表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/41

5.桜(3)

 花畑を抜けて何分か歩くと、ひとつ家があった。本に出てくるような森の中にポツンとあるような小さな家だった。ラッセルはその扉を開けて、中にいる人を呼んだ。


「じいちゃん?いる?」

「おお、ラッセル。久しぶりじゃないか」

「久しぶりだね。紹介するよ、俺の友達のディアン。あとその使用人のアーネさん」


 突然紹介された2人は、軽く頭を下げて会釈をした。


「こんにちは、ディアン君。君は今城にお仕えしているのだよね」

「そうです、そこまで腕のいいものではありませんが」

「立ち話をずっとするのも良くない。まあ中に入ってくれ」


 創作空間と居住空間が一緒になったような家だった。それでも不思議と心地いいとディアンは感じた。


「君たちは桜を描きに来たんだね」

「そうだよ、ディアンが王様に命令されて」

「そこの庭を出て、ちょっと歩いたところに一本生えてるよ。そこを見ておいで」


 3人はその桜の木がある場所まで歩いた。ラッセルは画材の入った大きなカバンを抱えている。ディアンのものはそこまで大きくないのに。


 少し歩くと、先頭を歩くラッセルが足を止めた。


「着いたよ」


 ディアンは視線を上げた。


 たくさんの鮮やかな桃色の花をつけた桜が堂々と起立していた。他の木が緑であることから、その色がより映えている。桜を見たことがないディアンとアーネは、その光景に息を呑んだ。そして彼はこう言った。


「描きたい!この世にこんな美しい木があるなんて信じられないよ」

「そう言うと思ったよ」


 ラッセルは微笑んだ。そして彼はカバンからいくつかの画材を取り出して並べた。


「桜は見頃が短いから、水彩画にすることをおすすめするよ」

「そんなに短いの?」

「本当に一瞬だからね」


 2人で手際良く画材を準備していく。水彩とチョークを使うので、キャンバスの上ではなく、紙の上に絵を描いていく。するとディアンは画用紙が2枚あることに気づいた。


「何で2枚あるの?」


 ディアンが聞くと、ラッセルはにっこりと微笑んで答えた。


「僕も描くからね」

「本当に?すごく楽しみだよ」

「俺自身、筆を取るのは何年ぶりだろうな」

「学生ぶり?」

「卒業して何年かは描いてたけど、それ以来は描いてないな」


 ラッセルは感慨深そうにナイフで鉛筆を削る。


 目の前の桜はほとんど満開である。鮮やかな桃色の花びらをディアンはひとつひとつ捉えていく。桜が立っている周りは雑草も少なく、より桜の荘厳さが映えている。


「東洋の人はこんな綺麗な桜と一緒に春を過ごしているんだね」

「そうだよ、ディアン。とっても羨ましいよね」


 ラッセルも鉛筆を取って、桜の輪郭をなぞり始めた。卒業して何年も経った今でも、その動きは現役の頃のままだ。


「本当に久しぶりだ。すごく下手な絵になっても笑わないでね」

「本当に久しぶり?」

「本当だって」


 こうやって話しながら絵を描くのは、2人にとって「本当に久しぶり」だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ