6.向日葵(10)
民衆の丘を走って登る。自分が描いた向日葵の絵がディアンのことを出迎える。ここまで躊躇わずに走っているのは少年の日以来だ。
城に正面玄関から入って奥に入っていく。使用人の部屋は城の端っこだ。玄関から左に曲がってその次を右、また二つ奥を右に入る。
茶色のドアを引っ張るように開いて叫んだ。
「アーネさん!」
中にいた使用人は一斉にディアンの方を見つめた。少し恥ずかしくなったディアンは言い直した。
「あっ……アーネさんいます?」
皆んな吹き出して笑った。顔を赤らめたディアンを見て朗らかな空気になった。一番前に座っていた使用人が質問に答えた。
「アーネさんは今はいませんけど、そろそろ戻ってきますよ」
「そうですか、ではもう少し後で来ます」
ディアンは静かにドアを閉めて振り返った。すると人が真後ろに立っていた。
「わっ、あっ」
「私のこと探してましたよね」
「そうです……」
アーネは広い廊下に出てディアンを誘うように言った。
「ちょっと歩きましょうよ」
2人は並んでまた民衆の丘を降りた。まだ出店の明かりはついていて、深夜とは思えないような活気である。
「私、ディアン様が来るって分かってたからアトリエで待ってたんですよ」
「分かってた……?」
「はい」
2人は曲がり角に入った。そこでアーネは屋台でマフィンを買って頬張った。ディアンをベンチに連れてきて、隣に座れと手で催促した。
「私も、話さないといけないことがあるってのは分かってます」
ディアンはそっとアーネの隣に腰掛けた。すると、ほんの少しの間を置いて彼女は話し始めた。
「あなたが心配してくれてるのは、見たら分かります。私が話している時の、ディアン様の目は驚いていると言うより、絶望している目に近かった。だから、伝えないとって思ってアトリエにいました」
「そうですか」
アーネはマフィンをまた一口頬張った。
「私は何して生きてるんだろうって、好きでもない事に精を出して、誰かの言いなりのまんまで。何年経ってもずうっと変わんないなって思ってます」
ディアンは何も言わない。彼は何も言えない。アーネの話す横顔が誠実すぎて、おくる言葉を考えている。アーネはマフィンを口にするごとに言葉を紡ぐ。
「でも、それに気づけてよかった。私がまだ何にも成し遂げてない段階で、私がクズだってことに気づいてよかった」
そうして手元のマフィンは無くなった。アーネは目に涙を浮かべてディアンの方を向いた。ディアンはびくともせずに見つめ返す。
「誰にも助けてもらえそうになくて……私が『ウィリアムス家』の一員なんだから、責務を片付けるので精一杯で……」
「助けて、欲しいんですよね」
アーネは目を丸くした。自分が口にする前に、ディアンはアーネが言いたかったことを言った。
「分かってました。ずっと。気づいていない振りばかりしてきた僕が悪かったんです」
ディアンは不器用ながらも言葉を繋ぐ。
「アーネさんが僕のもとで絵を見てる時のほうが、確かに元気だった。それから僕の前を離れがちになって、あなたの顔から血の気が引いた。いつものアーネさんでは確実になかった」
ディアンは立ち上がった。そしてアーネの目を見つめた。
「だから、助けさせてください。あなたがどうしてこんなやりきれない状況なのか、これからどんな人生を生きたいのか、もっと教えてください。僕にあるのは花の絵しかありませんが……」
最後の言葉を口にするのに時間がかかった。その分の勇気は必要だった。
「絶対、アーネさんを助けるって、ここで誓います」
アーネの目から溜まっていた涙が溢れた。嗚咽が止まらなくて、地面を見ていた。
ディアンは背中をさすって支える。2人は祭りが終わるまでそのベンチに座っていた。
これで向日葵編終了です




