1.紫陽花(6)
♢♢♢♢
「焦るな、ディアン君。絵が崩れてしまうだろ」
フィルラウスの口癖は「焦るな」であった。どんなに美しい作品でも、焦りが入ってしまうとそれが絵に浮かんでしまうのだ。
「分かっています。それでも、提出期限が迫っていましたので」
「いくら迫っていたとしても、筆は丁寧に運びなさい」
「はい、気をつけます」
フィルラウスは提出された絵に、生き生きとした要素を強く求めた。だから、期限通りに提出された絵であっても、生徒に突き返すこともあった。人物画を描けないディアンはしばしば、作品を突き返されていた。
「見てみろ、このラッセル君の丁寧で躍動感ある作品を」
ラッセルはフィルラウスのお気に入りだ。仲が良かったラッセルとディアンをよく比較して、ディアンにも成長を求めた。
「なんで俺たちが仲良いからって、どうして比較に使うんだろうな」
ラッセルは自分が親友の作品と比べられているのをよく思わなかった。彼自身、作品は比べるものでは無いと思っていた。それぞれの良いところがあるのを発掘して楽しむものだと考えていた。
「しょうがないよラッセル。君はフィルラウスのお気に入りで、僕はフィルラウスに嫌われてるんだから」
「君は楽観的すぎるよ、卒業できなくても知らないからな」
「できるよ、卒業はね」
♢♢♢♢
さて、紫陽花がなくなってしまう前に描いてしまいたいディアンは筆を進めた。
(焦らず、これは王が毎日ご覧になる作品なんだ)
ディアンが求める紫陽花になるまで、何度も何度も色を重ねた。彼の筆使いは、速さがあったが、迷いも焦りも無かった。ただ静かに筆を進め、立体感を追求した。
(もうすぐ完成させられる。期待に応えられる)
そうして5日後。ディアンの紫陽花の作品が完成した。ディアンは作品を持って、王のいる執務室に走った。
「失礼致します。ディアンでございます」
「入ってくれ」
ディアンは誇らしげな顔で、部屋に入った。
「今回も楽しみにしていたぞ」
「陛下の期待に応えられるように、精一杯描かせていただきました」
ディアンは王に作品を手渡した。そこには3つの紫陽花が並んで咲いている様子が描かれている。
「未だ完全には乾いていませんが、これで完成です」
「素晴らしい!紫陽花の立体感が良く表現されているではないか。周りの葉の緑色によって、花の色が映えているのも、すごく完成度が高い」
ディアンはここまで褒められるとさすがに恥ずかしくなったので、部屋を離れようとした。すると、王が彼を呼び止めた。王の声のトーンは少し低くなっていた。
「ディアン、少し話があるんだけれど。今でも構わないか?」
「ええ」
「君には、この城に仕えてもらって初めての大仕事を与えようと思っているんだ。」
王は淡々とした口調で、ディアンに話し始めた……
紫陽花編 終わり