8.シクラメン(4)
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国王に言われたままに作品を描き上げた。呼ばれた芸術家の中で一番最初に仕上げた人物だった。国王はフィルラウスが描いた絵を一目見て、こう言うのだ。
「最高だ。さすがパウロを代表する画家だな」
フィルラウスはそう言われてニヤケが止まらなかっただろう。そしてその出来事が彼のやる気を触発して、今までにないペースで作品を描き続けた。
ただ、国王に送った作品が、国民に観賞の目線を向けられることはなかった。観て、心を震わせることはなかった。
芸術家の養成や、市民への人物画に興味を抱かせることだけを目的に利用された。
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「描いたのに、誰にも見られてない。誰の心にも届いてない。ただ頭に叩き込む作品になってるなんて、許せなかった。だから、しばらくスランプになって何にも描けなかった」
ディアンはシクラメンを描く手を止めて、耳を傾けていた。
「そんな時期が、先生にもあったんですね」
「ああ、意外だろう?」
フィルラウスはシクラメンの輪郭を捉えるように、手を茎に滑らせた。
「絵が何のために存在するのか。正直それは誰にも分からない。人によってまちまちだ」
「はい。よく分かります」
「けれども、俺は絵は人を救うために存在しているわけではないと思うんだ」
ディアンは面食らった。ここまで絵を愛してきた先生がそんなこと言うとは思ってもいなかった。それでもフィルラウスは笑いながら続けた。
「驚くだろう?しかし俺の主張はそうだ。俺の絵一枚、お前の絵一枚で、何人の人を救うのか。それを考えるのは少なくとも間違いだ」
「ほう……」
「絵は、復活のプロセスの一部に過ぎない。その人は、お前の絵を見て、心が救われる。いや『救われたような気になる』。それは完全な救いとは言えないな」
フィルラウスは教わっていた頃のようにきつくは言ってこなかったが、それでも、確かにディアンの心に届くように語りかけた。
「絵だけじゃ、足りない……」
「そうだ」
「それなら、絵なんて無意味じゃないですか!僕らがのうのうと絵を描いてる間に、あの人はどれほど大変な思いをしているのか……」
ディアンは受け止めたくなかった。たくさん描いて、アーネに届けて、それでも彼女にとっては違うのだろうか。
フィルラウスは手元の絵から目線を離した。
「そう思うなら、絵なんて描くな」
「えっ」
「絵は無力だ。芸術は無力だ。誰かの病気を癒すわけじゃない。誰かの人生を変えるわけじゃない。ただそこにあるんだ」
ディアンはシクラメンの絵を見た。もうほとんど出来上がっていた。
「誰かに見られるのを待って、誰かが感銘を受けるのを待ってる。救うのは芸術家の仕事じゃない」




