒れ…………あれ……? 荒れて、ない? なんでぇー?」
「ほらな? 大丈夫さ。落ち着きなさい」
シルヴィアがすごい形相で固まっている。キーボードでのコントロールも加えているが、素の表情でも目をガン開きにして驚いていた。それがよくわかるオルエンは笑っている。
コメント欄には驚いているリスナーも多いが、そのほとんどがシルヴィアのリスナーかまだ日が浅いリスナーのどちらかだ。オルエンのリスナーのほうは平然としているし、何なら『彼女も配信に登場させて♪』というリクエストを紛れさせる余裕があった。
シルヴィアが小さく「マジかよ……」と呟いてから会話が始まる。
「……Vチューバーって奥が深いんですねー。深すぎて落ち着かねーや。沼に沈む感じやで。アイドルに恋人がいるって発言して炎上しねーとか魔法以外の何物でもねーわ。ライオンをだっこするよりやべーことだよこれ。ねえみんな?」
「ハッハッハ。まあ、そういう私でいいなら配信を見てくれっていう活動だったからね。それを許せるリスナーしか残ってないさ」
オルエンのリスナーがコメント欄にて、肯定の返事で作られた弾幕を形成する。それを呆然としてシルヴィアが眺めていた。
しばらくして、シルヴィアは意を決する。
「……すいません。少し席を外しますね」
「あ、うん。ゆっくりでもいいよ?」
「いえ、単に心を落ち着かせる儀式なんで」
「……儀式?」
シルヴィアのアバターがガクンと脱力する。
しばらくすると。
「フンス! フンス!」
「っ!? ちょ、なにか変な言葉が微妙に聞こえてる……」
「どーすこい! どーすこい! どーーーーーす! こい! こいッ!!」
「……っ!? アッハッハッハ!」
四股を踏んでいる音がしている気がする。
オルエンは爆笑が止まらない
「ほっほ! フンスフンス! はっけよはっけよ!」
「ダッハッハッハッハッハ!!」
『どないなっとんどす???』
『シルヴィアが壊れたー……ええ……?』
『彼女もまたフルライバーであったな……』
『令和のアイドルって芸人もせなあかんのww? 大変すぎないww?』
『オル様の爆笑珍しいなww』
しばらく『どーすこい!』『はっけよ!』やらなんやらが行われていく。そして五分もしないうちにシルヴィアが最後に。
「よーおうッ!!」
パン、と両手を叩いて四股踏みの儀式が終了した。しばらく静寂に浸ってから彼女が席に戻ると、シルヴィアのアバターもスイッチを入れたように動き出す。
コメント欄がワクワクしていた。オルエンは爆笑をなんとか抑えようとして表情が大変なことになりかけている。
「ごめんね、みんな。ただいま戻りました」
「お、おかえり……く、苦しい……笑いすぎて腹が痛い……んんッ! ……あーあーあー。よし、落ち着いたぞ。きみは落ち着いたか?」
「ええまあ少しは落ち着きました。冷静にコメント欄も見れてますよ。というか聞こえてしまったんですね、もういいんですけどね」
シルヴィアはすごく諦めたような顔だ。
実は彼女の年齢的に『平成のアイドル』というものを実感したことがあるし、まだ固定イメージというものが残っている。故に、先ほどの『令和のアイドル』という一つの現実を認識して、何とも言葉にできない衝動を感じたため暴走してしまったのだ。落ち着きはしたものの、シルヴィアの心の中はまだ荒れていたりする。
「納得いかないのがですね、コメント欄がオルエン先輩の恋人存在発言じゃなくて私のほうの“どすこいシルヴィア”とか“小錦ブラックフェザー”とか“力士系アイドル”とかもうよくわかんないあだ名が広がりそうになっていることですよ。
話題の方向性がおかしくない? なんでなんで? バーチャルでもウチらアイドルだよ??? 恋人いるほうが炎上するじゃん普通? おいそこ“どすこいのほうが大事”じゃないんだよ? Vチューバーなんかおかしいよ……」
「ハッハッハッハッハ!!」
『www』
『草草草』
『頭おかしいVチューバーが我々をおかしいと申すか……? そんなことある???』
『今のアイドルVチューバーってほら、面白ければなんでもいいってなってるから』
『これでいいのだ~』
コメント欄は大盛り上がりである。
シルヴィアがそれにドン引きしてパニック度が増えた。そしてヤケクソになった。
「うわぁ……もうなんかオルエン先輩が羨ましくなってきたんだけどー? 一年前? ならまだラブラブの真っ最中なんでしょ? 羨ましいなぁ~! ああ! 羨ましいなー!! ちくしょうめえぇええ!!」
『荒ぶりすぎてて草』
『これは心の処女だね、間違いない』
『それを言うなら心の童貞だよ』
『とあるフルライブの巫女が言ってたもんな。女の子の心にはおじたんがいるって。どすこいのおじたんは非モテおじさんだったんだろうな』
『悲しくなるからやめーや』
わざとらしくもいい意味での大げさなシルヴィアの感情表現にオルエンは感心する。そして続いて、オルエンは申し訳なさそうな表情に切り替わった。
「あーその……羨ましがっているところ悪いんだが、最近彼女とうまくいってないんだよ」
「え……あ、そ、そうなんですか?」
「そうそう。まあ、大したことないかもしれないけど、ちょっと不安だなあというのが最近の心境だね」
「ここで言える相談なら聞くよ? リスナーにも聞かれていいならだけど」
「まあこういう仕事だしね。リスナーには私の恋愛下手を参考に失敗しないでほしいかな」
「恋愛下手って……先輩ならとっかえひっかえレベル……あいや、そうでもない?」
「性癖が性癖だから合う人が少ないんだよね。あとシンプルに私が恋愛のヘタレだ」
「アハハハ! そんな自虐せんでもいいでしょーよ」
シルヴィアがオルエンの困り顔を笑い飛ばそうとしている。
その会話でリスナーがコメント欄で美人談義をする人がちらほらいた。オルエンの中の人が美人ならシルヴィアもそうだろう、と言わんばかりのコメントが流れている。
「で、話すと実に問題がシンプルでな。二人の時間が取れない。ここ最近予定が合わなくて夜の営みもできてないのさ」
「えらい生々しい話題が出たなおい……いやでも真剣に返しますけど、それはちょっとまずいですね。シルヴィアたちはここ最近本当に忙しいですからねえ」
「そう。サクラスターのライブがあるからさ、二人がライブ準備で忙しい。その分だけ私たちがアニメーションや運営企画の仕事を請け負うって状態なんだよ」
「まあライブが終われば少し落ち着くんですけどね。彼女さんのほうが時間を合わせるってことは出来ないんですか?」
「向こうは今、私よりも忙しいね。でまあ、私がなんとか時間を合わせようとはしてるんだけど、ことごとく合わないんだ。彼女には彼女の付き合いがあるから、それを無理に断ってこいなんてワガママは言えないよ」
「あーなるほど。ちなみに何ヶ月くらいその、営みさんがなかったりしますか?」
「……三か月くらいかも?」
「あかんやつやんけぇそれぇッ!!」
思わず叫んでしまうシルヴィア。驚いた顔のオルエン。
コメント欄もざわざわしている。
「やっぱりよくないのか」
「よくねーですよ。だってねえ……“浮気してるかもなあ”ってやめろ! 読んじまったじゃねーか!」
「ああ、まあ、ワンチャン、それもあるかとは覚悟してるんだよね」
「あかんあかんあかん……ッ。てかなんで一枚目でこんなカオスに……っ」
シルヴィアは焦り顔だ。頭を抱えている。
オルエンはちょっと照れ各誌とも苦笑とも言える笑いを浮かべる。
「ごめんごめん、愚痴を言ってしまったな。まあ、リスナーのみんなも恋愛には気をつけてくれよ? きちんと会う時間がないってものすごく不安になる。会わなくてもいい程度の存在かもしれない、という嫌な不安がさ、自己肯定感をゴリゴリ削るのかもしれないな。とにかくふとしたことできつくなるぞ」
「うええ……私も思い出したきつさがあるなぞぉこれぇ……」
『ダメージ負ってて草』
『四股を踏めばメンタル安定するぞ』
『儀式だからね。どすこいだからね。しょーがないね』
「運営に怒られるかなあ……シルヴィアにどすこいのイメージついちゃったんだけど」
「エロゲーマスターやクレイジー歌姫のようなあだ名も喜んでるし、どすこいも充分許容の範囲内だろ、ハッハッハ」
「フルライブって大変だなぁ……ハハハ」
シルヴィアがこれ見よがしな溜息をついた。
それを見ながらオルエンのほうは『本物はすごいな』と感心していたりする。時流に乗っただけの自分と違い、やはりトークの面白さに確かなものを感じている。前世の世界でもシルヴィアをしっかり視聴しておけばよかったと思うくらいだ。
「いや、こんなどすこいのことはどうでもいいんですよ! そんなのより先輩の彼女のことですよ彼女のこと! 付き合うきっかけは何だったのかとかのほうが大事ですよ」
「それはまあ、私が弱みを握って誑し込んだ形かなー」
「ええぇえええええ!? ぐちょぐちょ系の恋愛!?」
「我ながらよくこんないい女と付き合えてるなあと思ってるよ。なにせ彼女の性癖はノーマルだからね。街中でイケメンに目が行く時があってさ、その時に私が“ああいう男が好みかい?”って聞いたら凄い勢いで頭を振るんだよね。とてもかわいいんだけど、もしかしたら無理をさせてるんじゃないかとけっこう心配になるときが――」
「いやそれ脅し! 脅しになってる!」
「ええ? いやそんな――」
「それ普通の女は“私のことはどうでもいいの?”とか“よそ見すんなカスがッ”とかの意味を持った遠回しのお叱りだよ! ヤンデレがよくやるやつだよっ!」
オルエンがキョトーンとした顔になった。意図しないお叱りに理解が追い付かなかったからである。
シルヴィアは悟り顔だ。『あ、ホントに恋愛ヘタレだこの人』と確信し、オルエンの恋愛経験の少なさによる欠点を理解したと言いたげだ。
『オル様がヤンデレ? あり?』
『単に無自覚なだけじゃねこれ?』
『困らせるのが楽しいとかいうやつか???』
『恋愛レベルは小学生なのか草草草』
「コメント欄だまらっしゃい! いいかオルエン先輩! 今後デートするときとかそういうことを遠回しに訊くの禁止! 外見に目が惹かれるのは動物の本能! 中身に惹かれるのは人間の理性なんだよ! おっけー!?」
「いいことを言うなあ、おっけー!」
「よし! じゃあ次のレターにいこう! これ以上話したら暗黒に入りそうで嫌だ! 次にイクゾー!」
「イクゾー。ハッハッハ」
その後も話はなんとか落ち着いた感じで進行していく。
「あーそれにしても、私もオルエン先輩みたいにクールな女になりてえー」
「ハッハッハ。そんなクールじゃないからな」
「そういう謙遜は美徳ですけどほどほどにしましょうね?」
「わかったわかった。ありがとう」
「……かっちょいいわ。見た目も中身もこの人……さあ次のレターは――!」
配信終了後、ツブヤイターのトレンドに『どすこいシルヴィア』がランクインした。それを把握したシルヴィアが以下のお気持ちを表明する。
『テレビで相撲を見るときはね、座椅子に座って背を預けて、缶ビール飲みながらサラミやソーセージ食ってとてもリラックスした心で取り組みを観なきゃいけないんだよ。神事っていうのはなんというか……敢えて言うなら心を整えるものなんだ。それをしないことは神への冒涜になる。お相撲を見るときはそれを心して傾聴しなさい。以上!』
そしてこんな冗談交じりの気持ち表明もプチバズする。
彼女はこの日、『どすこいシルヴィア』という称号を手に入れたのであった。
■ ■
とある日の定期的なサクラスターのコラボ配信のこと。
時期はサクラスターの初ライブ直前のころである。
「はーいみんなー! いつもありがとー!! こんさくー! フルライブ所属の0期生、アイドルVチューバーの社守さくらです! 今日も皆さんを元気にできるように頑張ります!」
「いえ~い!」
社守さくら(演者:雪藤美子)が挨拶をすると彗星ルカ(演者:黒染千鶴)が拍手をしながら盛り上げている。
「みんなおはよー! 彗星のように輝くアイドルVチューバー! フルライブ所属の0期生:彗星ルカです! ルーちゃんは~?」
「今日もかっこいいーッ!!」
「ありがとうございます! それじゃあ今日も配信していきましょー!」
「いっきましょー!」
コメント欄が盛り上がったところで、ルカから話を切り出す。
「今日はですね、ライブの数日前なのであんまりやり込み系のゲームはできないので――」
「え? なんでできないの?」
「やりすぎて休めなくなるから」
「あっ……そうですね。今のタイミングで休まないのはねぇ……」
「というわけで、ルーちゃんが提案するのは~五目並べだー!!」
『遊び大全集』というゲームが画面に表示される。これは将棋、以後、チェス、スピード、ババ抜き、と言った昔からある遊びを一つのゲームソフトにまとめたものだ。その中にある五目並べをやろうというのが本日の企画である。
『古風で草』
『リアルでやるのかと思ったらこんなゲーム売ってんだな』
『遊び大全集、思ってるより登録されてる遊戯が多くてびっくりするわ』
ルカが主導してゲーム画面を進めていく。
五目並べの設定は『先攻後攻はランダム、先攻の三三は禁止、他はあり』という、ある程度の遊びの幅が広い設定にしていく。
「さくらはやったことある?」
「えっと、小学校であるかないか、くらいじゃないかなぁ? 名前は聞き覚えがあるしこの面? も見たことがある気がする」
「あーじゃあ初心者だねー。簡単に説明するとこのゲームは、この盤面の上に自分の石を連続して五個並べたら勝ちっていうゲームなの」
「あーなるほどですね。並べればいいだけなんですねぇ」
「そそ。並べれば勝ちなんだよー。とりあえずやってみようか」
画面が整う。
さくらが先攻でルカが後攻だ。
「ルーちゃんはやったことあるの?」
「あるある。おじいちゃんとね。やり込んだわけじゃないけどすごく記憶に残ってるから、さくらとやってみたいなーって思ったわけよ」
「おじいちゃんとの思い出いいねー。どんな感じだったの?」
ゆっくりと盤面が進んでいく。だがさくらは見当違いのとこを撃つ。ルカは普通に石を並べていく。
『おや?』
『これは……』
『さくらさんは初心者ムーブですね』
「五目並べ自体は素人同士のやったーかったーくらいだよ。たださぁ、それが終わった後になぜか必ず野生の生き物を食べたね」
「や、野生の生き物?」
「そう! 狩り立ての熊、鹿、キジ、蛇、とかそういうやつ。解体直後のやつを食べたんだよねー。高級肉とかじゃないから味はまあ普通なんだけどさ、命の大切さを学んだよねぇ」
「……あなたいつもすっごい“アイドルアイドル!”してるけど時たますっごい“狩人狩人ハッピーハッピー!”してるのって、血の為す習性だったりします?」
「あー……ルーちゃんアイドルしてなかったらハンターしてたかもしれんね……というかアイドル引退後は本当にハンターになろうと思ってるよ」
「あなたVチューバーと離れすぎな職業を目指しすぎじゃない???」
『草』
『狩人系Vチューバーとか夢があるな』
『相性悪すぎるっぴ!』
『お? 来たね』
『!?』
『おっとさくら棋士ぃ! ここで堂々と三止めをスルーして違うとこに打つぅ!』
『初心者あるあるで草』
「いやーさくらさん、お疲れっす」
「ルーちゃん、勝負は最後まで分からないよ?」
勝利を確信した顔のルカに、さくらはきりっとして真剣な面持ちだ。
「いやいや。もう仕掛けてもない罠にはまってるんだから負けるわけないの」
「食い破ってみせるっ!」
「はい終わり―」
「え? ……あぁあああああああああああああああああああああ!?」
淡々と五個の石を並べてルカが勝利した。
さくらが驚愕している。初心者あるあるというやつで、慣れないために注意するべきところを注意せずに五個を並べられて負けるパターンであった。
『鼓膜ないなったわ……』
『いい反応してんなー』
『初心者あるあるを美しく成立させてやがる……っ』
『やられたー』
「五目並べの敗北RTAでも目指せるくらいきれいな負け方だったねー……“公式記録は22秒での敗北だよ”――待って? そんな記録ホントにあるの?」
「……もう一回」
「ん? いいけど目指すの?」
「目指さねえよ!? 敗北RTAってなんだよ! 次はさくらがルーちゃんをボコボコにするんですぅ!」
「バチボコだぁ!? いいだろう、記録更新させてやらぁ!」
さっさと五目並べの画面を整えてスタート。
「五目並べはねぇ! 観察力の勝負なんですよぉ!」
「はい四ねー」
「ん? ……ああああああああああ!? 斜めぇええええええッ!!」
うっかり成立していた三を見過ごしてさくらが敗北する。
「ルーちゃん、それはハンデですか?」
「ハンデ……ではないよな? “ハンデなんてない”ってほらーみんなも言ってるよー?」
「ここだぁ!」
「はい四ねー」
「ん? ん? ……くあぁああああああああ……っ!?」
「いい声で鳴くなあ、アッハッハッハ!」
さくら、飛び三に気付かずに止めずまたもや敗北。
即再戦をするもさらに敗北を繰り返していく。
さらにしばらく続いて。
「クックック! これだけ四を作れば反撃も出来まい!」
「あーたしかにやばい雰囲気はあるよねー」
「四っ!」
「はいダメ―。次はどこに置くの?」
「……えっとその……こ、ここかな?」
「じゃあここ!」
「四はダメですぅ―」
「四っ!」
「……どぼじてそんなにいじめるのぉー―!?」
「負けすぎておかしな声になっとるやないかい。アハハハッ!」
さくら、非常にわかりやすい三四の形に気付かなくて防げず、ルカに三四を作られ敗北。
そんなこんなで一度も勝てずに次々と敗北していった。
「――というわけで二十連勝。以上をもって五目並べを終わりまーす」
「…………(←負けすぎて声が出せない)」
「終わりまーす。というわけで少し駄弁るかさくらー」
「はぁーい……」
そうして最後に雑談が始まった。
もちろん告知も込みである。
「ええと“もうすぐライブですね。楽しみです”って。そうだねー。もうすぐライブだねー。ルーちゃんね、すっげー緊張してるの。心臓がドクンドクンだ!」
「そうだよねーさくらもしてるんだよぉ。どういう風に見えるんだろうね」
「練習の時はまあいいんだけどさ、あれが観客の視線で私達の3Dアバターに集中していると考えるとやばいよなあとは思った」
ルカがしみじみと語る。
そんな彼女にさくらが満面の笑みで尋ね始める。
「ルーちゃんルーちゃん」
「なんだい、さくら」
「あなた、リアルの方のアイドルの卵だったじゃないですかぁ」
「エ~ッグ、ではありましたね、さくらさん」
「ライブの練習ってどんな感じだった?」
「あー……それはあんまり変わらないんじゃないかな? 肉眼とカメラ越しっていう違いは確かに大きいとは思うんだけど、でも結局、来てくれるファンはみんな私達を見てくれるわけじゃない? こう、視線というかそういう圧は変わらないよ、たぶん」
「それはそうだね」
「あとは……今の技術でも十分に私達の表情が伝わるというのも重要じゃない? つまりは四の五の言わずにアイドルすればええんや、さくらさんよぉ?」
「わかったでルカの姉御ぉ……なんでヤクザ風に???」
「気合を入れるのにいいじゃん。やりたくなったんだよ」
「「……アッハッハッハ!!」」
『シュールで草』
『言われると確かに変わらないのかな?』
『ライブ楽しみ』
「じゃあルーちゃんはやっぱりさくらより経験豊富なアイドルというわけですね」
「練習なら、豊富だねー」
「頼りにしてますよールーちゃん」
「うん……でもさー」
「うんうん」
「私が本番でやらかしたら助けてくれる?」
「しょーがないなー。その時はさくらのフワフワおっぱいに飛び込んできなさい。何とかする」
「おっぱいに飛び込む必要はないじゃんか、アハハ」
『てぇてぇ』
『いいコンビだわ』
『サクラスターはワイらが育てた』
『後方腕組おじさん? 早いですよ?』
ルカが時おり元気がなさげなように見えるが、これは緊張のためだ。それを察して早めに切り上げようと思い、さくらが次に進めていく。
「よぉーし! じゃあ最後に告知です! えーとですね、来週です! 来週、私達“サクラスター”の初ライブが開催されます」
「……っ! はい! 会場に来られる皆さんももちろん、有料配信にて視聴する皆さんにもね、ルーちゃん達のライブに期待をしていてください! まだチケットをご購入されていない方々はぜひご来場、ご視聴のほうをよろしくお願いします!」
「YOURSTUBEの方ではですね、無料部分を公開します! それだけでもご満足する映像なんですけど、有料部分はもっといいんでねぇ、ぜひ観に来てください!! もしくは有料配信のチケットをご購入して配信を見てくださいねぇー!」
「よーし! 今日の配信は終わりー! お疲れ様ーッ!!」
「お疲れ様ぁ―! みんなー! バイバーイ!!」
そうして、エンディングロールが流れて本日の配信は終了した。