6.向日葵(7)
「進捗はぼちぼちですが……」
「なら構わん」
紙には前回の原稿と、自分の原稿が並んでいた。国王が部屋を出ると、アーネは深く安堵のため息をついた。
まだ原稿を一文しか書いていないのに、『ぼちぼち進んでおります』なんてよく言えたと、自分でも思っている。
アーネには荷が重いというよりも、やりたくないという思いの方が強かった。
♢♢♢♢
「アーネ、お前はウィリアムス家の威信を取り戻すために戦うのだ。分かってるな?」
「はい、分かっております」
ディアンが城に来る三ヶ月ほど前、アーネは使用人として国に雇われた。父親に命じられ、苗字を伏せて城にやってきた。最初は何でもないような廊下の掃除だったが、すぐに画家の使用人としてつけられた。
彼女自身、城の中で何をしなければいけないのかは分かっていた。一つでも上に昇進する。単純明快なことだ。
そんな時に、ディアンと会った。ある日、馬車に乗ったときに彼が聞いてきた。
「アーネさんって趣味とかあるんですか?」
「これといって無いですね……」
「そうですか……絵とか描かないんですか?」
「うーん」
任務のため、ミッションのため、趣味嗜好を楽しんでいる暇など彼女の人生には一寸も無かった。
それが「普通」だと思っていた。
しかしそうでは無かった。人は忙しない日々の中でも自分自身のために使う時間を割くことを意識していた。
ディアンは日々趣味を仕事にまでして絵を描いている。庭師のフラウは庭の木を剪定しながら数学や政治を勉強している。マルクも音楽の練習が終わったらチェスをしていた。そうやって生きる周りの人を見て、アーネも確実に刺激された。
(私も、私らしく生きてみたい……)
♢♢♢♢
(私なんかがこの仕事をして、何の意味があるんだろうか)
もっと絵を描きたい。もっと芸術に触れたい。彼女の心からの願望が任務を邪魔していた。
集中できなくなったアーネは外に出て散歩をしようとした。ディアンも描けなくなったら外に出てぶらついていた。
外は月が高く上るほど暗い。民衆の丘の下の方からストローサー親子が並んで歩いてくる。その足取りはピッタリと合っていて、親子の絆を感じさせた。ディアンは暗い道でもすぐに彼女の存在に気づいた。
「あっ、アーネさん!」
「こんばんは。お帰りですか?」
「そうです。アーネさんは?」
「ちょっと散歩に……」
アーネはすぐに立ち去ろうとした。さっと会釈をして。しかしディアンも引き留めた。
「アーネさん、顔色があんまり良くないようですけど、大丈夫ですか?」
「だっ……大丈夫ですよ」
「最近ものすごく忙しそうにされてるから、大丈夫かなと思って……」
「ディアン様こそ制作で忙しいでしょう?私があなたの忙しさに勝るはずがありませんよ」
アーネはこう言って、その場を去ったが、ディアンはその後ろ姿を丘の上がら見つめていた。




