5.桜(6)
確実に桜の絵は完成に近づいていた。次第に濃い色を塗っていき、今日は木の幹を塗る。
「幹がどっしりとしていてたくましいね」
ディアンは色を作りながら言う。
「これが仕上がればもうほとんど完成だろうね。ラッセルもその段階だよね」
「いや、まだだ。まだ描くものがある」
「何よ」
「言わないでおくよ。ネタバレするのは面白くないからね」
ラッセルははぐらかしたが、ディアンは全く何か分からなかった。そのうち、ラッセルが話し始めた。
「昨日の話の続きをしようか」
♢♢♢♢
ラッセルは眺めていた。自分が今までに描いてきた作品全て。その後、すぐに巡った。描いてきた人、風景、生き物を辿って自分の軌跡を振り返った。
そして、学生時代に描いた作品と、卒業してから描いた作品に生まれた決定的な違いを見つけた。誰が見ても分かるという訳ではないが。
(結局、自分は売れるためにしか絵を描けなかったんだな)
学生時代に描いた絵の方が、純粋だった。生き生きしていた。それを見て、たくさんの人がいい画家になれる、宮廷画家にでもなれると口を揃えて言った。
しかし、彼は卒業してから絵で生計を立てることに必死になった。売れてきた作品をいくつも研究して、自分なりに落とし込んだ。そうして、自分らしさがひん曲がった作品がいくつも生まれ、それを手に取ってくれる人は次第に減った。
(描き直そう、自分のスタイルを作り直すんだ)
すぐにコスモスを描こうとした。自分の新しいスタイルを美術展に送り込もうと思った。下書きから入る。
キャンバスの上で目の前に広がっている光景を写しとっていく。一つも取りこぼさないように。
(コスモスは一概に同じ色をしている訳じゃない。何パターンか色の違いをつけて……)
筆使い、陰影や濃淡など工夫できることをたくさん工夫した。そうしてできた作品を見て、またラッセルは思った。
(また、変に凝ってる。変に凝ってらしさを失ってる)
彼は打ちのめされた。どうしても負のスパイラルから脱却できない。難しいことではないはずなのに、自分にできない。
♢♢♢♢
「結局、自分のスタイルが分からなくなった。自分の絵が描けなくなった」
「だから、辞めたんだね」
「そうだね。世の中の風潮に変に矯正された」
ラッセルは俯いて自分の眼下にある完成間際の作品を見た。
「ここも、ここも、つける必要のないテクニックを入れた。無意識のうちにそうなってるんだから、怖くて仕方ないよ」
「でもこのテクニックは、僕には出来ないよ」
「そんなこと関係ないさ。むしろ君は出来なくてよかった。純粋なありのままの花を描けて、それはそれで才能だと思うよ」
ディアンは励ますことが上手くできなくて、苦しかった。彼自身もラッセルの『奇才』ぶりに憧れた。自分が使えないテクニックをラッセルから盗もうとしたこともあった。
でもそのテクニックで彼は悶えている。




