第9話「推し活動、不貞で下げず」
サクラスターのライブから二日後のこと。
魔女屋オルエン(演者:魔女屋オルエン)とクロル・エ=アップルスミス(演者:坂田真衣)がコラボ配信をしていた。
「萌え萌え萌え~。はーいみんなー。フルライブ1期生のクロルで~す! 今日もオル様とコラボを結びつけてきましたー! イエー!」
「イエー」
「ダウナーだなあ、でもそれがいいんだな~。では先輩」
「うん。どうも、フルライブ0期生の魔女屋オルエンです。今日もよろしく」
「ウッヒョー! たまんねえ!」
『欲望が漏れてますよ』
『さすがガチ恋筆頭だ、面構えどころか心構えも違いすぎる』
『俺たちは今、欲望の大切さを痛感してるぜ』
本日の企画はゲーム:遊び大全集で二人が対決するというものだ。リバーシ、ボクシング、ダーツをやっていき、クロルが五目並べを誘った時である。
「え? 五目並べやらないんですか?」
「実は五目並べの中級者なんだよ、私。クロルは初心者か初級者じゃないのかい?」
「それならなおさら見たいなー。チラっチラっ?」
「ハッハッハ。弱い者いじめになるからダーメ。上手に手加減できる技量もないんだよ。でもそうだな、さくらとか他のメンバーといくつか対戦したら改めて受けて立つよ。ある程度のルールを体得してるなら問題ないさ」
「えー? じゃあ、わかりました。その時にオル様が負けたら罰ゲームでクロルとデートしてください。それならいいですよ?」
「……しょうがないな、それで手を打とう」
「やったぜ」
『黒い笑顔になって草』
『オル様マジで自信あるんやな』
『まあゲームはなんでもそうだけど初心者すぎると本当に勝負が成立しないからな』
『最初は純粋にワイワイやるのは大事だとは思うわ』
そこからいろんな競技をやっていき、最後は完全に運任せのゲームを選んだところでなんなく終了した。勝敗はオルエンの勝ちであった。
「はい終わりましたー。あーん最後に負けたの悔しいぃー」
「純粋な運ゲーだからな、今日はついてたよ。毎日こうであってほしいな」
「そうですよねー。それじゃあ最後の雑談パートでもしますかー。お飲み物は?」
「今日は水だね。昨日、飲み会で飲みすぎたからさ」
「あー確かにみんなでワイワイしましたもんねー。じゃあ私も……ビールはやめとくかなー。麦茶に―……“麦茶嘘乙”“アルコールソムリエの名が泣くぞ”じゃないだろうが。私だってオル様に習って休刊日くらい作ってるわい。ガチ恋舐めんな」
「いやいや、ガチ恋はダメだろうが」
「じゃあガチ推しって言葉に変えますねー☆」
「「ハッハッハ(フフフ)」」
オルエンが軽く笑うとクロルもつられて軽く笑った。そうして何を話そうかと少し考えながら二人は大量のコメントに目をお通していく。
そしてクロルがサクラスターのライブの話をオルエンに振った。
「サクラスターの初ライブですけど、本当によかったですよね。ちなみにクロルは裏方でちょっと雑用をしたくらいで設備のセットはスタッフの皆さんがやっていましたー。さくら先輩とルカ先輩は直前まで練習と調整してましたよ。ちなみにみちる先輩と同期の雷ちゃんとハクちゃんもいましたね」
「みちるも行ったんだ。時間がなくて行けないとか言ってたと思うが」
「なんかみちる先輩と仕事してたスタッフが急いで終わらせます! って気合を入れたから早く終わったとか言ってましたね」
「うちのスタッフ、まさかのリスナー説があるかもしれんな」
「社長がオル様の古参リスナーですからねえ。社風も染まるんでしょうねえ」
『草』
『仲良いことは良きかな良きかな』
『ほんと枕営業みたいなことと無縁だよなーフルライブ』
『今の時代そんな無駄なことする企業から潰れるからね、仕方ないね』
『枕営業マン=カウントタイマーが見えない絶賛起動中の高火力時限爆弾だっけ?』
『草』
「ん? “オルさんはライブに行きましたか?”って? ああ、私も行ったよ。というか最初から最後までいたね。五目並べのコスプレに驚愕と感動を覚えつつ観客に紛れてアイドル万歳してたさ」
「ええっ!? 来てたんですかオル様!?」
「そうだよ? ああ、裏方に行かなかったのは行っても大して役に立たないってのと、ライブに行ったことなくてね、初ライブを体験したかったのさ。
いやーよかったなあ、やっぱり現地独特の良さがある。ベッドに横になってダラダラライブを見るのも至高だが、それはそれ、これはこれだな」
「くあー! くあー!? くあーっ!!」
「な、なんだ? どうした?」
「さりげないデート機会を逃したぁ~……ちくしょ~……!」
「いや、ガチ恋ムーブで笑わせないで、ハッハッハ!」
オルエンが本気で笑うと同時にコメント欄に大量の草が生い茂った。クロルが軽い台パンまでする悔しがり方に皆が笑いをこらえきれなかったのである。
「ふぅ……落ち着きましょうか皆さん……“落ち着くのはお前だ”“みんな普通だよ”……うるせぇっ!! 悔しくないやつはガチ恋勢の恥だぞてめーら!」
「こら、ガチ恋勢を変な風に煽るな。いやガチ恋茶番ムーブというやつだろうけども」
「ええ、私のリスナーは鍛えてるから大丈夫ですよ~」
「……それならまあいいか!」
オルエンがしょうがないなと受け入れるように笑うと、クロルもわざとらしく怒ってるふりから反転して穏やかな顔に切り替える。
「よし、オル様。じゃあここからは真面目な話を真面目に訊いていきますかね」
「うんうん」
「サクラスターのライブはオル様的にはどうでした?」
「そりゃあよかった以外にないよ?」
「そこをもうちょっと詳しくっ。オル様の分析は頼りにしてるんですっ」
「しょうもない分析なのに過剰評価が過ぎるな。まあ、ありがとう」
『しょうもなくない定期』
『オル様って謙虚よな。キャラ付けかと思ったらこれ素なんよ』
『一般人はそんな的確に評価とかできないからね。面白い面白くないは言えるけど』
『それの言語化能力が段違いよ、段違い』
水を飲むオルエン。コメント欄が過剰評価でワッショイワッショイしてるなと、特有の親しまれ方に嬉しく思っている。
ワクワクして待機するクロルのために、水を置いてオルエンが話し出す。
「そうだな……ライブそのものの出来としては五十点かな」
「ひえ……想像より厳しい点数が出ましたね。理由はやっぱり……?」
「ルカが泣いちゃった部分がね、減点対象。泣きながらでもちゃんと歌えてたら九十五点。詰まりながらでも歌えてたら八十点だったね」
「あー……さくら先輩にフォローされてましたもんねー。でもああいうのはハプニングがあってのものじゃないですか。結果的にあれがすごくよかったと思うんですけどそこらへんはどうなんでしょう?」
「うん、それはその通り。だからアイドルのライブ、いやアイドルのイベント……アイドルだな。アイドルをする、ということならあのライブは一〇〇点満点さ。それ以外の点数はないと思う」
頷くオルエンにクロルは驚いた表情になった。
コメント欄はなるほどとクエスチョンマークが半々といった形で埋められる。
「うまく説明できるかわからないが簡単に言うなら、あのライブ社守さくらと彗星ルカのファンに対する最高のエンターテイメントだったということさ」
「……うん、かっこいい。続けてください」
「か、かっこいいか? んん……まあ、私はちょこちょこさくらとルカの配信を見てるんだけどさ、その積み重ねによって生まれたリスナーの理想や期待とかに、あのライブは充分以上に応えることが出来ていたなと思う。
さくらはかわいかったし、ルカはかっこよかったな。ルカが感動で泣き出した瞬間にさくらがさっとフォローするところとか、リスナーからしたら期待通り、というよりは私達が信頼と親しみを抱くさくらを観れたことは、アクシデントであってもよかった。それ以外に何か言う気持ちはないね。
みんな当然に思っているかもしれないが、私達がそう思えたことは、彼女たちがそれまでの活動できちんと、アイドルVチューバーという活動を通して、素晴らしい娯楽を我々に提供してきた積み重ねがあったからこそだ。そういう積み重ねの総決算が見れたいいライブだった」
コメント欄もうんうん、クロルもうんうんと頷いている。
オルエンは少し水を飲んでふう、と息をついて続ける。
「まあだからこそ、あくまでアイドルのライブだ。ライブそのものの出来はどうでもいいいとまでは言わないが、けっこう些末なことさ。まあ……ライブそのものの出来が一〇〇点満点であるともっとアイドルとして輝くから、次はそれが見たいね。それ以外にない。
私は現地ライブというものを初めてみたけど、それがあの二人のライブで本当によかったと心から思ってるよ。
これでどうかな?」
「……はい。充分です、オル様」
クロルはにぱーな笑顔で刻々と頷いた。
「いやー魔女の哲学、魔女の戯言はたまんねーぜおめーら。なに? “そこ代われ”、“羨ましい”、“卑怯な立ち位置”? フッ、悔しいならフルライブのオーディションに合格して私達の後輩になるんだな! ガッハッハ! アーッハッハッハ!」
「なんか極悪人ムーブが始まったな……」
「優越感が半端ないですからねー。リスナーではなく親しい同僚かつ友人、という唯一無二に近い位置からオル様の話を聞けるのはたまらんですよ。ちょっと疑問に思うことを気軽に訊けてしまうのはね、オル様リスナーの羨望の的というのは当然なんですよ。
もっとも、変なことを聞くわけにはいきませんのでね、その責任は果たしますよ。コラボをする際はいつも以上に気合を入れています! これからもです!」
「なんかとんでもない扱いをされてるから笑うしかないなあ、ハッハッハ!」
オルエンとクロルがお互いに上機嫌で笑っていた。
が、しばらくしてクロルが少し緊張した面持ちになって彼女に尋ねる。
「そう言えば気になったんですけど、観客席に入ったということは完全にプライベートということですよね?」
「そうそう」
「オル様は彼女さんと一緒にライブに入ったんですか?」
オルエンはその言葉で完全に静止してしまう。クロルのほうは『彼女』の正体がわかっているため、話題を振るために言ったに過ぎない。そのためオルエンが注意していれば、クロルが少し冷静すぎることに気づいただろう。
「……いや、彼女は仕事だったから一人で行ったね」
「あ、そうなんですかー。最近、時間が取れないと仰ってましたからいい機会になるしてっきり誘っていると思ったんですけどねー」
「まあたしかにデートにはいい機会だったと思うけどね、仕事だから仕方ないさ。でもちょうど彼女も仕事が落ち着くからね、これからは時間もとれるようになるさ。ハッハッハ」
気にしてないという風に笑うオルエンに、クロルは少し心配している様子だ。
「でもまあ、心配するほどのことはなかったなーと思い直してるから大丈夫さ」
「ん? ようやっとお詫びデートの約束でも取り付けました?」
「いやいや。単にちょっと話し込む時間があって愛してるよーって言われて満足してるだけさ。そういう言葉を聞くのは大事だよな」
「……はあっ!? そんなのチョロインじゃん!! おかしいよ!?」
「おかしくねえだろっ!? 何言ってんだ!」
『草』
『チョロインwww』
『愛してるよーで満足する女』
『ほんとことごとくホンマか? の清楚を繰り広げる女やなオルさん』
「それヤリチ〇ムーブかヤリマ〇ムーブ! 典型的な!」
「いやいや、そんな子じゃ――」
「落ち着いてくださいオル様恋愛経験の低すぎて騙されてる場合のダメージがでかくなってる状態ですから落ち着いてくださいオル様」
「おまえが落ち着かんかいっ」
「ああんっ」
『コントになってて草』
『近頃のアイドルは卑猥なワードが多すぎるっぴ!』
『実際に卑猥だった昭和や平成よりマシだっぴ!』
『語尾がおかしなことになるっぴ!』
「オル様、私は信じませんよ。クロルはまだ、彼女さんがオル様を弄んでると疑ってますからね?」
「おいおい……彼女はだな、ちょっとポン――」
「オル様。本当にヤバイ女はなんでもないように見えるやつです。陰でえぐい浮気や〇交をしてるもんですよ?」
「……いや、あの、それはまあ」
「ほら心当たりがありましたね? つまりあなたは恋の病にかかって冷静な判断が出来なくなっているのです!」
「おー……」
「ま、こんな感じで言ってますけど半分冗談です」
「冗談なんかい」
勢いに困惑して最後はガクッとなるオルエン。そんなオルエンを見てもクロルはドヤ顔であった。全身を動かす3Dアバターであったなら立派にその巨乳を揺らしたであろう。
「真面目に言うんですけどね、一回きちんと話し合ったほうがいいですよ。三ヶ月以上もデートなし、営みなし、電話の塩対応はちょっと……普通はドン引きですよ? 遠距離恋愛よりひでえよ?」
「いやでも、本当にお互い忙しかったからさ……」
「不安になったから配信でぽろっと不満を漏らしちゃったんですよね? だから彼女さんと真面目な話で自分たちの関係をどうするのか、どうしたいのかを話し合うべきだと思うんですが、違いますか? オル様もかつての配信で言ったじゃないですか、ズルズルグダグダな関係は時間の無駄だからやらないほうがいいって。私は今、あなたに同じことを言ってます」
オルエンはちょっと深刻な顔で考え込む。しかし古参リスナーであるクロルからすれば、オルエンのそれは大丈夫であることの証左であった。
「じゃあさ、クロル。相談なんだけど……」
「なぁんですかぁ~? へっへっへぇ(ニタァ)」
「ふむ、いいこと言った後に変態になるのは照れ隠しかい?」
「や……そんなことはぁないですよ~……ピューピュー♪」
『ちょっと動揺してる』
『ツンデレ案件か。クッ、釣られそうだぜ……っ』
『かわいい』
「まあいいさ。じゃあちょっと今度、きみの助言通りに彼女と軽く話でもするさ。居酒屋とかバーとかでね」
「おや? お酒飲みながらするんですか? 真面目な話なのに?」
「うーんまそこはほら、私の度胸が足りないからさ。お酒の力を、ね?」
「この魔女……ほぉんとぉおに……本当に、恋愛が、ド下手ぁ!」
「……ごめんなさい」
『謝らせて草』
『謝る問題かこれ? 草』
『恋愛ヘタレ助かる』
「まあやるということが一番大事ですからね。今回は大目に見ましょう」
「いやー助かる~」
「勇気が欲しいというならですね、クロル的にお勧めのカクテルがあります。それは、ウォッカ・マティーニですね!」
「え? マティーニ?」
「そうです。マティーニは基本、ドライ・ジンがベースなんですがそれをウォッカにしたマティーニ、特にウォッカの度数が高いやつならなおよし! 96度のやつとかね!」
「やべえ酒じゃねえか!」
お酒でいうカクテルとは数種類の酒、果汁、ジュース、薬味などを混ぜ合わせた飲料のことだ。
「オル様は強いお酒飲みますし丁度いいですよ。あ、もちろん最初の一杯だけがお勧めです。さすがに度数が強すぎますからね。
選んだ理由はですね、某スパイアクション映画でですね、主人公が飲んでいるカクテルなんですよ。死ぬようなド派手アクションをする主人公が飲んでるカクテルです。その酒から勇気を貰えるから飲んでるに違いない。クロルはそのように独自解釈しました。なのでこのカクテルをお勧めしています」
「おおー」
流暢なクロルの力説にオルエンが拍手を送った。コメント欄もクロルを称賛するコメント拍手がおられている。
「アルコールを高めにするのはシンプルにアルコールを感じて、パワーを借りて勇気を出そうというだけです。アルコールにケツバットしてもらう気持ちになりましょう」
「ケツかーケツかー」
「まあ、合わないなら好きなウォッカにしてください。ちなみに私はウォッカは40度くらいのやつ、ベルモットを甘めの赤ワインに変更して、オリーブか気分でレモンにしたりします。オル様に飲ませたらかっけーだろうなと夢想しながら飲むとサイコーですよ」
「…………」
『妄想してて草』
『オル様が真剣で草。ガン無視ww』
『変態の対処は無視だからね、仕方ない』
『このスルーされたドヤ顔ポーズ、俺なら切り抜いちゃうね☆』
「バッカおまえら、魔女の熟考に導けただけで幸せもんでしょうよ」
しばらくクロルだけがコメント欄を拾って答える形で、オルエン黙考していく。
少ししてオルエンが頷いて口を開いた。
「――クロル、ありがとう」
「あ、まとまりました?」
「ああ。それと、配信を任せてしまってすまない」
「いえいえ。というかそろそろいい時間ですね。では配信は終了しません?」
「そうだね、そうしようか」
「はい! じゃあ皆さん! 今日も視聴してくれてありがとー! お疲れ様でしたー!」
「もしよかったら私達のチャンネル登録などをよろしくお願いしまーす」
「じゃあねー! またねー! バイバーイ!」
『お疲れさまー』
『また次の配信で―』
『グッドナイトー』
そうして今日も配信が終了。
オルエンとクロルは終了後にもちょろっと雑談して通話を閉じる。
今日も時代は移り、Vチューバーは輝きを増していた。
■ ■
サクラスターの大成功したライブから数日後。フルライブの事務所にある会議室の一室。そこで時野梓紗(V=青空みちる)、長船羽月(V=シルヴィア・ブラックフェザー)、坂田真衣(V:クロル・エ=アップルスミス)の三人が仕事終わりに談笑していた。話題はサクラスターの初ライブや仕事のことである。
「そう言えばですね、ちょっと驚きの話題を聞いたんですよ、スタッフの方から」
羽月が梓紗を見据えて質問する。
「驚きの話題?」
「はい。でも間違ってたら失礼なお話でもあるんで、確認も兼ねてみちるさんにご質問したいなあと思いましてー」
「な、なるほどなるほどー……」
梓紗は羽月が何を訪ねたいのかを察して怪訝な顔で顰めた。羽月の方はそれを見てはさらにニッコニコになった。
真衣はあまりピンと来ておらず不思議そうにしている。
「ええ、八合社長とご結婚されたんですよね?」
「え? そうなんですか、みちる先輩?」
「「ご結婚、おめでとうございまーす!」」
「違うよー!? からかうのはやめてよー!?」
羽月が悪戯する調子で言ったことでようやく真衣も気づき、彼女に合わせて梓紗をからかうことへ全力になっていく。
「あら、違うんですかみちる先輩? おめでたいことじゃないですか。ねえクロルさん?」
「そうだねー、めでたいねー、乾杯だねー」
「こういう時は日本酒がいいのかな?」
「待て待て待って! ……あのね、結婚はまだなの」
手で押さえような仕草をしながら恥ずかしそうに梓紗がますます顔を赤らめた。それに羽月と真衣はわざとらしく不思議そうな顔を浮かべていた。しかし一瞬の間をもって納得し、二人は口を合わせて祝福する。
「「ご婚約、おめでとうございまーす!」」
「それも違うよ~!! 単に付き合い始めただけだってば!」
「「ええ~(ため息)」」
「なんだろう? 私っていつの間にかすごく流されやすい性格になった気がするな~?」
そんなこんなで、三人は笑い合った。同期の冗談の言い合いが妙に面白いのはVチューバーという職業上、お話し好きという一面を皆が持っているからかもしれない。
一度頷いて羽月が話を切り出し、それを梓紗が答えていく。
「みちる先輩、念のために訊きますけど、それって配信の話題にするのはNGですよね?」
「あ、うん。そうしてくれると嬉しいな。今のフルライブなら口にしても許されはするけど……ね?」
「聞き分けのない一部のリスナー……ユニコーンと言えばいいのかそれだけじゃないでしょうけど、厄介アンチが無駄に炎上させますからねー」
「大半のリスナーは何にも言わないけどねー。一割か一割以下の人数なんだけどファンの総人数から割合で計算すると、アンチの人数がすごいことになるから大騒ぎになるっていう罠がねー。それで無駄に配信の時間を削りたくないもの。だから私は、言わない方針のほうがいいかなーて思ってる」
うんざりするような口調の羽月に梓紗が同意しながら、冷静に現状の分析を口にしていく。羽月はその内容の一つ一つに頷いていた。
それらを聞いた後、真衣はちょっと考え込んでから梓紗に問う。
「みちる先輩、お聞きしたいんですけど……オル様ってこういうアンチのことも考えて配信してるんですよね? 自然と口にしているっていうわけではなく」
「あー、あれは間違いなくそうだよ。フルライブに加入した直後からだね。本人は“私の性分でやりたいだけさー“とか言ってるけど。
本当の目的はフルライブが活動しやすいように、配信で率先して炎上しそうな話題をしているって感じかな。いや、炎上してないけどね。でも私があんなのやったら気が気じゃないよ。だから時々、すごく心配になるんだよね」
真衣は真剣な顔だ。薄々ながら思っていたことの答え合わせをしているのだから集中して当たり前だろう。
その問いに梓紗は真剣に答えながら、凛への呆れが混じりながらも、かけがえのないありがたさを感じている、何とも難しい表情を浮かべている。
「オルさんはガチ恋否定、恋愛自由、男女コラボ自由、とか過去のアイドル営業としてはありえないことを押し出してきたじゃない?」
「そうですね。マジョリティはそんなものを求めていない、笑いを中心としたトーク、歌、ダンスなどが求められている。性的なものは所詮マイノリティからの要求だから、無視するか、二次創作的なものを許容するだけに留めるべき、という活動をしていました」
真衣の感心と尊敬が混じった返答に、梓紗は共感で嬉しくなる。
「そうそう。まるで未来の需要が分かっているかのようにね。実際、かなり当たっているなあと思うもん。おかげでさ、こんな配信で大丈夫だろうかっていうような不安がさ、凄い少ないなって実感してるの。配信の企画で困って相談したらさ、問題点を正確に指摘してくれるんだよ? 特にリスナーからの需要とか客層のこととかね。
もしオルさんがいなかったら、かなり長い間、いわゆる作り物すぎる萌え萌えキュン、な路線で頑張ってユニコーンとかの厄介リスナーに間違えた対応をしちゃったと思うもの」
「あーなんとなくわかります。自分も好きで自然にできる萌え路線はいいんですけど、そうじゃない萌えはきついですからねー」
「そうそうそう! 感覚だから難しいんだけどそうなんだよー! クロちゃんわかってるー!」
真衣の肯定に梓紗が笑顔になって興奮していた。
そして今度は羽月が話を切り出す。
「怖いんですよね、当たり前を……アイドルの常識を破るときって。私もどすこい事件の時は脇汗がヤバかったです」
「ブフっ……!?」
「笑わないでくださいよーみちる先輩。いやあ、ちょっと調査不足だったなとは我ながら思いますよ」
「ごめんごめん。でもそうだよね、怖いよね。
オルさんのね、頭の良さならそういう未来を把握できたかもしれないけど、それはあくまで推測にすぎないの。本当かどうかは配信という形で試してみるまでわからない。それであの配信をして人気を取って、私達の盾みたいな役割もしてるんだよねえ。あの人はやっぱりすごいよ。
なーにが凡人だ、きみはエセ凡人だっ! 紛うことなく立派な魔女様だい!」
「「わかりますー(しみじみ)」」
梓紗が決め台詞のように断言したところで二人が頷いて同意した。そうして流れで羽月が気になったことを訪ねる。
「そう言えば、フルライバーで恋人持ちってみちるさんとオルエン先輩だけですかね? 既婚者は私だけでしょう?」
「そうだねー。私はそれ以外にカップルを知らないな―」
羽月の質問に梓紗は迷うことなく答えていた。とあることを知っている真衣はその話題をどう誤魔化すかと考えながら時計と、こちらを見つけて会話に加わろうとしてくる綿雨ハクイと青風亭カレンの二人が目に入って、さりげなく逃げ出そうと決断する。
「すいません、みちる先輩、シルヴィー。私はそろそろ帰りますね。今日の夜に準備を進めたい仕事もありますから」
「あ、そうなんだ。お疲れさまー」
「お疲れー。またねー」
「うん、またねー。あ、ハクちゃんとカレンもお疲れー。また今度ねー」
「「お疲れさまー」」
そうしてクロルは会議室を出てまっすぐに事務所を出ようと移動していく。
そして出入り口のとこで、社守さくらが評判の悪いスタッフに絡まれているところが目に入ってしまった。
■ ■
雪藤美子が打ち合わせなどの仕事が終わって帰宅しようとする直前のこと。事務所の出入り口で中肉中背の音楽関係の男性スタッフに話しかけられていた。表情は笑顔ではあるが雰囲気はよくない。
美子は強引にでも一礼して去ろうとするも、逃がすまいと男性に腕を掴まれてしまう。
「なあ、一度くらいいいじゃんかよ? メシ食って酒飲むだけじゃん」
「あの、誤解されるから嫌だと言いましたよね?」
「まあそう言わずに。男はいないって言ったじゃん?」
「男はそりゃあいませんけ――」
「じゃあ行こうよっ。な?」
ちょっと力を強くしてしまう男性スタッフ。そのせいで美子の顔が強張った。嫌がろうとするも構わず、男性はスマホを出して個人の連絡先を取ろうとしてくる。
「いや、ですから、恋人がいるから出来ないですって」
「美子さんはポンだなあ、男がいないっていったじゃん」
「そうじゃなくてですね、ちょっと、離してくださいっ」
そのグダグダのナンパ現場に、先ほど梓紗と羽月に別れを告げて、これから帰宅しようとしていた坂田真衣が通りがかる。
雰囲気の悪さと、以前から他のスタッフに聞いていた問題行為そのものを見て、真衣の感情は怒りに満ちている。少し周りを見ると人がそれなりにいる。それなら強行しても証言で何とかなるだろうと行動に移した。
「いててててっ!?」
真衣が男の髪と耳を引っ張って美子から引き離す。
「なにし――」
「誰にも彼にも強引にナンパして迷惑かけやがってっ! ここは女漁りの場所じゃねえぞ租チ〇野郎ッ! 仕事しねーなら風俗に行ってこいッ!!」
真衣が耳を壊すつもりの大声んだ。職業柄、その声量はかなり大きなものになり、男に耳鳴りのような痛みを与えるほどである。同じ職業の美子さえもびっくりして耳を塞いでしまった。
怯んでいる乱暴者の男に、真衣はさらに続ける。
「嫌がってる女にしつこくせまりやがって! さくら先輩以外にもやっててみんなが迷惑してるんだからな!! 自覚する知恵もねーのか! いくら歌や曲を調整できようが空気も読まねえナンパ野郎の迷惑カスヤローなんかウチにいらねーんだわ! 行動を改めてもっと音楽の仕事に時間を掛けろや! できねーならフルライブから出ていけっ! 納得いかねーなら私が社長に直に言うぞ!」
「いやうる――」
「わかったかっ!! わかったならどっか行けッ!!」
男はあまりの剣幕と怪訝な周囲の目に気付き、耳を塞ぎながらいそいそと立ち去っていった。
真衣がちらっと周囲を見る。乱暴者の男性の上司であるスタッフを発見する。視線が合うとその上司に『任せろ』というジェスチャーを返され、真衣はよろしくと言わんばかりに一礼した。すると上司は溜息付きながら問題を起こした男のほうへ歩いて行った。
真衣はそれを見届けてからポカーンとしてる美子へ近寄る。
そしてニコニコと笑顔を作った。
「いやー大変でしたね、さくら先輩」
「……衝撃の守られ方でポカーンしかできてないです。でも、ありがとう」
「どういたしまして」
一礼する美子に真衣はますますニコニコだ。
「先輩も帰宅ですか?」
「うん、そうだよぉ。お仕事は終わったの」
「じゃあ駅まで一緒に行きましょうよ。あ、よければラーメンでも食べませんか? 駅の近くにあるでかい屋台みたいなお店のとこで」
「いいよぉ。行こう行こうっ」
そうして和やかに二人は雑談しながら事務所を出た。内容は活動のことや時野梓紗が八合と恋人関係になったことである。梓紗のことはすでに他の人の経由で知っていたらしく、美子は素直に祝福していた。
そうして二人は駅近くのラーメン店に入って、テーブル席でラーメンをずるずるし始める。
「そう言えば、さっきのナンパのことで思い出したんですけど~」
「な~にぃ?」
「アールさんとはちゃんとうまくいってますか? 」
「そりゃあ、うまくいってるよぉ」
美子は何も気にせず自信を持って返答する。
真衣はその反応に懐疑的な目を向ける。
「でも最近は時間が取れなかったんでしょう? アールさんもつい言ってましたよ、時間が取れなくてちょっと不安だって。まあ、あの人ですからそんなに不満たらたらのようには言ってませんでしたけどね」
「あー……アールちゃんはねえ。すっごい気を遣う子だから……ん? クロルさん、あなた――」
「ルカ先輩とコンビとは言え、あの優しい魔女様のことを疎かにするのはちょっと違うんじゃないかなーと、私は思うんですよねえ」
「…………」
美子はついその言葉で放心してしまった。
真衣は冷静にラーメンをウマウマしつつ、お茶で喉を潤していく。
「いや、あの、その……」
「私以外にはバレてないのでご心配なく。というかなぜ隠してるんです?」
「か、簡単に言えば成り行きかな……」
「あー……けっこう配信で言ってること事実に近かったりするんですか?」
「凛ちゃんの証言は多少私も異議がある。私は手籠めにされたんじゃない、私が誘惑して丸め込んだんだっ」
「張っ倒していいかなこの女?」
ドヤ顔する美子に真衣はシンプルにイラっとした。
真衣は気を取り直して咳払いをする。
「まあ、それはいいんですよ。そもそもプライベートのことなんで介入するのどうなんだろう、とは思ってるんです。たださすがに聞き捨てならないことがあって確かめたいので」
「聞き捨てならないこと?」
「ええ。先輩の返答次第ではオル様は私が貰います。
そのくらいふざけている内容だったので」
ガン睨みする真衣に美子は怯んだ。
何も悪いことした自覚はないので戸惑ってもいる。
「お聞きしてもよろしいですか?」
「お、おうっ」
「あなた、ルカ先輩と浮気していますね?」
「へあ?」
「ライブ準備中にオル様とほとんど会わない、夜の営みをしない、というのはそれ以外に考えられないじゃないですか」
「いやいやいや! それはたしかに! たしかにルーちゃんとは遊ぶこと多かったよ!? でもそれは休日が同じになりやすいからそうなっただけで他意はないよ!? 一緒にご飯は何度も食べたけどプライベートのお泊りはしてないよ! 冤罪冤罪冤罪!!」
「じゃあなんでオル様との時間を作らなかったんです?」
「いや作ってるし! 愛してるから当然だ……?」
そこで唐突に雪藤美子は考え込んだ。しかし途中でおかしな事実に気づき、ここ数ヶ月の事実を認識して顔が青染めていった。
そう。彼女は橋渡凛を信頼しすぎて、彼女との時間を作っていないことに気付いたのである。仕事の忙しさにかまけ、マジで向こうの要望を断った記憶しか湧いてこないという恐怖の出来事が頭の中で発生していた。思い出しても思い出しても電話でのやりとりしか浮かんでこない。
我ながらなんという糞女か。そんなナレーションをしてしまうようなレベルであった。
それを見た真衣が『あ、これほんとにポンコツなだけだ』と悟ってしまう程度には、美子はわかりやすい雰囲気を醸し出している。
「や、やべえ……!? え? そんなことある……?」
「こっちのセリフなんだよなあ……」
「真衣ちゃんどうしよう!? このままだと私、凛ちゃんに捨てられちゃうよ!?」
「いやーもうそれでいいんじゃないっすかねー? あ、別れたらオル様は私が貰うんで安心してくださいなー」
「うぁあああああああ!? とんでもねえやらかしをしてるぅうううううううう!?」
頭を抱える美子。そしてタイミングよく彼女のスマホが電話で鳴った。電話相手は橋渡凛である。
美子は電話相手を真衣に見せてから、スマホと真衣への視線を何度も行き来させてしまう。真衣はその慌てぶりをニタニタしていた。
喉を鳴らすように唾を飲んで美子は電話に出た。同時に迷惑にならないように外で通話するために店の外へと向かう。真衣は伝票を持って会計を済ませに行く。
「凛ちゃん、もしもし――うん――いやあの――ご、ごめん――うんうん!――金曜日だね! もちろんもちろん!――」
真衣が会計を済ませて外に出ると、美子はまだ電話をしていた。会話を聞かないように遠目であったが、会話自体は荒れていないようだ。もっとも美子本人は表情は目まぐるしく変化し、体はやたらゆさゆさ動いているので全力で慌てているのは明らかであった。
ようやく電話が終わると、美子はどんよりとして真衣に報告した。
「やばいよぉー……捨てられちゃうよぉー……」
「アッハッハッハッハッハー!」
「笑い事じゃないよぉ……」
「ちょっとしたすれ違いなだけだったみたいですね。私的には少し残念ではありますが、推しの幸せが続いているという意味では喜ばしいことです」
「ぬあああああああ!? どんだけアホなんだぁあああああ私ぃいいいッ!!」
発狂する美子を、真衣は笑いながらどうどう、と馬を鎮めようとするように彼女を落ち着かせようとする。
「お互いに気を使うというのはいいことだと思うんですけど、オル様は気を使いまくる人ですからね。もうちょっとワガママを言いやすいようにさくら先輩が気を使わないと駄目ですよ?」
「そんなの私が一番わかってんだよなぁー……凛ちゃん、ほんと強い人だからすっごいわかりにくいけど甘やかして休ませないと心配になる人なのもわかってんだよぉー……」
「出来てなかったですけどね(笑)」
「言葉で刺すなあ!」
一瞬お互いに沈黙してから、笑いが漏れた。
「あ、あのさぁ?」
「はい」
「凛ちゃんを奪おうとか思わなかったの?」
「あー奪いたくなる欲求はありましたよ? あんないい女そうそうおらん、というやつですからね。でも理性で無理矢理にやめました」
「そんなロイヤルストレートフラッシュみたいな奇跡よく起こせたね? すげえよ」
「どんな例えやねん。いや、言いたいことはわかりますけどね」
疑問気な表情の美子に、真衣は言葉を足す。
「まあ、浮気や不倫をするというのは自分の価値を下げるじゃないですか。それはつまり相手の価値も下げることです。そう思うとね、やるのが馬鹿馬鹿しくなりません?」
「それ魔女の哲学じゃない?」
「あーそうです。これ切り抜きないのに……って当然か。同期ですもんね」
「えっへん。恋人ですからねっ」
「堂々としすぎて毒気が無いのが逆に腹立つな」
胸を張って宣言する美子に、真衣は安心感のある笑顔を向けた。
「ま、用事は終わりですね。いやーよかったよかった。なんとかドロドロにはなりそうにないのが救いですなー」
「いやいやいや、さくらはこっから地獄だよ? 冷静になったけどそれでも捨てられる不安がぬぐい切れねえんだわ」
「まあそこは正面から頑張って。でも状況を理解したから大丈夫でしょ?」
頷く美子に、頷き返す真衣。
「今日はありがとう、真衣ちゃん」
「どういたしまして、雪藤先輩。では今後も一緒に頑張りましょーねー。バイバーイ」
真衣が手を振りながら駅の方へ去って行っていく。
美子も気合を入れたあと、自分の乗る電車のホームへ向かっていった。