5.桜(3)
花畑を抜けて何分か歩くと、ひとつ家があった。本に出てくるような森の中にポツンとあるような小さな家だった。ラッセルはその扉を開けて、中にいる人を呼んだ。
「じいちゃん?いる?」
「おお、ラッセル。久しぶりじゃないか」
「久しぶりだね。紹介するよ、俺の友達のディアン。あとその使用人のアーネさん」
突然紹介された2人は、軽く頭を下げて会釈をした。
「こんにちは、ディアン君。君は今城にお仕えしているのだよね」
「そうです、そこまで腕のいいものではありませんが」
「立ち話をずっとするのも良くない。まあ中に入ってくれ」
創作空間と居住空間が一緒になったような家だった。それでも不思議と心地いいとディアンは感じた。
「君たちは桜を描きに来たんだね」
「そうだよ、ディアンが王様に命令されて」
「そこの庭を出て、ちょっと歩いたところに一本生えてるよ。そこを見ておいで」
3人はその桜の木がある場所まで歩いた。ラッセルは画材の入った大きなカバンを抱えている。ディアンのものはそこまで大きくないのに。
少し歩くと、先頭を歩くラッセルが足を止めた。
「着いたよ」
ディアンは視線を上げた。
たくさんの鮮やかな桃色の花をつけた桜が堂々と起立していた。他の木が緑であることから、その色がより映えている。桜を見たことがないディアンとアーネは、その光景に息を呑んだ。そして彼はこう言った。
「描きたい!この世にこんな美しい木があるなんて信じられないよ」
「そう言うと思ったよ」
ラッセルは微笑んだ。そして彼はカバンからいくつかの画材を取り出して並べた。
「桜は見頃が短いから、水彩画にすることをおすすめするよ」
「そんなに短いの?」
「本当に一瞬だからね」
2人で手際良く画材を準備していく。水彩とチョークを使うので、キャンバスの上ではなく、紙の上に絵を描いていく。するとディアンは画用紙が2枚あることに気づいた。
「何で2枚あるの?」
ディアンが聞くと、ラッセルはにっこりと微笑んで答えた。
「僕も描くからね」
「本当に?すごく楽しみだよ」
「俺自身、筆を取るのは何年ぶりだろうな」
「学生ぶり?」
「卒業して何年かは描いてたけど、それ以来は描いてないな」
ラッセルは感慨深そうにナイフで鉛筆を削る。
目の前の桜はほとんど満開である。鮮やかな桃色の花びらをディアンはひとつひとつ捉えていく。桜が立っている周りは雑草も少なく、より桜の荘厳さが映えている。
「東洋の人はこんな綺麗な桜と一緒に春を過ごしているんだね」
「そうだよ、ディアン。とっても羨ましいよね」
ラッセルも鉛筆を取って、桜の輪郭をなぞり始めた。卒業して何年も経った今でも、その動きは現役の頃のままだ。
「本当に久しぶりだ。すごく下手な絵になっても笑わないでね」
「本当に久しぶり?」
「本当だって」
こうやって話しながら絵を描くのは、2人にとって「本当に久しぶり」だ。




