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第5話「黎明期から変革期へ」



 社守さくらが自宅で倒れたものの、彼女はあれから無事に復帰配信を行って順調に活動を再開していた。そして同期である青空みちる、魔女屋オルエンといったフルライバーも順調に配信活動を行っている。気づけば、それぞれが五万人程度のチャンネル登録者を誇る人気を博していた。


 そうして気づけば九ヶ月ほどの時間が経過した――ちょうど橋渡凛が雪藤美子が交流を深め始めてから一年が経過――というころである。


 この日、フルライブの事務所には変革期の始まりともいえる会議が開かれていた。もっともそれを感じ取れているのは社長の八合と、世界線は違うものの未来の知識を持っている橋渡凛だけだったであろう。


 会議が始まり、初参加である新メンバーのために社長、スタッフ、時野梓紗(V:青空みちる)、雪藤美子(V:社守さくら)、橋渡凛(V:魔女屋オルエン)の自己紹介を行っていく。


 そして新メンバーの自己紹介だ。


「ええとですね、じゃあ、改めましてご挨拶を。

 三ヶ月前に0期生として加入した『彗星(すいせい)ルカ』を演じる黒染千鶴(くろそめ ちづる)です。

 よろしくお願いします」


 挨拶をしたのはスレンダーな美人の女性だ。年齢は美子と同じく二十二歳である。女性としては少し高めの一六〇センチくらいの背丈で、ウェーブをかけた黒髪を背中まで伸ばしている。クールともかわいいとも言える両立した雰囲気の持ち主だ。アバターのほうも髪の色が青だということを除けば雰囲気はかなり似ている。


 彼女は前世の世界でも有名人である。凛は前世においての彼女を細かくは知らないが、Vチューバー屈指の歌姫と呼ばれ、有名なテレビ番組などにも何度も出演しているということだけは把握していた。


 そして次は、初のオーディションで選ばれた四人のメンバー、1期生の挨拶だ。

 そこでふと、凛は思い出した。

 1期生の最初の二人は、前世の記憶だと0期生ではなかったかということだ。


「初めまして。この度、フルライブメンバーの第1期生に選ばれました坂田真衣(さかた まい)です。アバター名は“クロル・エ=アップルスミス”を演じさせていただきます。

 気合を入れて頑張りますので、皆様、末永くよろしくお願いします」


 坂田真衣を一言で言うならボブカットにしているかわいいギャルである。彼女の年齢は美子より一つ下の二十一歳だ。ボブカットの髪はアバターに合わせてホワイトカラーに染めめているらしい。化粧なのか骨格からなのか顔の造形に良い意味で西洋的な風味が混ざっている。


 ミニスカとハイソックスで色気を出すような服装になっているのだが、思ってるほど清楚感は損なっていない。人によってはオタクにも優しそうなギャルという雰囲気を感じるのかもしれない。ちなみに声のほうも外見と違和感がないマッチした声である。ノリが良さそうな明るい性格をイメージさせてくる声だ。


 そして続いては凛より年上の女性。きれい目だ。

 この時期のフルライブにあからさまに年上の人がいたんだなあと思いにふける。


「皆様、こんにちは。今日の出会い、そしてフルライブに所属できた幸運に感謝しています。ありがとうございます。

 えーと、私は1期生の“シルヴィア・ブラックフェザー”を演じる長船羽月(おさふね はづき)です。これからよろしくお願いします」


 長船羽月の外見は童顔で一五〇センチの小柄な体格もあって幼げなかわいらしさがある人だ。ただ、結婚指輪をしている通り既婚者なので二十八歳相応の女性らしさもきちんと存在している。


 ボブカットで金髪のイヤリングカラーを入れているのもオシャレなお姉さんらしさを加えているのかもしれない。声は高音のロリボイスというやつなのだが、はっきりと通る声質の地声だ。アバターから聞くとより強調されるだろう。


 このあとはさらに“綿雨(わたあめ)ハクイ”と“青風亭(せいふうてい)カレン”を演じる女性二人が自己紹介をした。ただし、彼女たち二人はそろって緊張しすぎてしまったらしく、自分の名前とアバター名を噛み嚙みで言うことしかできていなかった、。彼女たちの良さは後日見たほうがいいと感じさせた。


 社長の八合が次の話を促す。


「ではこれからの大雑把な活動方針を提案する。まずは0期生の社守さくらさんと彗星ルカさん」

「「はい」」


 八合が問いかけると反応する二人。同時に反応したことで、二人はお互いに目を合わせて照れ合っていた。


 なお、フルライブ・プロダクションにおけるグループとユニットの違いは単純である。


 グループというのは同期のメンバーを指す。例えば0期生なら魔女屋オルエンと彗星ルカの外部スカウト組やグループ制度前から所属していた青空みちると社守さくらが、この0期生というグループに属する。1期生はオーディションを合格した先ほどの4名だ。


 ユニットというのはグループに関係なく組み合わせて活動させたいメンバーで結成される。今のところこれは『サクラスター』が該当するというわけである。


「改めて、これから二人は“サクラスター”というユニットを結成してで前面に押し出していこうと思う。企業案件、ライブ、グッズ販売などに積極的に二人を組ませていくのでそのつもりでいてくれ。もちろん運営チャンネルの動画などでもサクラスターを推す形にするつもりだよ」

「「はい」」

「息があってよろしい、うんうん。あ、そうそう。ユニット名だけど“サクラスター”以外になにかあるならそっちでもいいよ? できるならスタンダードなアイドルユニットの名前が僕としては望ましいけど何かあるかい?」


 八合が訪ねると、先に応えたのは千鶴だ。


「あはは、大丈夫でーす。というか私じゃあ思いつかないですね。さくらさんは?」

「ピンクブルーという名前ならぱっと思いつきました(キリっ)」

「エッチな匂いがするのでダメみたいですね」

「否定早く――」

「じゃあ社長、私達はサクラスターで頑張ります」

「(; ・`д・´)」

「なにもーその顔っ!? おもろー! アハハハ!」


 相性が良さげな二人に満足する八合。

 頷いて、彼は全体を見渡す。


「次に、他のフルライバーの活動だけど、しばらくは個人の配信を頑張ってもらうつもりだ。それで一ヶ月したところで先輩である0期生とのコラボをしてもらいたい。企業勢の強みというやつで、フルライブ独自の娯楽を提供するというわけだね。ちなみに企画次第では運営チャンネルのほうでクイズ番組とかもやるつもりだから、なにか良い企画があればみんなも提案してほしい」

「「「「はーい!」」」」「「「「へーい」」」」


 フルライバーとスタッフそれぞれが返事する。

 その中で麻衣が気付いたように挙手し、八合が促す。


「遮ってすいません。あの、先輩方のコラボなんですけど何か決まりとかありますか? 例えば私とオル様とのコラボは確定しているとか一ヶ月ずっとコラボするべきとかそういう感じのやつです」

「いや、特には決めてないね。そのあたりの細かい調整は基本的に各フルライバーそれぞれに任せるつもりだけど、大丈夫かい?」

「はい! 大歓迎ですっ!」


 真衣が親指を立てて決め顔で答えた。やる気満々である。皆が面白がる中、美子はわかりにくい不満顔をしていた。

 八合が真衣の活発さに苦笑している。


「ただ、先輩フルライバーもスケジュールがあるからねぇ。それとお戦略上はサクラスターの二人はしばらく一期生とのコラボをやらせるつもりはない。

 となるとしばらく凛さん、梓紗さんが二人ずつ担当してやるというのがバランスがいいだろう。最初に誰を担当とするかだけど――」

「はいはいはい! 私ことクロルはオル様とのコラボをバチクソに望んでいます!!」


 勢いよく手を上げる真衣。その勢いに凛、美子、千鶴はちょっと驚いてしまうほどだ。八合と梓紗も苦笑している。よく見れば一部のスタッフも。


 真衣は凛に振り向き真剣な顔で。


「オルエン先輩! いえ、橋渡先輩! 私とコラボしてください!!」

「あ、ああ、私で良ければよろしく頼む」

「きぃいいいいいちゃあああああああああ!!」


 真衣は立ち上がって両手を上げてガッツポーズをしていた。そして感動のあまり嬉し泣きをする始末である。凛、美子、千鶴は口を開けてポカーンとするしかなった。


 真衣と同期である羽月がクスクスと笑いながら彼女の補足をする。


「橋渡先輩、この子あれです。先輩のリスナーなんですよ、推しってやつです」

「そ、そうなの?」

「だから興奮しているだけなんで生暖かい目で対応すればいいんですよ。それで何とかなると思います」

「意外と世間は狭いなあ」


 凛と千鶴は納得した顔だ。美子は目立たないように安心した顔を浮かべている。


「それでですね、私も真衣ちゃんと同じく先輩とコラボをお願いしてもいいですか?」

「いいとも。ということは残りの二人は――」

「私の担当ということだねー。それでいいかな、二人とも」

「「もちろんです。クイーンの誘いを断るなんてとんでもない!!」」

「クイーンの称号に何も思わなくなってきた自分はやばいかもしれないなあ……」

「「いやー梓紗さん、いえ、みちるさん! クイーンは最高の名誉ですよ!」」


 梓紗の自問に迷わず肯定するハクイとカレンを演じる二人に、梓紗は困った顔をしながらも嬉しそうにしていた。


「よしよし、すんなり大本は決まったようでよかったよかった。じゃあ次は例のアニメーションの企画の話をしていこうか――」


 この後も会議が遅くまで続いていく。そして会議が解散した後は。それぞれの作業ごとに別れて別の会議が行われていくという日になった。


 そうして会議ばかりの忙しい一日が終わり、坂田真衣は事務所を出て、電車で帰宅するためにとある場所に寄り道しながら歩いていた。


(やっと終わったー。いやあ企業勢って想像よりやること多いなー。まあそれで仕事が安定するんだから願ったり叶ったりではあるんだけどさー。こう……ご褒美がありませんかね?)


 真衣はにへらと気持ち悪い笑みを浮かべている。


(そう! 歩いている私を発見したオル様が車で送ってくれるというパーフェクトに自然な流れが発生して親しくなるって――ん? あれは……?)


 そうして歩いていると、別の方向から歩いていく雪藤美子を発見する。彼女は周りをきょろきょろしながら事務所が借りている駐輪場の中へ入っていった。なぜか事務所から駐輪場へのまっすぐなコースではないのは、コンビニかどこかに寄ったからだろうか。


 それが気になった真衣は、思わず美子の後を追ってしまう。


(ええ……? さくら先輩が入ってたぞ? 電車通勤とか運転しないとか言ってたと思うけど男か? スタッフの誰か……? いやでも不自然な距離感の人いなかったけどなー? ……ふぁふぁふぁふぁ!?)


 さりげなく追っていくと、彼女は思わず物陰に隠れた。


 なぜなら白い車から顔を出してる凛と美子が仲良さげに話し、車に乗る直前には触れるようなキスを交わすという、事務所では見せなかった衝撃の光景が広がっていたからである。


(やべえやべえやべえ!? なんか警鐘が鳴ってる! 離れよう!)


 真衣は衝撃の行動に本能的に隠れたのがよかったのだろう。二人は彼女に気付くことなく、そのまま車で走り去っていった。


「マジかよ……フルライブ一の賢者とポンがカップルなんか? 魔性の魔女とポンコツキングの巫女のカップルかーそうかー……ギャップなんてレベルじゃねえぞ」


 ちなみに数日後、真衣は二人の関係は公表してるのかと探ってみたがどうも知っている人は自分の周りにはいなかった。知っていたとしても二人が言ってないので口にはしなくていいという大人の礼儀に従っているのだろう。


 真衣もまあ大人の関係だしということで、この秘密を抱えることにした。




■  ■




 そうやって真衣に目撃されたことに気づかず、凛と美子は車の中でいつものように親し気に会話を始めていた。


「ごめんね、待ったかな?」

「いや、私もさっき車についたところだ。メシはどうする?」

「うーん……あ、なら焼き肉を食べに行かない? ルーちゃんにちょくちょくご飯を誘われるからさ、お店を開拓しときたいんだよねぇ」

「なるほど。行きたいところは決めてる?」

「ここです(きりっ)」

「オーケー。カーナビに入れてくれ」


 車に乗った後にカーナビにお店の住所を入力し、目的地に設定してから発進する。この時もし、二人が外を注視したら真衣の口を開けた間抜け面を見ることができていただろうが、それは起こることなく車は優雅に駐輪場を出て行った。


 しばらくしてちょっとした渋滞に巻き込まれる。

 それに慌てることなく、二人はのんびりと会話をする。


「なんかさぁ最近さぁー、広くなったって思うんだ」

「広くなった?」

「そう。世界が広くなった感じがするんだぁ」


 美子は上機嫌に素直な思いを口にしていた。


「Vチューバーがね、最初はね、なんというかもっとこう、狭い箱の中で活動することって思ってたの。でも最近は登録者さんがすごい増えてて、本当のアイドルになってる気がしてて、嬉しい悲鳴があるっていう感じがしてる。凛ちゃんはどう?」

「同感はするが、一つ訂正しておくべきことがあるな」

「訂正?」

「私達は最初から真っ当なアイドルVチューバーだ。あれは嘘じゃないさ。令和の時代のアイドルはトーク、芸人、ダンスとかなんでもいいが、そういう武器でいかに娯楽を提供できるかが勝負の時代になる、というかすでにそうなっている。

 その点を考えると、フルライブはみんなうまくやってるさ。みちるや美子の配信を見て頻繁に見ててそう思う。勉強のつもりでもつい忘れて配信を見てしまうからな」

「そうなの? 実感がいまいち……」

「今はそうかもしれないが、まあすぐにわかるさ。と言ってもこれはVチューバーだけじゃなく顔出しの配信者にも言えることだがな。違いは容姿全部を掴みの武器にするか、声に特化して掴みの武器にするかの違いくらいだろう。大きいようで実は大したことじゃない些末(さまつ)な違いさ。大げさに語られがちだが」


 美子は感心しながら考え込む。


「もしかしてさぁ、テレビのアイドルが売れないっていうのと関係あったりする?」

「まあ、あったりするかな? 潜在的な需要である視聴者に、きちんと応えることができるアイドルの供給が増えたからな。自分の好きなアイドルのとこへみんなゾッコンになっている分、テレビのアイドル人気は落ちてるように見えるだろうさ」

「アイドルの種類が増えたから……? あれか、アイドルが一つしかなかったからみんなそこに蟻のように集まっていたというわけですか」

「黒砂糖と蜂蜜があるならそれが好きな蟻達は、白砂糖から離れてそっちを優先するものさ。白砂糖も好きだが優先順位は下になるからね」


 理解が及ぶ美子。

 その雰囲気を感じて嬉しくなる凛。


「まあそのうち気づくだろうが、テレビに出るアイドル、タレント。彼らはいい加減、個人チャンネルを開設して動画なり配信なりするべきだろう。我々は最高品質の白砂糖ですとか、他より栄養豊富な黒砂糖ですとかを、アイドルやタレント個人が主張すべきだ。テレビの連中は傲慢なのか鈍感なのかまだ気づいていない様子だがな。

 まあ私みたいな凡人ですらわかってるから、もう少ししたら続々と動画サイトに登録はするだろうさ」

「凛ちゃん、あなたは凡人ではありません」

「ハッハッハ、お世辞はやめてくれ、恥ずかしいんだ。でも、ありがとう」


 美子は真剣な表情で言っているのだが。凛は冗談として受け取った。それでも彼女は褒めてくれることは嬉しく頬を緩ませている。


 そして、美子がふと思い立って言う。


「あれですね、今の時代はみんながテレビを持つ時代というわけですな」

「……そうだね、その通りだ」

「物理的なテレビから概念的なテレビを持つ時代へ……我々日本人はとても遠いところまで来てしまったのかもしれません」

「なんで真面目なナレーション風にするのさ、ハッハッハ!」


 そうこうしているとお店に到着。美子はなにか引っかかったのかやたら考え込んでいる。それにクスクス笑みを浮かべながら、凛は手を繋いで店の中へ誘導していった。


 お店に入って個室に案内され、お肉と飲み物を適当に注文する。

 美子はその間、ずっとうんうんと考え込んでいた。


 そしてお店のお通しが来たところで、ようやく閃いたのか凛に訪ねて来た。


「凛ちゃんはさ、なんかテレビがダメになった理由がわかってそうだよね」

「まあ、いろいろあるけど一面なら説明はできるぞ。例えばそうだな、今の時代、インターネットにどこでも繋げられる時代だろう?」

「そうだねぇ。子供のころからではあるから、そういうものだという感じなんだけどねぇ」

「それだけなら平成という時代とそう変わらなかったかもしれない。だが、そのインターネットにとんでもないものが登場した。いわゆる、ツブヤイターのようなSNSや、ワクワク動画やYOURSTUBEとかの動画共有サイトだ。

 このSNSや動画共有サイトのせいでテレビはテレビ局だけのものではなくなった。そのほかの企業はもちろん、私達という個人でさえテレビ番組を放映する権利を手に入れたというわけだ」

「なるほどだよねぇ……あれ? もしかして想像よりすごい話になったりします?」


 ぼんやりと理解をした美子の顔だが、話が難解すぎる恐怖を覚えて難しい顔になる。

 彼女豊かな表情の変化に凛は思わず小さく笑ってしまった。


「つまりだ。SNS、特に動画共有サイトという存在のおかげで“自分が決定した内容のテレビ番組という動画をぶち込んで、視聴者に届けることができるようになった”というわけだ。

 言い換えると“出演タレントの選定、プロデューサー、費用、番組内容、編集内容などの決定権が自分に存在する番組を視聴者にお届けできる権利”を手に入れたことになる。これで何が起こると思う?」

「……わかった! 好きなアイドルの番組を見れる! 作れる! 探せる!」

「大正解だ。それがテレビ局が衰退している大きな原因の一つでもある」

「当たってただとぉ!?」

「そんな確信した言い方しといて驚くんかい」


 アッハッハとお互いに笑う。運ばれてきたお肉に舌鼓(したつづみ)を打っていく。


「ここから結構簡単な話だな。例えばきみが、青空みちるのようなアイドルを見たいとしよう。二つの一時間の番組があるとしてどちらか一つしか選べないとする。あえてクオリティも似たようなものだとしようか。

 ではこの時、一つはテレビ局の番組は青空みちるが映っている時間は5分しかないもの、もう一つは、一時間全て青空みちるが話しっぱなしの番組だ。どっちの番組を見る?」

「そんなの後者に決まってるわい。あーなるほどなぁ。それで私こと雪藤美子は超高確率でみちるちゃんの深みにズブズブになるんだ。一時間も自分の好みドンピシャが喋りまくる番組だもん、好きにならないわけがないよね」


 凛が大きく頷く。


「そういうことだ。簡単にまとめるなら、ストリーマー、Vチューバー、ネット専用の企業の番組などといったインターネットに存在するサービスの供給が、テレビ番組というサービスの供給を圧迫しているというわけさ。

 そして私の知る限り、現状のテレビは前者の番組のようなものしか作れていない。おまけにそれを補うような仕組みも見当たらない。ほら、美子はそれでも今のテレビを見たいと思うか?」

「あー……すっごいなるほどねってなりました」


 言葉をしっかり咀嚼して美子が目を見開いて言う。

 してっやりと言わんばかりの決め顔を作りながら。


「アイドルVチューバーとはつくづく罪作りな職業よのうッ。ホッホッホ!」

「そこは私も否定できないなあ。言い方が危ない人のそれだと置いておくとして」

「やべえ時代だわ。アイデンティッティーもオリジナリッティーも大事な時代だわ」

「なんでティッティーリッティーって溜める言い方するんだよ」


 納得して興奮したのかふざけたお嬢様口調になってしまう美子。凛はそれに微笑むばかりだ。


 牛タンが運ばれてくる。


「凛ちゃんさー、前に配信でさー、枕営業が唾棄すべきう――んん、粗大ゴミだって言ってたじゃん?」

「あー……言ってたかもしれないな」

「あれって利用価値が欠片もなくなったからって意味もあるよね?」

「ああ、そうだぞ。出演者を能力で決めないという点で完全に無能の行動だし、そんな精神に負荷のかかることをするくらいなら枕営業をお断りして別の番組に出ればいい話になるからな。

 これが昭和や平成なら別の番組というのは別のテレビ局になるから面倒な話なんだろうが、今は令和だからな。他のところに出れないなら自分の作った番組に出ればいいのさ。利用している動画サイトで動画投稿やライブ配信をするという方法でね」


 感心する美子。


「冷静に考えて下の口の上手さなんざトークにも企画力にも関係しないもんねえ」

「まあ私はテレビの闇とやらを深く知るわけじゃないから何とも言えない。が、聞く限りはこれによる人材流出もシャレにならんだろうとは思う。これもテレビが衰退した一面の一つじゃないかな?」

「あれですか、頭のいい人はスタコラサッサになりますか?」

「もし私と美子がテレビ業界にいたら、きみを(たら)し込んで説得してあれよあれよとストリーマーになる準備をするさ。Vチューバーに転身するパターンもあるだろうね」

「誑し込む(笑)」

「なんでそこを笑うのさ、私が誑し込んだようなもんだろう?」

「ガチ惚れしてるんだから誑し込むとは言いません。まあ、病気の弱みうんぬんが~とか言ったら間違ってないけどねぇ」


 美味しい牛タンにしばらく没頭する。

 すると、美子がまた質問する。


「ねえ、凛ちゃん。私の配信っていい感じ?」

「ん? 何が?」

「このままだとまずいかなって思っちゃう時があってさ。外から見るとどんな感じに見えるのか聞いてみたくなったの」

「ハッハッハ、登録者を抜かれた私のアドバイスなんて意味がなさそうだがな」

「もー謙遜はよくないよ。“人気の大きさはそれほど気にするな”って言ってたのは凛ちゃんじゃない」

「まあ“配信者の登録者数=ファンの多さ=優劣が視覚化されている”ことについては、私は全く当てはまらないと思っているからな。私たちの仕事はエンターテイナーであって配信者同士を比べる競技じゃないからね。お客様をいかに満足させる娯楽を提供できるか、これが大事な原則だからさ」


 お店の特性ソースで牛タンの味変する凛。

 美子もしたそうなのでソースを渡す。


「別に今のまま社守さくらは頑張ればいいと思うぞ。もちろん質の向上は図るべきだが、その点についてはもう個人の考え方や努力次第さ」

「むー……っ! じゃあさ、凛ちゃんの中でさ、これは絶対にやるべきじゃないこととかある? やるべきじゃない方針みたいなのでもいいよ?」


 牛タンをハムハムしつつ見上げながら考える凛。

 美子、それを見てかわいいと思ってしまう。


「チャンネル登録者が多くなってほしい、たくさんのリスナーに見てほしい、楽しんでほしい、というのは、私達配信者の真っ当な欲求だな?」

「うん、そうだね」

「でも、私たちは何でもできるわけじゃない。例えば私は哲学っぽい変な雑談ができるし、ある程度のゲーム配信もできなくはないし、格闘ゲームは特に好きだったりするからそっちに手を出すのも検討中だったりする。

 が、FPSは得意じゃないしホラーゲームも苦手だ。アニメや映画、ストーリー重視のRPGだとうまいリアクションを取れる自信はない」

「初耳情報がありますがわかりますよっ」

「黙っててくれよ? みちるにバレたらやれって言われて、不意打ちでホラーゲームを送られそうだからさ」


 凛は唇に指を当てるジェスチャーをする。


「まあ、そういう長所も短所もある私がだ、あらゆるお客様を喜ばせようとしてあらゆるものに手を出して配信をしようとすると、どうなると思う?」

「失敗する、って言いたいんだよね?」

「そう。私がやっても魅力がないもの、私に求められていないものを長時間の配信にすると言うのは無駄だ。あらゆるものに手を出すというのはその無駄が自然と増えるということだから、無計画にやることを広げるというのはやらないほうがいいな。ああ、求められている配信の時間が少なくなるという問題もあるね」

「なるほどねぇ。でもさ、お試しでやるっていうのはいいよね?」

「それはもちろん」

「やれることは慌てずに増やしましょう、増やす前に今までのことを大切にしましょう、無駄なことは気づいたら整理しましょう、でいいのかな?」

「なんだ、わかってるじゃないか」

「これはわかってるじゃなくてちょっとずつ気づいたんだよー。凛ちゃんと話しててさぁ。でもさぁ、言葉にするとこれ当たり前のことだよねぇ」


 美子が照れ笑いを漏らすと、凛もつられて笑った。

 そうしている内に夕食は終わり、二人は焼き肉屋を出て行く。退店の際に美子が当然のように腕組をして来たことに、凛は恥ずかしくもあり、嬉しさも感じていた。


 そうして車に到着して。


「さあ、帰るか」

「いいえ、もうちょっとだけ一緒にいるんじゃ」


 美子がカーナビに行きつけのラブホテルを指定する。

 顔が赤くなる凛。悪戯顔を浮かべる美子。


「明日は大丈夫なのか?」

「大丈夫。昼からだからね、凛ちゃんは?」

「そりゃあ君との時間を優先するさ」





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