7.彼岸花(4)
「見つけたかい?ちょうどいいお花」
ディアンが出かける前に、フラウに尋ねられた。
「はい、見つかりました」
「何を描くんだい?」
「彼岸花を……」
ディアンがそう言った後、フラウは少し首を傾げて難しそうな顔で言った。
「彼岸花って、東洋のお花だよね」
「えっ、そうなんですか」
「知らずに描いてたんだ。なんか『悲しい思い出』とか『諦め』とかを象徴してるらしいよ」
「ほう、凄い物知りですね」
「まあ、調べちゃうからね」
ディアンはフラウと別れると、川に向かって歩き始めた。でも不思議だ。東洋の花がどうしてあんなところに生えているのか。かなり自然な佇まいをしていて、前からずっとそこにあったように見えた。
しかしディアンはもうそれを描かずにはいられなかった。
城の中では相変わらず使用人が忙しそうに走り回っていた。アーネもその中の1人だった。使用人の部屋で事務作業をしていた。すると1人、誰かがノックしてきた。
「どうぞ、お入りください」
アーネはドアの向こうの人に向かって告げた。すると扉が開いて知っている人が入ってきた。
王の執事である、ケレル・ファフスだった。
「ケレルさん。お久しぶりです」
「どうも、どうもアーネさん」
アーネは椅子をもう一つ持ってきて、そこにケレルを座らせた。そして熱いお茶を淹れて、空間を整えた。アーネは全て済んでから聞いた。
「ケレルさん、今日はどういったご用件で?」
「いや、まあ大した用事では無いんですが……」
そう言うと彼はカバンからゴソゴソと紙の束を取り出した。
「ちょっと外交文書の翻訳をお願いしたくて……」
「私がですか!」
「今、専門の人が休暇中で代わりがおらぬのです。だから教養の高いアーネさんにお任せしようと、国王陛下がお決めになられまして」
「私には、荷が重いですね……」
アーネは逃げる言い訳を考えていた。やりたくない。この激務の中で外交文書を翻訳して紙に起こすなら、スケッチをしていたい。
「他にも、言語学に精通している方はいらっしゃるのではないですか?例えばフラウさんとかはすごく賢い方ですよ」
「実は残念ながら、フラウさんももうすぐ休暇に入るので」
アーネは結局なす術なく引き受けることになってしまった。ケレルが去った後、ずっと考えていた。
(絵が描きたい……)
どうやって時間を生み出すのか。この城という牢獄の中に押し込められているような今の状況では、自由時間すらもまともに無い。
(せっかく、ディアン様が『先に進もう』って手を伸ばしてくれたのに……私は何も出来てない)
アーネはそれを仕方ないことだと思いたくなかった。でも、もはや打開不能だ。仕事に打ち込むしか道が残されていないのは明らかだった。
ドアを開け、涼しくなった廊下を歩いて、また仕事を始めた。




