8.シクラメン(2)
正門の前で少しだけ躊躇ってしまった。会うこと自体に緊張したのか、またはそれ以外か、ディアン自身には分からなかったが、足踏みをしていた。
すると、正門の向こうに人影が見えた。その影は静かにこちらに向かってくる。
「ディアン君か?」
「えっ」
「ディアン君じゃないか。久しぶりだねぇ」
管理人のジョージだった。彼はディアンのことをよく知っていて、仲が良かった。目が合うとたくさん質問を投げて来た。
「どうして来たんだい?忙しいんじゃないのか?」
「あっ……フィルラウス先生に会いに来て……」
「ほう、そうなのか。すぐ呼んでくるから、そこのベンチで待っていればいい」
ジョージは走って準備室の方に向かって行った。その後ろ姿は、以前通っていた頃と少しも変わっていなかった。ディアンは微笑んでしまった。
花壇にはシクラメンが植っていた。シクラメンなんて見るのはいつぶりだろうかと、ディアンは思わず見入っていた。
特に純白のシクラメンは一際目を引いた。赤やピンクのものも綺麗だが、圧倒的な白さにディアンは驚かされた。
「そんなにシクラメンが好きか?」
後ろから声を聞いた。知っている声だ。思わず声が出た。
「フィルラウス先生!お久しぶりです」
「ああディアン、よく来た」
すぐに彼らは握手を交わした。学生時代の教室に案内してやると、フィルラウスが言うので、2人は並んで廊下を歩いた。
「どうだ。宮廷画家としての生活は?」
「本当に難しい限りですね。毎日挑戦ばかりですよ」
ディアンがそう言うと、フィルラウスは笑った。
「そうかいそうかい。それは楽しいじゃないか」
しばらく歩くと、フィルラウスのアトリエ兼教室にたどり着いた。ディアンがいた頃と何一つ変わっていない光景だ。無造作に置かれた画材に、あたり一面に飾られたフィルラウスの描き下ろしの作品。ディアンはそれをざっと見回した。
「先生、何にも変わってないんですね」
「むしろ変えようが無かったな」
フィルラウスはアトリエの椅子に腰掛けた。手元にはコーヒーミルがあって、今にもそれを回そうとしている。
「ディアンも飲むか?」
「あっ、いえ、お構いなく」
「じゃあ淹れてやる」
ものの数分でディアンの手元にカップ一杯のコーヒーが渡って来た。一口飲むと、フィルラウスの淹れるコーヒーがいつでも苦いことを思い出した。
「それで、何かあるんだろう?わざわざこんなところに来るってことは」
「まあ……はい」
ディアンがそう言うと笑って答えた。
「まあ俺が君のことを嫌っていたことはない。一切。だから恩師だと思って好きに話してくれればいい」
フィルラウスはそう言ってウェルカムな態度をとった。しかし、ディアンの口はなかなか開かなかった。それを見た先生は誘った。
「シクラメンを描きに行こうか」




