5.桜(4)
2人の創作活動は2日目を迎えた。この日には目に見える全ての蕾が開いた。まさに『満開』だ。
「描くには今のうちだよ。早くしないと散っちゃうからね」
ラッセルは絵の具を溶いて、下書きに塗っていく。水を多めに使って、自然に近いような色合いにしていく。誰も真似ができないような完璧な技術だ。桜の花をそのまま写しとったような、鮮やかな絵。
ディアンも見惚れていたが、気を取り直して作品を描き始めた。ディアンは初めて桜の色を作るので、ラッセルほどうまくはいかない。
「ラッセル、その桜の色どうやって作ったの?」
「白と水を多めに。水彩画は水が命だから、積極的に浸していけば上手くいくよ」
ディアンはラッセルのアドバイスを元に、桃色の絵の具を白と水で溶いていった。ディアンは油絵を専門に描いている。基本的に絵の具は油で溶いている。
「完璧じゃない?この色」
ディアンは完成した色に感想を求めた。
「完璧だよ。その色で塗って」
薄い色から塗るのは、絵画の基本中の基本だ。濃い色が薄い色に溶け出さないように、先に薄い色を塗る。出来るだけ滑らかに色をつけて、綺麗に桜の花が仕上がった。
ディアンは工程がひと段落ついてくると、聞きたかったことを聞いた。
「なぁラッセル」
「どうした?」
「君はどうして、画家になるのを辞めたの?」
ラッセルは筆を止めた。琴線に触れたかのように動きを止めてしまった。
「答えたくなかったら、別に良いよ」
「いや、言わなきゃ。君は親友だから、答える義務があるだろう?」
空を見上げて、絞り出すように言った。
「ディアンは、絵を描くのは好きかい?」
♢♢♢♢
ラッセルは芸術学校を次席で卒業した。本当に優秀で、将来は有望な画家になるだろうと、誰もが期待していた。
しかし、画家の道はそんなに楽なものではなかった。卒業してすぐ、近くの街の美術展に絵を描いて送る日々が続いた。絵で食べていけるようになるには、そこでいろいろな作品を人に見せていく必要があった。
「僕の作品は買い手が見つかりましたか?」
作品を送り込むたびに、美術館の男に聞いていた。しかし、いつも答えは同じだった。
「いや、まだだ」
作品はさまざまな路線のものを描いた。単純な人物画、風景画や自然の絵を描いたり、ネタは豊富であったのに、買ってもらえなかった。
一つ原因があるとすればこれが挙げられる。この美術展には、有名な画家も出品していることだ。ラッセルを教えたフィルラウスも出品していたのだから、彼の作品が目に留まらないのだ。
それでも、絶えず描き続けた。一心不乱に筆を取り続けた。
数ヶ月ぶりにディアンに会う日があった。
「ラッセル、久しぶりにあったらずいぶん疲れた顔をしているね」
「そうかな」
「頑張っているのは尊敬するけど、しっかり休むんだよ」
「分かってるよ」




