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第3話「簡単な人助けは代償行為」



 さらに月日が経過し、社守さくらのチャンネル登録者が一五〇〇〇人に達しようとしているころ。


 気合を入れた活動が仇になってか、雪藤美子はよくわからない軽い体調不良に陥ることが多くなっていた。


 ある意味タチが悪いもので、例えば微熱が三時間で収まるとか、睡眠が浅くなって一時間ごとに目が覚めるとか、急に倦怠感が強くなって動けなくなるが数時間すれば動けるようになる、というものだった。


 それを、美子は軽い疲れだと考えていた。故に配信活動は以前と変えていない。いや、勢いのある今こそ頑張りどころだと気合を入れ、むしろ頻度を多くしたり時間を長くしたりする機会を増やしていた。


「――というわけでね……ゴホ……ゴホ……すいません、咳き込みました」


『最近多くない?』

『大丈夫?』

『無理はしないで』


「大丈夫ですよ! いやーでもちょっとスケジュールを忙しくしすぎているってのはあるかも。マネージャーさんにも言われてて、もう少ししたら落ち着くんでね、そこまでは頑張ります。というか配信楽しいからやめたくないんだよねぇー」


『配信中毒で草』

『ワーカーホリックは良くないから注意しろ。壊してからじゃ遅いからな』


「でもここで踏ん張らないと女がすたります。さくらはこう見えてオルちゃんとみちるちゃんに並ぶ0期生なのです……女は度胸と根性だぜぇ!!」


『テンション高くて草』

『愛嬌も必要だから』

『エッチなのも必要だぞ』


 といった感じでいつものように配信を終え、いつものように好評である。そしていつものように彼女はツブヤイターでエゴサしてそれらを確認する。


 なお、近頃のフルライブは『いい意味で狂っているVチューバー事務所』という認識をされ始めていた。


 フルライブは『新しいアイドルの形を示す』という理念とともに『ガチ恋禁止』『迷惑客の追放』『直接的すぎる性の切り売りを禁止』『お笑いトーク重視、笑いを取る下ネタはOK』『歌って踊ってお笑いもやる』を実践していたからである。


 現在の風潮にはまだ『アイドルという職業ならリアルであれ仮想であれ、お客に必ず疑似恋愛を体験させなければならない』という昭和と平成の風潮が色濃く残っている。


 そういった古臭い風潮が残っているためリアルの姿を見せているアイドルの配信者もちろん、萌えを売りにしているVチューバーさえも、恋愛、異性との絡みには慎重な傾向にあったのである。


 まだまだVチューバーに対する『アニメキャラを使った平成までのアイドル――キモオタご機嫌取りによる搾取』という風潮は残ってはいるものの、それは時が進むにつれ小さくなっていくであろうことは、多くの人間が感じ始めている。


 そのため、フルライブ・プロダクションの新時代のアイドルとも言うべき方針は一見すると無謀な挑戦のように見えてしまうかもしれない。しかし実際は、似通った業種の中において独自性のあるブランドを築き上げていくことに成功し始めていた。


「へいへいどうも凛ちゃん。どうしたの?」


 そうして美子がツブヤイターで動画のサムネイル探し兼、ネタ探し兼、エゴサーチをしている最中、ここ最近で親しくなった人物から電話がかかる。


『いや仕事の用事は特にないんだ。ふと声が聞きたくなってね』

「あら~嬉しいこと言ってくれるってばねぇ」


 穏やかな声で始まる二人の会話。

 美子の顔が緩む。


『それと気になったことがあってさ。美子、最近特に疲れていないかい? 大丈夫か?』

「ああ、みんなに言われるねぇそれ。そんなにひどいかな?」

『不自然というほどじゃないよ。配信だと特にね。ただスケジュールだとかきみのことを把握している私としては、少し心配になってるだけさ。

 きみはいささか頑張りすぎるんだよ。まあ、才能がある人間はそういうところがあるから、仕方がないかもしれないがね』

「えっへっへ。褒めないでよー凛ちゃん」

『いい子いい子……いや本当にね。配信を見てるとこう、自分との才能の違いを感じるよ。八合の言った“一〇〇万人の登録者を誇る人気者になる”というのがさ、最近になってわかるようになってきた。例えばゲーム配信とか素直に感情を伝えるのがうまいところとか、私は好きだな。いや、みんな好きな部分だろうさ』

「……ガチ褒めですやん……、その、ありがと」


 美子は受話器越しに伝わりそうなほど盛大に照れている。


『だからこそ、しばらく健康管理に気をつけて。才能がある、いや、努力が想定以上に成功している時は危ない状態であることを気にかけてほしい』

「おー……魔女の哲学?」

『哲学じゃなくてただの人生経験だよ。

 天才はどんな壁が目の前にあろうが、知恵と試行錯誤でそれを乗り越えていってしまうのさ。それが一段落して達成感、満足感、充実感のようなものに満たされると、それをより大きな壁を上る燃料にして、次の壁を乗り越えていく。これが才能のある人間の特徴というやつだと私は思う。でもね、これはいいことでもあるが、危険なことでもある。

 少しくらいの不調なんて気にもしないんだよ、そういう天才はさ。

 だからね美子、もし危ないなと思ったら私に電話してくれ。人を助けることは、やり方とタイミングさえ正しければ大した手間にはならない』


 凛の心配してくれる気持ちが伝わって来る。思わず涙があふれそうなほど嬉しい。凛がいたからこそ、自分はここまで頑張れるのだという気持ちが溢れていく。


 涙声になりそうなるのをぐっと堪えるため、雪藤美子は引き締めた表情を作る。


「大丈夫だよ、凛ちゃん。私はまだまだ頑張れます。ありがとう」

『……ああ、それならいいんだ。じゃあまたね、おやすみ』

『おやすみなさい』


 電話を切ると、ティッシュで鼻をかんだりして整えて気合を入れる。そうして美子はまた配信のための準備をやり始めた。


 パソコン作業をする美子は電話の前よりもさらに笑顔になっている。


「頑張らないと~頑張らないと~♪ りーんちゃんに褒められた~♪ 何時……夜の十一時か……ならサムネの予備と企画と提出物をいくつか片付けていきましょうっと」


 作業途中、あることに気づいて声を上げる。

 感謝の気持ちで使いやすいプレゼントを贈りたくなったのだ。


「ついでに凛ちゃんのサムネも作っとこ。なにがいいかな~? おしゃれな一発ものか……プレものか……普段で使えるものがいいのかな?」


 そんなこんなでウキウキしたまま作業を終えると、今日もまた午前三時ごろの遅い時間に就寝することになってしまった。


 そして、それから数日後。

 いつものように配信やその他の作業をしている時であった。


「――おかしいな……あれ?」


 数日後……雪藤美子ははっきりと体調不良に陥っていた。


「なんだこれ……なんだ、おか……しい……?」


 自覚をしたのはつい先ほどのことである。気づけば時計の針が一時間ほど進んでいるし、全身が異常にだるくて動かしにくい。脳も動いている気がしない。


「は、配信はまだだから大丈夫。今日はやって、しまって、明日はさすがに、休もう……ビタミン剤……プロ……飲んでるのにねぇ、こん……ひどいってば、ねぇ――」


 愚痴を言いつつ、配信が行えるようにゲーム、配信画面で使う小物、ファイルなどの準備を終わらせたところで、ようやく風邪薬に思い当たり、席を立った直後だった。


 膝から急に力が抜けたのである。


「……ウーン……」


 声が出ない、とぼんやりと思ったときには天井が見えていた。それほど勢いよくは転んでいないと理解したが、全く起き上がれない。不思議と焦燥感もない。つまりそれは、彼女の脳の働きが異常に低下していることを示唆している。


 そしてそのまま、雪藤美子は意識を失った。

 その時ほんの少しだけ、聞き慣れている女性の声が届いた気がした。


 ――この前後で、社守さくらの配信画面のコメント欄で騒ぎが起きていた。


『おい、さくらが来ねえぞ』

『もう一時間か?』

『四十五分ですぜ兄貴』

『これは寝坊ですね、間違いない』

『おいやべえぞ! ツブヤイターの運営アカウントを見れ!!』

『ファ!?』


 そしてツブヤイターにて、フルライブ運営が緊急の声明を出した。


『“緊急のお知らせ”

 皆様、平時より我がフルライブの各種サービスをお楽しみいただき、誠にありがとうございます。

 先ほど、我がフルライブ事務所に所属するタレント:社守さくらが予定していた配信を行わない問題につきまして、彼女が自宅で倒れているところをスタッフが発見しました。すぐさま救急車にて病院へ搬送されました。

 詳細はまだ話せませんが、スタッフからの報告によるとおそらく大丈夫とのことです。何かわかりしだい、ツブヤイターなどにてご報告させていただきます』


 さらに数時間後の真夜中、午前二時を過ぎたころ。


『“社守さくらに関するお知らせ”

 先ほど救急車で搬送された社守さくらですが、はっきりと意識を取り戻しました。倒れた原因は過労と風邪をこじらせたことによる高熱だろうとのことで、大事にはならないだろうとのことです。

 しかし高熱自体は続いているとのことで、しばらくは入院生活となります。そのため、配信を楽しみにして頂いたお客様につきましては、改めてご迷惑をおかけしまして、申し訳ありませんでした。またご心配、本当にありがとうございます。

 また上記の理由によりしばらく配信は強制的に休止させていただきます。適度に休めとあれほど言ったやろが全く。

 続報はフルライブ運営アカウント、または社守さくらのアカウントにて行います。ご了承ください。

 本日、異常事態を知らせしてくれたリスナーの皆様、本当にありがとうございました』


 といった発表にてフルライブのファン層は落ち着きを取り戻した。なお、その中にまぎれたお怒りの本音に関しては、定期的にネタにされることになった。




   ■   ■




 雪藤美子が倒れてから三日後。中心街にある大きな病院の一室。大事にならなかったものの過労で倒れてしまった雪藤美子は、そこでしばらくの入院生活を送ることになった。


 こうなったのも、倒れて配信がすぐに始まらないことを不審に思った凛が電話をかけ、それでも反応がなかったので自宅に駆け付けたことが理由だ。凛がいなければ、下手をすると美子はあの世に行っていた可能性も否定できなかった。


 そういったわけで深い感謝と申し訳なさがごちゃ混ぜな彼女の元に、彼女の母が病室に訪れている。


「――ほんと、あんたが倒れたと聞いたときは心臓が止まるかと思ったよ」

「ごめんなさい……」

「軽い肺炎で一週間ですむと聞いたときはねえ、足から力が抜けたよぉ。あんたが倒れた時に橋渡さんがすぐ駆け付けなかったら、あんた死んでてもおかしくなかったって言われたんだから」


 美子に似ているものの勝気な雰囲気を纏うところが違う彼女の母がため息をつく。それを美子はますますしょんぼりした。


 ちなみに雪藤家の家庭環境は母、美子、弟、妹、四人家族である。父親は美子が高校を卒業する時期に病で亡くなっている。


「弟と妹も心配してるんだからね、もう少し気をつけるように」

「ほんとー? 太史たいしは呆れてそうなんだけどねぇ……」

「ツンデレだからねえ、あの子は。今は姉ちゃんはアホの子だと改めて確信したって興味なさそうに言ってるかもねえ」

「あはは、ありそうだなあ……」

「そんな弟にもマジの心配されたんだよ、よく考えるようにね」


 バツが悪く顔をそむける美子。

 呆れつつも微笑んでしまう母。

 

「ところで、橋渡さんと何度かお話をしたんだけどね」

「凛ちゃんと?」

「そう。あんたの仕事についていろいろと聞かされたよ。

 病院に着いたときはねえ、あんたがぶいちゅーばー? バーチャルアイドル? とかわけのわからない職業に就いたことを後悔したさ。そもそもお金がなくて不摂生になったからこうなったわけだろう? もっと強く言ってね、こういう都会じゃなくて、地元でちゃんとした会社に就職して、余った時間でやりたいことをやればそれでいいじゃないかと説得すればよかったってね」

「……でも、一度決めたことだからさ」

「だからと言って倒れるまで打ち込むのは違う話さ、美子。お父さんがもう少し生きてくれれば、その辺をしっかり教えることができたかもしれない。そういう後悔とか、私の力不足とかそういうのをね、痛感した。だから無理やりにでも田舎に連れ帰ろうとしたさ」

「私は帰らないよっ」

「知ってるよ、頑固者。連れ帰ったりもしないさ」


 美子が驚いた表情で母に目を合わせる。

 母はとてもニコニコしている。


「橋渡さんがね、あんたの仕事について説明してくれたんだよ。将来性ってやつもね。あんたから聞いていた話よりずいぶん立派で大きな話だと思ったし、確かにあんたにはそういう素質があるんだなと理解できたよ。

 私がもしあんたになったとして、配信であんたと同じように話せる気はしないよ」

「あー……見た?」

「見た見た。そのうえで今はちょっと大変な時期だっていうのも理解したさ。出来立ての会社なんてそんなもんっていうのはさすがに私でもわかる。改めてね、あんたを応援するよ。リスナーとしても推していくよ。自慢の娘なんだから」


 美子の涙腺が緩みそうになり言葉に詰まる。

 それを見て母はうんうんと頷く。


「それでね、あんた、橋渡さんのことは絶対に大切にしなさい。倒れた時にすぐに駆け付けてくれた恩を返せってだけじゃないよ?

 あそこまで人のために動ける人というのはそういない。まして友達の母に堂々とね、友達の仕事や夢をしっかりと説明できるなんて、その子のことを正しく理解しないとできないことだ」

「それはわかってる。凛ちゃんだもん」

「それならいいよ。友達を大切にね。

 しかしまあ、あんな明らかに賢くて独特の凄み……芸能人オーラを持っている美人さんがあんたの親友だなんてすさまじい驚きだ。何をどうしたらそんなことが???」

「それは私もわからない。あれよあれよと友達になってた」


 ガハハ、ワハハ、と二人はよく似ている笑い方をしあった。

 その後、親子はちょっとした談笑を続けていると、美子に睡魔が訪れる。


「うい~……眠くなってきたぁ」

「そうだね、じゃあ私も戻ろうかな。眠ってるとこを邪魔しちゃ悪いからね。それじゃ予定通りお母さんは明日、田舎に帰るよ。美子、次は倒れないように頑張るんだよ」

「わかったお母さん……ありがとう」

「橋渡さんにもきっちり言うんだよ?」

「もうわかってるよぉ」


 母が退出して帰っていくや、美子はそのまま睡眠に入った。


 そうしてしばらく時間が経つと、今度は凛が病室に入って来る。彼女の着替えを持ってきたのである。


 凛は健やかに眠っている彼女を見て安心しながら、せっかくなので果物ナイフで持ってきたリンゴを剥くことにした。一つは作業代金ということで食べるつもりだ。


 その途中、美子が目を覚ました。思ったより浅い睡眠なのかすぐに覚醒したが、薄目で見た凛がとてつもなく美女で所作も美しかったのでつい見惚れてしまっていた。指のすらっとした長さがよく映えていたからだ。


 リンゴが剥き終わったところで、凛は美子が起きていることに気付く。


「おはよう。起こしてしまったなら悪いね」

「ううん、そんなことないよ」


 凛がリンゴにつまようじを差す。そしてアイコンタクトとジェスチャーだけでリンゴがいるかいらないかを確認すると、彼女ははっきり頷いた。


 美子が起き上がったところで、二人はリンゴを食べ始める。凛は一つだけで、あとは病人である美子のものだ。


「着替えは持ってきたからそこに置いておくよ。洗濯物はあれだけ?」

「うん、あれだけだよぉ」

「ほかに欲しいものは?」

「ううん、今は特にない。ありがとう」


 二人はしばし無言になった。美子はなぜか急に恥ずかしくなったのだ。凛は特に何も言わず微笑みを浮かべて様子を見ながら、しばらくするとスマホで予定を確認し始める。


 そうして無言を破ったのは美子からだ。


「凛ちゃん」

「ん? なんだい?」

「一つ、訊いてもいいかな」

「? どうぞ」

「その、どうして私を、助けてくれるの? あ、その、今回のことだけじゃないよ? 最初に挨拶したときから、すごく心配してくれたじゃん? でもそれってさぁ、普通は自己責任で頑張れって話じゃん? なんでかなって……」


 凛が顔に指を添えながら考える。


 彼女を助けようと思った理由は前世の『親友』が関係している。しかし前世のことを正直に話すのは常人では理解できなくて当然である。そのため少し話を改造することにした。


 もっとも大学時代までの親しい人間はいない。強いて言えば習っているジークンドーの関係者くらいである。そのため話が緻密じゃなくてもわからないだろうということで、話の改造具合は適当だ。


「きみを性的に食べたいという下ご――」

「凛ちゃん? 私は“鶏ガラババア女に魅力なんて感じない”ようなことを言ったの、覚えてますからね?」

「ハッハッハ! そこまでひどく表現してないさ……フフ」

「あの、照れたり恥ずかしかったりする?」

「……まあ、ちょっと妄想というか妄執みたいなものがあるから、恥ずかしくはあるかな」


 凛が苦笑を交えて答え始める。


「……私には親友が一人いてね。彼は本当に天才と言うべき人間だった。分析能力というか、物事の考え方というのが飛び抜けている感じだったな。勉学には興味がないのか学校の成績こそ普通だったがね。

 そうだな……クラスメイトの女の子と雑談しているときにはよく“親友くんは何か違うよね? 頭が良すぎるんだよあれ”というのをよく話題になったよ。毎年毎年違う女の子がそんな感じのことを言うからさ、本当の天才っていうのをよく理解できたよ、あれはさ」


 懐かしむ凛の表情が大切な思い出の価値を映す。


「面白いのはそういう女の子の誉め言葉に親友本人は“あれは最近流行(はや)りのお世辞なのか?”と本気で訊いてくることだった。ずいぶん無自覚なやつでね、何度も本音で言ってると答えても冗談としか受け取ってくれないやつだった」


 それは思わず、美子が言葉にできないモヤモヤしたものを感じるほどだった。

 それを振り払うように美子は質問する。


「親友ちゃんは、凛ちゃんより頭良かったの?」

「凡人の私と比べることがおこがましいな。ただそうだな、今思えば、高校やら大学やらの試験で彼を評価することは難しい。客観的な指標で説明することができなくて残念だ」


 美子がさりげなく気付いた。この感情はたぶん、嫉妬かもしれないと。


「そんな親友がある日、夢ができたと言ってね。小説家や脚本家になりたいと。夢があっていいじゃないかと私も応援していた。

 ところがずいぶん苦戦してね、私によく“カタルシスのコントロールができない”とか“布石と伏線の違いを明確に言語化できない、世の天才はどうやってこれをコントロールして好き放題に使っているのか?”とかそういう愚痴を言ってたもんさ。

 私では言ってる内容がいまいちわからんことが多かったが、なんとなく雰囲気で理解できる部分もあった。そしてたまに思ったことを言うと“それだ! それだよ我が心の友よ!!”と大はしゃぎするのがこれがまた面白かったもんさ」


 凛の表情が優しげな表情になる。

 そして険しくなる。


「それである日、彼がね、“理論が完成したから確認のためにおまえに説明する。映画を見ながらな。楽しみにしててくれ”という感じで電話してきてね。それで休日に映画鑑賞をすることになったんだが……その日は来なかったんだ。

 美子と同じ感じでね、彼も自宅で倒れたんだよ。君と違って、親友は誰にも発見されなくてそのままこの世を去ったわけだ」


 その瞬間、美子の中に嫉妬という感情は消し飛んだ。凛の表情があまりにも痛ましいものであったからだ。悔恨であり、トラウマであり、あるいは怒りのようなものさえ紛れていることがわかった。これにどうこう思うのは筋違いであることに気づいたのだ。自分も死者を悼むことが正しいと。


 しばらくして、凛が小さく笑った。


「美子、きみもそうなんだが、私の親友も頑張りすぎるやつだった。小説の研究に没頭するあまり食事や運動習慣を疎かにしたことが原因の心筋梗塞さ。彼は天才だ。私やクラスメイトのように彼を知っている人間ならみんなが理解する程度の天才だ。

 しかし世の中の一般人は彼のことを知らない。現代の文学史に残るレベルの偉大な小説家になれたであろう才能を、彼は一切証明することができなかった。挑戦することさえ許されなかったんだ。私の親友は凄いだろう、という自慢や、一般人への共感を求めても誰もそれに同意してくれない。

 それがたぶん、とてつもなく寂しい」


 美子の瞳を見つめる。


「まあ、代償行為というやつなんだ。それはわかってるんだ、ただ――」


 照れた様子で目を逸らしてから、凛はもう一度彼女を見詰めなし、美子の手を握った。


「社守さくらは素晴らしいVチューバーだ。八合の言う通りきみは必ず一〇〇万人、いや二〇〇万人を超える登録者を持つ人気者になれる。私はその才能を感じてる。きみと親しくなるほどそれは確信するようになった」


 告白されてるようで美子は恥ずかしくなり、口が自然とパクパクしてしまう。

 凛はそれに笑いながらも顔に触れ、微笑み直して(ささや)く。


「体を大切にして、次は気をつけること。それさえ気をつければきみは成功するよ。魔女屋オルエンとして保証しよう。

 だから今はしっかり休みなさい。疲れている時とか、人に心配されているときは素直に休息を取るように。誰かに助けを求めることは恥じゃないし、私はいつでもきみを助ける。よく覚えておきなさい。

私達は友達だ。そうだろう?」


 顔を赤くしたまま、美子は何度も頷く。


「よしよし。これで私の自慢のお友達たくさん計画は順調だな、ハッハッハ!」


 凛が笑いながら離れて荷物をまとめ始めた。


「あ、か、帰るんだね、凛ちゃん」

「あいつのことを思い出したら墓参りしたくなってね。墓が遠すぎるから代わりに、神社に行ってのお祈りになってしまうがな。

 次に会うのは退院時に迎えに来るときかな……その間に忙しくなければお見舞いに来るよ。ちょっと予定が厳しいが」

「あ、うん。ありがとう……その、凛ちゃんも無理しなくていいからね?」

「なーに、私は大丈夫さ。そのために私は食事管理も覚えて筋トレもしている。人間、鍛えていれば多少の無理無茶無謀はできるものさ。じゃあな、美子。しっかり休むようにな。おやすみ」

「あ、うん。おやすみなさい、凛ちゃん」


 退出の際に手を振りながら凛が帰っていく。荷物をまとめるのが早かった。それを美子はとても名残惜しく感じた。


 ふうっと息をつく。美子は顔が赤いなあと自覚してしまう。


「治ったら……頑張らないとねぇ。倒れないようにだけどねぇ……」


 そう言いながらまた就寝する。

 暖かい気持ちに、満たされながら





■オマケ設定集2■

「Vtuber+1」において「橋渡凛の前世の親友」もTS転生して女性として生まれている。年齢もだいたい同じ。

本人同士に交流なし。

また存在を知ってもその時点で「親友」は薬物中毒の妹により無理心中をさせられて死亡しているため、接点を持つことはない。




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