エピローグ「Vtuber+1」
気づけば、あの凄惨な事件が起きてから一年と半年ほどの時間が経過していた。夢の中できちんと別れを告げたこと、長い時間の流れもあって、雪藤美子の精神は順調に復調している。
施設を退院できるほどまでに復調した美子は、そこからさらに半年ほど通院して精神薬の服用を辞めても良いほどに回復していた。
そこまでに至ってようやく社会復帰、つまりはフルライブ・プロダクションに所属するVチューバー:社守さくらとして復帰することが決定したのである。
当然、そのことをフルライブのタレント及び社員がそろって歓迎と祝福をしていた。特に坂田真衣は長期休暇をしていたこともあって、より美子の状態を理解していたのか、復帰祝いは格別に手の込んだものを送っている。
復帰は決定したものの、雪藤美子の配信はすぐには始まらなかった。理由は配信をしようとすると手が震えて失敗するからである。
理由は何となく察していたので不安になることはなかった。彼女はもう少しだけブレーキをするべきかもしれないと判断して、配信だけはさらに半年ほど先延ばしにすることにした。周囲もそれを受け入れ、本格的な活動はもう少し控えることになった。
その半年の間、配信以外のことは積極的に準備していく。例えば復帰記念配信での新衣装の準備であったり、グッズ販売の企画であったり、あるいは公式チャンネルに投稿されるアニメーションなどのためのボイス収録に参加して、社守さくらの復帰をしっかりと告知した。これにはさくらのリスナーも満足げであった。
そういった感じで日常を過ごしていき、今日、社守さくらの復帰配信が行なわれるその日を迎えた。
そして配信の前にその報告のため、雪藤美子は愛する人の墓参りをしている。場所は共同墓地だ。
凛の墓の前で美子は一人でお祈りをしている。黒染千鶴も近くにいるが二人きりの時間を作って貰うため、会話が聞こえない程度に距離を離していた。
「――という感じかな。だから今日ようやく、私こと社守さくらは活動を再開します。ようやく配信しようとしても震えなくなったんだよねぇ。これさ、凛ちゃんのやつだと思うんだけど、心配しすぎじゃないかな? まあ言っても一人じゃちょっと不安だから、千鶴ちゃんに手伝ってもらうよ……うん、そんなところかな」
合わせていた手をほどき、美子は微笑む
「じゃあ報告終わり。ということで、頑張ってきます。応援よろしくっ!
……またね、凛ちゃん」
終わって墓から離れていき、共同墓地の出口へと向かった。その途中で千鶴と合流する。すると、千鶴が積極的に美子と手を繋いできて、美子はそれを受け入れる。
「おいおい、私のこと好きすぎでしょ~?」
「そりゃ大好きですよ? いけないんですか?」
「いやあすっかりツンの成分がなくなったね、千鶴ちゃん」
なお、千鶴とは親友以上恋人未満の関係だ。恋人以上の関係にならないのは美子がまだ踏ん切りを着かないのと、千鶴が関係を急ごうとしていないからである。
「素直に伝えないままいなくなる恐怖ってすごいものだからね。そりゃあ素直にもなるさ。当たって砕けるつもりもないからいいだろ、別に」
「もちろんいいですとも。私も千鶴ちゃんが好きだもの」
「うーんこのシンプルなてえてえ。配信で出していいのか迷うなあ」
「出たら出たでいいでしょ別に。ツブヤイターだと散々言われてるんだから」
「かわいいところを独り占めしたい欲求もあるんだよーわかってよー」
「サバサバしてるほうなのにさぁ、たまに異様に面倒くさくなるのなんでなんです?」
「愛ってそんなもんだろ、察せよほらほらほら~」
じゃれ合うような冗談を言いながら駐輪場に止めていた車に到着する。運転手は千鶴の方で二人は自宅のマンションへと向かった。なお、二人は同じ大型マンションの隣の部屋に住んでおり、半同棲に近い生活をしていたりする。
二人は雪藤美子の家の方に入り、復帰配信の準備をしていく。画面の設定であったり、挨拶や段取りの確認である。
それらを順調に終わらせ、小休憩を挟むと、開始時刻が訪れる。
「よし時間だ。じゃあ、頑張って。いつでも助けるからな」
「ありがとう、千鶴ちゃん」
そうして雪藤美子はおよそ二年と半年ぶりに、社守さくらとして配信を始めた。
魔女屋オルエンと同じ魔女帽子の衣装を添えた、2Dアバターで。
すでにチャンネル登録者一五〇万人を突破している、トップVチューバーとして。
「――リスナーのみなさん、お久しぶりです。フルライブ0期生、社守さくらです。
本日は――私の活動再開の配信に来てくださり、本当にありがとうございます」
動画配信サイトの『社守さくら.Ch』のチャンネルにおいて、二年ぶりの生配信が始まった。流麗に動く2Dアバターが演者の表情を正確にトレースし、紫色の魔女帽子と巫女服の似合う長い赤髪の女の子がその動きを表現する。
「あ、新衣装のこの帽子はですね、オルちゃんの話をママ(*イラストを担当した絵師のこと)にしたらですね、わざわざ描いてくれたんですよ。ママ、本当にありがとう」
普段は赤ちゃんボイスとも呼ばれるが、真面目な時は清楚を前面に出した声で社守さくらが手を振りながら言っている。それを見たコメント欄の流れが速くなった。感涙であったり、感動であったり、あるいは『てえてえ』というやつを感じたのかもしれない。
『くらえ!! 祝福のスーパーチャットぉおおおお!』
『当然のように満額を投げるスタイル、嫌いじゃないよ(;・∀・)』
『カラスのやつ満額かよ。てえてえ営業か?』
『営業でも何でもいいさ。今日はいい日だぁ……おらぁ!!』
『釣られて満額ブン投げマンがちょこちょこいて大草原』
社守さくらの復帰は、それほど多くの人が心待ちにしていたのである。
「ほんのさっきまで、さくらはですね、見れなかったんですよ、自分のチャンネルをね。言葉で言うのは難しいけど、怖かった。うん、怖いというのがね、いろいろ混ざってた。
――でもチャンネル登録者数を見て驚きました。最後に見たのは一〇〇万だったはずなんですけど、さっき見たら、一五〇万だったんです。オルちゃんの言った通り……さくらのことをみんな待っていたんだなと思うと、怖いのがなくなったよ……二年以上、なにも……なにも……でき……」
できなかった、という言葉を涙声のせいできちんと口にできないさくらに、社守さくらのファンであるリスナー、同僚であり同じフルライバーの青空みちる、クロル・エ=アップルスミス、個人勢の白羽カラスなどといった数々の人々からの気遣われるコメントが大量に流れていく。
「ありがとう、みんな。さくらは大丈夫だよ。あ、実は今日の配信はね、ルーちゃんも一緒にいるんだ。念のためにね。もうちょっとしたら助っ人で出てくれるからね、楽しみにしててね」
コメントパネルに表示される温かい言葉の数々に、美子は涙を流している。
「――改めて、お礼を言わせてください。
本日よりわたくし、社守さくらはフルライブ・プロダクションに復帰し配信活動を再開いたします。今日のような素晴らしい日を迎えることができたのは、リスナーの皆さま、フルライブのスタッフおよび関係者の皆さま、フルライバーのみんな、リアルママや兄弟、友人……そして、オルちゃんのおかげです。みんなが、さくらを支えてくれて、応援してくれたからです。
本当に、本当にありがとう――!!」
まだ生きていたいと、Vチューバーでいたいと、そう思わせてくれるのだから。
「それじゃあ、今日は雑談と新衣装紹介の配信を始めるね!
ではゲストの彗星ルカちゃんをお呼びするねぇ! どうぞぉー!!」
「はーいどうもーみなさん! 彗星のように輝くアイドルVチューバー:彗星ルカです! ルーちゃんは~?」
「今日もかっこいい!」
「はい! ありがとうございます! じゃあそういうことで!」
「「二人そろってサクラスター! 今日からまたよろしくお願いしまーす!!」」
コメント欄に二人のファンであるリスナーからのコメントが大量に投下される。中には有名なフルライバー、交友のある他企業のVチューバーのコメントも紛れている。
「というわけでですね、まずこのルーちゃんがみんなの気持ちを代弁しようと思います」
「え? あっはい」
「巫女服と魔女帽子の組み合わせって妙に背徳的でエッチだ、これ以上ないベストマッチ。そう思わないかみんな?」
「おいてめぇ! センシティブになるのが早すぎるだろうぉ!?」
「「アッハッハッハ!!」」
美子と千鶴が顔を見合わせ頷き合う。
「さくらは、これからも頑張ります。私を応援してくれる人のために、私を好きでいてくれる人のために――アイドルVチューバー! はっじめーるよー!」
そして、アイドルVチューバー:社守さくらの伝説は始まった。
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