第17話「魔女の哲学配信、またの名を、予言配信」
社守さくらとシルヴィア・ブラックフェザーが謹慎している期間のとある日。
YOURSTUBEにある魔女屋オルエン(演者:橋渡凛)のチャンネルにて、後に伝説ともなる配信が行なわれようしていた。その配信のタイトルは『フルライブの近況に関することと魔女が哲学を語る配信』である。
同接の人数は一〇〇〇〇人前後と普段よりもはるかに多い人数だ。社守さくらの恋人発覚騒動に関する見解を聞きたい他所のリスナーも、魔女屋オルエンの配信に集まっているからだろう。
「みなさん、こんばんは。魔女屋オルエンです。今日は近況についてと、私の魔女の哲学を語る配信に来てくれてありがとう」
『キター!!』
『ヘイヘイヘーイ!』
『こんばんはーオル様』
『ガチで語るとは……ペロ! これは濃厚な哲学の香り!(; ・`д・´)』
『変態がちょこちょこいて大草原』
「凄い人数だ……まあ逆に都合がいいか。そうだな、まずは例の件をシンプルに言いたいことをまとめるか。
――社守さくらに恋人が発覚したところで大した問題じゃない。ガチ恋営業なんてしてないんだから堂々と活動をしていけ。昭和と平成で生まれた悪習慣なんて吹っ飛ばしてしまえ! ハッハッハ!」
『『『『草! 想像通りで痺れますねぇ!』』』』
オルエンの大胆な発言にほとんどのリスナーが賛同している。中にはわずかにへこんでいるようなコメントをしている者もいるが、コメント欄を荒すようなことはしていない。ちょっとした自分の心情を表現しているだけだろう。
「ふむ? “ア、アイドル活動はしていたから(震え)”ね。震え声で言っている時点で本当は認めているんじゃないか? 令和のアイドルはリアルもVチューバーもガチ恋営業、疑似恋愛を必要としていないんだよ。
そりゃあそうさ。歌、ダンス、トークと言ったはタレント、アイドル側が提供するコンテンツが面白ければ、アイドルのファンが生まれるというのは証明されている。皆に訊くが、明日から社守さくらの配信が無くなったらどうする?」
『『『嫌に決まっとるやろ!』』』
「そうだな。じゃあ恋人や既婚が発覚したとしても、社守さくらの配信を続けるとなったらどうだ? 配信を見に来なくなるのか?」
『『『え? 気にせず見に行くよ?』』』
『『『ショックが落ち着いたら見に行くよ?』』』
『『『不貞寝してから考えます!』』』
「ハッハッハ! まあまあ、そういう反応になるよな。私もきみ達と同じようなもんだ。気にせずに配信を見るか、ショックを受けたなら落ち着いたあとに見るという程度だ。アイドルに対して憎しみを抱くとか、そういう時間が無駄で愚かな行動はしないさ」
いったん言葉を止めて、コメント欄を精査する。
「ふむ、コメント欄をざっと眺めて九割、いやそれ以上がそんな感じだな。嬉しいことだ。彼女は清く正しく令和のアイドル、アイドルVチューバーとして活動していたということなのだからな」
アバター越しでもオルエンの表情はとても喜びに満ちている。
「“厄介リスナーやアンチにはどうするの?”――どうもこうも無視するだけさ。アンチは我々フルライブのお客様ではない。提供していないガチ恋サービスを出せと言われても困るだけさ。ラーメン屋にカレーうどんを作れというものだぞ? やるわけないだろう。もっともこれがな? 我々の方からガチ恋サービスを行なっていた場合は正当な苦情になるがな、現実は違う。
だから今回のさくらへの謹慎処分は必要ないというのが私の見解だね。
ああ、シルヴィアの謹慎は仕方ないかな。あんな形の情報漏洩はシルヴィア自身がクビになったりする可能性もあるわけだからね。逆に言うと、失敗があの程度のことで本当によかった。次は気をつけてほしい」
言いながら、オルエンは賑やかに流れていくコメントに目を通していく。その中であまりにも目立つ名前がちょうどいい質問を投げかけており、彼女はそれを拾った。
「やあ、クロル。配信に来てくれてありがとう。ゆっくりしていってくれ」
『フルライバーがおって草』
『クロルは敬虔な魔女信者だぞ』
『さすがオル様のおかげでダイエットができて美少女になったと自負する女だ(本人談)。俺達とは信仰の深さがあまりにも違いすぎるぜ』
「クロルからちょうどいいコメントがあった。ふむ、“良識のあるリスナーは多いはずなのに、なぜこんなにも炎上してしまったのか?”という質問か。まあ原因は複数あるし私も全て把握しているわけじゃない。
それでもあえて言うなら、我々フルライブという企業が大きくなることにより、お客様の規模が大きくなったこと。我々へのアンチ一人一人が大きな感情力学的エネルギーを持ち、それによって生まれた行動が苛烈だったこと。そしてそのアンチ行動を喜んで利用して利己的利益に繋げようとする連中が多かったというだろうな。
まあ実を言うとこいつらは声がやかましい少数派だから、慌てずに無視してやるべきことをやれば問題ないのだがね。ハッハッハ!」
笑ったところで水を飲んで小休憩しつつ、大量に流れていくコメントに目を通していく。
『規模が大きくなったのはわかる。一割がアンチでも元の数が一万人なら一〇〇人はいるわけだからな』
『フッ、有名人は大変だぜー』
『感情力学的エネルギーとはなんぞや?』
『感情で生み出すエネルギーだよ、察しろ!』
『見える! 私にも感情が見えるぞ!!』
「ごめんごめん。感情力学的エネルギーか。これは私が読んだ老子の言葉を戦略書、謀略書、処世術として解説している本に書いてあった言葉でね。私はこの老子解説を気に入っているんだよ。面倒な説明だが、少し聞いてくれるかな? ああちなみに、私の読んだ本と私自身の解釈が混ざったものだから、詳しく知りたくなったら老子を調べておくれ。魅力的だぞ?」
『『『『『傾聴しまーす!』』』』』
『『『ヘイヘーイ、ヘイヘーイ!!』』』
『『りょうかーい』』
「老子というのは、2000年ほど前に存在した有名な人物のことでね、その人の思想に“万物は無に帰る”というものがある。この無っていうのは今の言葉で言うと“適正なこと”“ふさわしいこと”というニュアンスが近いと考えられるんだ。万物のほうは言葉通りあらゆることを指している」
オルエンは一度区切り、コメント欄を精査する。
問題なしとして話を先に進める。
「この万物というのは大きく“陰”と“陽”の物事に分けられる。陰の物事の代表としては例えば平和、貧乏人、無欲とかだろう。陽の物事は戦争、総理大臣、欲望といったものになる。とは言ってもあくまでこれらは一例であって、絶対的な基準ではない。その対象によって陰陽の価値が変わる相対的な基準さ」
『ガチの難しい話になってて草』
『さくらの話からとんでもねえ方向に舵を切りすぎだっぴ!』
『オル様のことだからいいとこに終着するっぴ』
「それで“万物は無に帰る”というのはね、“自分にとって適正な位置や物事に辿り着く”っていう意味になるんだよ。
例えばとある人物が総理大臣という陽に位置する立場になったとしよう。その人物が“裏金を駆使した犯罪者紛いの議員”だったらどうなると思う? “刑務所に行くでしょ”“絞首刑でしょ”――そうそう、そういうことだ。
その人物は周囲の人間の行動によって断罪され、総理大臣という陽の地位、位置から引きずり降ろされ“無に帰する”ということ、つまり犯罪者としてふさわしい末路を迎えるというわけだな。
これが“万物は無に帰る”という事柄の一例さ。」
『なるほどー』
『犯罪者って明らかにマイナス、陰の地位だから無には帰してなくない???』
「そこが面倒なところだ。だから相対的な基準というわけだ。たしかに一般人にとって犯罪者という地位は陰の物事になる。しかし犯罪を犯した者にとってその地位は? “適正評価だね”――そう、そういうことだ。無の位置になる。つまりその対象となる人やものが、周りからどう評価されることが適正なのかが重要で、結局のところその適正なところへ辿り着くというのが、この“万物は無に帰る”という思想なのさ」
『はえー勉強になる』
『面倒くさいレベルでかみ砕いてて草。助かる~』
『老子を読んでみるかなー』
「ぜひ読んでみてくれ。ちなみにこの適正に戻す力の源を、感情力学的エネルギーと定義している。
さっき例に挙げた総理大臣に対する断罪はな、その行動を行なう人間達が“犯罪者が総理大臣なんてふざけんじゃねえ! 断罪してやる!”みたいな怒りの感情が何人も抱いたから“例の議員に対して断罪という行動をする”というわけなんだよ。行動の源だから感情力学的エネルギーというわけだ」
オルエンの説明に皆が納得のコメントを流れていく。下手な説明に理解を示してくれたことに嬉しくなりつつ、休憩の水を飲む。
「まあそれで、社守さくらがツブヤイターなどで異様に炎上しているのはこれが主な原因だろう。“社守さくらがアイドルVチューバーであることを許さない”と思っているアンチの感情が炎上という行動を引き起こしているというわけさ。
このエネルギーの厄介なところは人によって行動が違うところだな。これは食べ物からの栄養吸収能力や運動へのエネルギー変換効率などと一緒で、個体差がある。物事から受け取る感情力学的エネルギーの大きさも異なるが、それから行動を生み出すエネルギー効率も人それぞれ異なるというわけだ。
友達に愚痴るだけという行動もあれば、誹謗中傷レベルの内容でSNSで呟くというのもあるし、配信や過去のアーカイブにクソコメを撒き散らして視聴を妨害するということもあるだろうね。とんでもないやばい奴なら、今回の件で社守さくらの殺害を計画したりするやつもいたりするかもしれないな」
『ヒエッ』
『最後にさらっと恐ろしいこと言わないでもらえます???』
『まあでも実害具現化型厄介リスナーはそういうもんだよ』
「まあこれらに対する対処法としては無視が一番かな。彼らは彼らなりの理屈の元に行動しているから説得や説教というものは時間の無駄だろうし、赤の他人にそこまでの時間を注ぐ必要もない。
加えて、“万物は無に帰る”という法則はアンチにも適用される。ただピーピー喚くだけなら私達や周りのものは“面倒なのが騒いでるなあ”と思うだけで何もしない。しかし何かしら実害の出る迷惑行動をするとさすがに寛容な我々も“不愉快だな、潰すか”“ピーピー喚く輩を懲らしめねば無作法というもの”となってアンチを潰そうと行動するだろう」
『無駄にかっこよくて草』
『その通りだと思うけどなんか格式を持ってて草』
「具体的には開示請求や民事訴訟、あと損害賠償請求とかその辺になるかな? まあ数百万でも数千万でもむしり取ってやるさ、やるならそのくらいはな。ただやりたくはないのが本音だ。なにせ一秒たりとも時間を掛けるのが惜しいしょうもない存在だからな」
『アンチくん、人生を棒に振るのはやめとけよ』
『ソーダソーダ!』
『今の世の中タイムパフォーマンスが重要だからな!』
『期待してるやつもいて草』
「ハッハッハ! まあこの行動というのは何もアイドル側だけが行なうわけじゃない。警察やYOURSTUBEのような第三者だって“アンチの行動は過激すぎる”という感情、判断をしたら行動として逮捕やアカウント剥奪、損害賠償請求をするだろうさ。
まあそういうわけだ、アンチの諸君。我々を嫌うのは構わない。だが実害が出るような行動は勘弁してくれよ? 悪口を言うなら君たちだけが見れるようなネットの隅っこで吐き捨ててくれ。そうすれば私達は不快にならず反撃の行動なんてしなくて済むし、きみ達も行為そのもので気持ちよくなれる。なにより安心安全は間違いない。よろしく頼む」
『これもう煽りだろ草』
『意訳:アンチは帰れ』
『直球で草』
「お互いに適切な距離を保つことは社会で暮らすために大切なことさ。嫌い合う同士でもルールを守ってしっかり距離を保てば、同じ社会を暮らしていけるものだからね」
魔女屋オルエンは休憩で水を飲み、しばし熟考して、話す。
「さて、ここまでの話だと炎上はアンチだけのせいと思われがちだがそれはちょっと違う。というのもこういう騒ぎが起きて嬉しい人間や、仕事上利用するしかないという人間はいたりするものさ。
それの最たる例が“Vチューバー速報“ともいわれる各種まとめサイトや、それらの記事をニュースのように扱う動画投稿主だな。彼らが騒動を娯楽の一種、ニュースの一種として広く報道するというお仕事が炎上を広げていく役割を果たしている。
まあそりゃあ、多くの人間が今回の騒動を知るわけだからな。大したことないと思う人間もいれば、新しく生まれたアンチが我々を批判するなどの行動をすることもある。そしてまたニュースとして扱ってお仕事をすると、まあ、ループするような仕組みが出来上がる。もちろん限度はあるがね。ここぞという稼ぎ時には違いないさ」
『質が悪くて草』
『そういうニュース的なサイトは悪意だらけということかい?』
「ふむ……いや、ニュースサイト的なものが必ずしも悪意があるとは限らない。公正公平を心がけて事実を述べているだけの記事や動画投稿に悪意を感じるというのはおかしい話だ。もちろん、炎上の続行を狙って情報を改竄し、報道するという場合は明確に悪意を持っているのは間違いないけどね。
ただSNS全盛期の今の時代だとすぐに真偽は判明するから、それらは大した問題にならない。よくわからない批判などはフルライバーもリスナー達も無視をすればいい。良くも悪くも影響が少ない小さな存在という解釈をすればいいんじゃないかな?」
『ほーん、なるほど。それはそうか』
『よかった。ワイのお気に入りチャンネルがボロカスに言われるかと思ったわ』
『意訳:ニュースは好きにしろ、どうせ悪意のある情報はバレる』
「第三者の行動で気をつけなければならないのはそういうニュースサイトや動画投稿じゃないな。気をつけるべきはこういった騒動を利用する転売屋だとかヤクザといった連中さ。怪しげなものには気をつけるんだよ、みんな?」
『確かにな(; ・`д・´) 気をつけさせてもらうぜ』
『わかってねーだろお前』
『ヒントはグッズだよグッズ』
『転売屋とヤクザがわけわかんねえや……』
『魔女様~実例を出してプリ~ズ~』
「じゃあ私が転売屋か、それによく似た犯罪者という立場でものを言ってみようか?」
『お願いします!』
『魔女が悪党ごっこだと? こいつは黒い匂いがするぜ……っ』
『よくわからない興奮を覚えているやつがちらほらいやがるな』
『はーいみんなー? 落ち着いて傾聴しようね~?』
「そうだな……まずあらかじめ限定グッズを中心に転売で金になるグッズを集めておくかな。サイン入りのものがあればなお良しといったところだ。まあ集められないならネットでなんとかそれらグッズの写真を集めるのがいいが……写真の画像は期待できそうにないか。それで今回の不祥事が起きた場合にそのグッズをネットオークションに出品するんだ。画像に加えて“魔女屋オルエンに失望しました”のような言葉でも添えていれば充分だろう。
“それでグッズを高値で売るんですね!”って? 惜しいなクロル、それよりまず騙し取ることが先だよ。中身はゴミクズか価値の低いグッズを詰め込んで配送するのさ。問題が起きたらオークション用のアカウントは破棄すればいい。私も詳しくはないが、IPアドレスも適当に変えておけば問題ないだろうしな。単純な対策だとたしか、ネットカフェや喫茶店の回線を使えばいいはずだからな」
『あーなるほどー』
『手軽なところのネットオークションは現物を確認するわけじゃないからな』
『もうそういう詐欺あるからな……なるほどそのフルライブバージョンということか』
「まあこれが単独犯ならここで終わりかな? ヤクザ、まあ犯罪者はまとめてヤクザとしておこう面倒くさい。私がヤクザのような犯罪集団に所属しているなら役割をわけて先ほどまで言ったことを組み合わせる。
“1:ニュース動画で騒動を大きくしつつ動画の収益を得る”
“2:転売と詐欺の為に限定グッズを出来るだけ集めておき、状況によって売買と詐欺で利益を得る”
“3:捏造もしくは過去の発言を発掘して別方向から燃料を投下し、騒動を大きくする”
――っていうところかな? 私ならこんな感じで三つのグループにわけてうまく運用していくよ。どうかな? 適当に考えただけでもいい線だと思うが?」
『充分っすわ(; ・`д・´)』
『恐ろしい話だなー』
『こんなヤバい話が巻き込まれる可能性があるだけ、フルライブは一気に大きくなったなー』
「確かに我々は大きくなった。まあそういうわけで、転売屋などによる限定グッズの転売には充分に気をつけてくれ。計画的な詐欺に遭う可能性は否定できない。フルライブがグッズを増産して限定品が買えなかったお客様に送り届けろという話でもあるんだが、そこはコストと利益の問題でな、申し訳ない」
『しゃーない、オル様の投げキッスで許したるわ(; ・`д・´)』
『不敬なやつおって草』
『さりげに燃やそうとするやついて草。ボヤ騒ぎで遊びたいだけかもしれんが』
「ああ、そうだそうだ。フルライバーとは裏で話していたが、他の企業や個人勢で“私のグッズを転売するやつ許さない! ファンなら私のグッズを売るな!”とかいう人がいるだろう? 気持ちはわかるが、あんな感じで自分のファンやリスナーを叱責しても意味がないぞ。例外を除いて、転売しているのはファンやリスナーではないからな。流通や販売システムの欠陥を直さない限り、やつらに悪用されてしまうことを前提にしておいたほうが無難だ。
むしろ叱責より注意喚起をしておいたほうがいい。住居の問題で特定のグッズが入手できないリスナーなどが、先ほど言った詐欺の被害に遭いかねないからな」
『なにぃ!? バレているだとぉ!?』
『きみ、調子に乗ったね……(とあるクイーンのような低い声)』
『あっ……!?』
『許して……許して……』
「フフ……ん? “リスクを無視して騒動を最大限に大きくするとしたら?”――それはそうだな……んーまあ、対象が私だとするか。
非現実的なことはやはり、魔女屋オルエンの殺害とかになるかな? 対象がガチ恋アイドルと評価されていればいい具合に燃え上がると思うぞ? まあそうでなくてもそこそこいい話題になると思う。一瞬で稼げる転売としては最高レベルじゃないかな? ハッハッハ!」
悲鳴を上げるようなコメント群がコメント欄に弾幕を形成していく。それを見たオルエンはジョークへの反応の良さに大きく頬を緩ませた。
「さて、ここまでは主に“万物は無に帰る”の、陽の物事に位置していた場所から無という適正の位置へ帰る場合の話をした。つまり悪い場合の話だな。次は陰の物事から無へ帰る場合はどうなるのか? 当然、これは逆の現象が発生するんだ」
コメント欄に傾聴の文字が並んでいく。
「例を出すと簡単さ。“フルライブを代表する人気者のVチューバー:社守さくら”が“人間ならいて当たり前の恋人が発覚しただけでアンチだけが大騒ぎし、謹慎処分となって活動を中止させられた”という状態になったとしよう。
この時、私も含めた社守さくらの大ファンはどういう感情力学的エネルギーを抱くと思う?」
『魔女様大ファンなのかよ(笑)』
『不仲説の払拭、嫌いじゃないぜ(; ・`д・´)』
『謹慎するな! 配信しやがれぇええええ!!』
『ガチ恋はもう時代遅れなのよ(←精一杯のキメ顔)』
『泣いてスッキリしてから応援します!! スパチャもやめません!』
『礼儀正しいガチ恋勢おって草』
「うんうん、いい感じでさくらに対して好意的で何よりだ。私が復帰のお願いをするより、ここにいるコメント欄のリスナーはもちろん、ツブヤイターなどで待機しているリスナーの行動に任せていれば問題ない。きみ達リスナーの願いは、きっとフルライブ運営の元に届いて、社守さくらは問題なく復帰するさ。“万物は無に帰する”ことは自然の理なのだから」
コメント欄が桜を応援したり復古を願うコメントで埋められていく。それを見たオルエンは嬉しそうに微笑み、口を開いた。
「我々フルライバーは、アイドルVチューバーというエンターテイナーだ。
トーク、歌、雑談、ゲーム実況など様々なことをコンテンツにして君たちに提供していく。それに満足していただけたなら、どんな小さな形でも構わない、ぜひ我々を応援してくれるとありがたい。心に感じるそのままを形にした応援が、我々に対する最大の評価であり報酬だ。
改めてリスナーの皆様、我々フルライバーをいつも応援してくれてありがとう。この魔女屋オルエン、心からお礼を申し上げる。本当にありがとう」
『『『こちらこそ魔女様! いつも配信ありがとう』』』
『『『ワイら充分に楽しんどるやで!』』』
『『『これからもワイらの推し! 応援するわ!!』』』
大量のコメントに包まれながら、オルエンは伏していた顔を上げた。
「――以上で、フルライブの近況については終わりかな。まだ時間があるか。なら少し“道”のことも説明しながら嘘の使い方とそのリスクについても話してみようか。私のしょうもない哲学を聞きたい人―?」
『『『傾聴しまーす』』』
『『魔女の哲学! 本人公認キタコレ!!』』
「ハッハッハ! じゃあもう少し話すとしようか」
この配信の後も、フルライブのアンチによる炎上は続いた。しかしその荒しはそれ以上大きくなることなく少しずつ少しずつ小さくなり、やがて社守さくらとシルヴィア・ブラックフェザーの復帰を望む声が大きくなっていく。
そして数日後には二人の復帰予定日が確定し、いつも通りの日常へ戻っていった。