5.桜(2)
「知ってるって?どこにあるの?」
ディアンは目を見開いた。この西洋の国に桜が立派に咲いているところがあるとは、内心ラッセルに聞くまで思ってもいなかった。
「俺のじいちゃんの家の近くにある」
「行ってもいい?」
「君の創作のためなら、構わないよ」
「ありがとう」
早速、翌日の朝に2人は待ち合わせることにした。あの柊の木の下で会うことになった。当日の朝、玄関先でアーネがディアンを呼び止めた
「ディアン様、私も同行いたします」
「街の外に出ますからね、よろしくお願いします」
2人が広場に向かうと、すでにラッセルは木の下で待っていた。彼もまたディアンと出かけることを心待ちにしていたようだ。
馬車に乗って、街の外へと走っていく。
「なぁ、ディアン。今回はどうして桜なんだ?」
「国王陛下が生きてるうちに立派な桜がみたいって言うからね」
「なるほどね。太くて綺麗なのは本当に圧巻だからね。期待してた方がいいよ」
馬車は森の中を突き進むように走っていく。
「ディアンが外で絵を描いてるのを見るのは、学生以来かな」
「そうだな」
「また見れるのが嬉しいよ」
♢♢♢♢
ラッセルは芸術学校の中の『奇才』と呼ばれていた。様々な画材の特徴を読みとり、画材のメリットを完璧に活かした作品を描きあげる。
「ラッセル、今日も壮大な作品だね」
「油絵だからね、思い切り描かないともったいないよ」
ラッセルはレンガ造の大きな教会の絵を描いていた。横幅は5メートル近くあるほどの大作だ。これを描かせてもらえるのは、相当優秀な成績を残さないといけない。
「でもまあ全部油絵の具ってわけじゃないからね」
「そうなの?」
「この山のあたりはチョークを使ったりしようと思ってるんだ」
彼はひとつの作品で何種類もの画材を使い分けている。それによって作品に味や厚みが出たりするのだ。
「ラッセルらしいね」
「まあね、自分らしく描くのが一番だからね」
『奇才』は画材店を営む祖父から、絵筆や刷毛の使い方、また世界中にあるありとあらゆる道具の使い方を知った。国内では到底手に入らないものでも、彼は使い方を知っていた。
またある作品では別の画材を使っていた。
「ラッセル、それは何だい?」
「ガラスペンだよ。繊細で滑らかな描き方が出来るからよく使ってるんだ」
ディアンはガラスペンなどは聞いたこともなかったが、彼もまたラッセルから画材についてたくさん学んでいた。
♢♢♢♢
「着いたね」
ラッセルが立ち上がって一番最初に馬車を降りる。まだ桜の木は見えていなかったが、すでに春らしい花畑の景色が広がっていた。ディアンはふと立ち止まってしまった。それを見てラッセルは言った。
「ここを描きたいと思うのは分かるけど、今日はここじゃないからね」
「分かってるよ」
2人は笑って花畑の先に進んだ。




