8.シクラメン(6)
「なぜ私が?」
アーネは問うた。問うても無駄だと知っていたけれど。すると国王は笑って答えた。
「『なぜ私が』と言ったって、君自身でも分かっているだろう?そのことを私も知っているだけなんだ」
「……」
アーネは困惑して、言葉も出なかった。優しいと思っていた国王の顔が変に歪んで見えた。
「君の家から要求されていることは飲み込むこととしよう。君に協力するよ」
「……」
「どうした?あまり喜ばしくないか?」
「いえ、そんなことはございません。本当……ありがとうございます……」
「それは良かった」
アーネが部屋を出る時も、国王は満足したような顔をしていたのだ。それを彼女は複雑な顔をして見た。
(私は、もうそんなことしたくない……。ただ静かに絵を描いて生きていたいだけ……)
――――
ディアンはアトリエの中で自分の未来について考えていた。
このままサインしなければどうなるだろうか。ディアンの答えは幾つにも分かれた。
フィルラウスと父親の言っていたように、純粋な芸術の世界に戻ることができる。立場の大きな人に邪魔されずに、思うままだ。
ただ、誰にも評価されなくなるのではないかという不安もあった。ディアンが評価されているのは国王とラッセルくらいしか思い当たらない。それで芸術家としてやっていけるのか?
一人になってしまっては、芸術家として、画家として意味がないのだ。ディアンはそれが怖かった。花ばかり描くから、民衆で受けない。買ってもらえない。生計を立てられない。それじゃあ終わってしまう。
抱え込んでいるところに、ドアがノックされた。
「おい、ディアンいるか?」
ディアンはデビンを部屋に入れた。
「珍しいですね。こっちに来るなんて」
「緊急の用事だったからな」
「何かあったんですか?」
ディアンはテーブルの上を片付けながら、皇太子に聞いた。
「ディアン、お前は早く決断した方がいい」
「契約更改を?どうして?」
「アーネが芸術学校の重役で登用されるそうだ。まだ彼女はサインしていない。だからまだ、今なら間に合う」
デビンは早口だった。相当焦っていた。
「でも、まだ何も考えていなくて……残るか出るかも」
「そうか……」
「僕、これから城を出てやっていけるかどうかすら分からなくて困ってて」
デビンはなかなか返事をしなかった。少しの静寂をおいて、答えた。
「まあどちらを選んでくれても構わない。どちらかを選んだからダサいとかいうこともない。間違いは存在しないんだ。絵と同じでね」
そうだとデビンが言って、話を加えた。
「そういえば、国王の部屋からお前の描いた花の絵が消えていた。たぶんだが、今回の外遊で父上はお前の絵を渡してまわっているんだろう」
「本当ですか!?」
ディアンは立ち上がって執務室に走った。
シクラメン編終了です




