5.桜(5)
「だから、あの日君に会った時、本当は疲れていたんだと思う」
ラッセルはここまでのことをゆったりと語る。彼にとっては恥ずかしい思い出だったかもしれないけれど、包み隠さず話してくれた。
「休めば良かったのに。自分で気づかなかったの?」
「いや、馬鹿だったよ。でも意外と分からないものなんだよ。だから君も気をつけた方がいい」
♢♢♢♢
その美術展に送り込んだ作品の数は200を超え、そのうち売れた作品は10に満たなかった。数だけは美術展で1番だった。
ある日、いつものように花畑を描こうと家を出た。コスモスの花畑に向かった。目的地にちょうど着いた頃だった。
「あれ、視界がぼやけてる……よく見えないな……」
その後、ラッセルの記憶は無く、気づけば彼の家に戻っていた。
「ラッセル、起きたか!」
ディアンが目の前にいた。それでラッセルはますます混乱した。
「ど、どういうこと?」
「覚えてないか……コスモス畑で倒れてたんだよ。すごく体が熱くて、体調を崩したんだと思って連れて帰ってきた」
「ありがとう」
「良かった、目が覚めて」
ディアンは思わず涙ぐんでいた。親友が目を覚ましたことに。
「俺、何日か寝てた?」
「3時間くらいだよ」
「なぁんだ。泣いてるから3日くらい寝てたのかと思った」
「君が苦しんでるんだから、そりゃ目覚めたら泣くよ……」
ディアンは置いたままのキャンバスを取りに花畑に戻った。ラッセルは起き上がって、グラス一杯の水を飲んだ。
(あいつ、俺のことそんなに大事に思ってくれてたなんて……)
彼は嬉しくて仕方がなかった。ゆっくり休んで、ディアンにお礼の絵でも描こうと考えていた。
すると、ディアンが帰ってきた。しかし、「急用ができた」と言って、キャンバスだけ置いて出て行ってしまった。
♢♢♢♢
「今日はここまでにしよう。もうすぐ日が暮れてしまう」
「そうだね、ラッセル。片付けようか」
暖かくなってきたというのに、夕暮れの時間はまだ早い。2人は片付けをしようと立ち上がった。すると、アーネも立ち上がって言った。
「あっ、待ってください。片付けなら私がやっておきますよ」
「そうですか、では水でさっと洗っておいてください」
ラッセルは驚いたが、まあ任せようとアーネに指示を出した。ここまでアーネは何をしていたのだろうとディアンは思った。
「じゃあ話の続きをしようか」
ラッセルはもう少しだけ、話を続けた。
♢♢♢♢
何日間か、ラッセルは休んでいた。しばらくは筆も取らなかった。
ディアンが取り戻してくれたコスモスの絵を、いつもよりも遠くから眺めてみる。綺麗だと思ったのは確かだ。いろんなギミックを使って、距離感や画材を工夫して。
しかしながら、コスモスらしさが失われているようにも感じた。確かに綺麗だ。テクニックのある画家は賞賛を受ける。例えギミックだらけで訳が分からないようなものでも。
確かに自然体のコスモスではない。ラッセルはその感想しか抱けなかった。
(このコスモスは、綺麗なのか……?)




