1.紫陽花(3)
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「どうだいディアン?俺の作品が金賞になったぞ!」
ラッセルとは同じ芸術学校の同級生であり、彼はディアンよりも人物画が上手だった。そのおかげで、フィルラウス先生とも仲が良かった。
「綺麗だね、これは売っても高くつくと思うよ」
「フィルラウス先生も同じようなことをおっしゃってたよ」
やはり、人物画が一般の人にも貴族にも売れるということは間違い無かった。聖母マリアの絵、キリストの絵、一世紀前の独立戦争の絵、王の絵、綺麗な女の人の絵、レストランや図書館などいろんな場所で人物画が飾られていた。
しかし、花の絵はそうとはいかない。花の絵はどことなく哀愁が漂う感じで、エネルギーが少なく静かだ。それであまり売れることもなく、コンクールで評価されることもない。
(自分の絵の良さは自分だけが知っておけばいいんだ、そう厳しく思っていなくていい)
ディアンはさして深くそのことを考えなかった。
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早速ディアンは紫陽花の下書きを始めた。花の輪郭を丁寧になぞって、紫陽花の姿を捉えていく。
紫陽花は一つ一つの花びらが小さい。そこをどうやって描くかということを常に意識していた。ディアンは静かに鉛筆を運んでいった。
(下書きはこんな感じでいいかな、続きは明日にしよう)
ディアンはその日の作業を終了させると、自分の部屋に戻った。後の片付けはアーネさんの数少ない仕事となる。
「ディアン君。紫陽花の絵は進んでいるかな」
突然背後から王が声をかけてきた。
「ええ、まだまだ序盤ですが、早く仕上げようと思っております」
「急がなくても構わない、時間がかかっても構わないよ。君が丁寧に作った作品を見たいからね」
「ありがとうございます。ではもうしばらくお待ちください」
王、ボナルト・クランクス。背が高く、威厳があるが、歴代の王の中では珍しく、どの使用人にも優しく接しているし、気も長い。絵の完成が3ヶ月かかっても全く怒ったことはない。
(いやー、だいぶビビったな。まさか後ろから声をかけてくるなんて)
ディアンは風呂に入ろうと、いそいそと廊下を歩いた。
「こんばんは、ストローサー君」
「マルクさん、お久しぶりです」
風呂場の前で話しかけてきたのは、マルク・フラース。この城の音楽隊の指揮者である。
「君は父さんと違って、長く働いているね」
「陛下が私の作品を気に入ってくださっているようで」
「父さんはここで仕えていることを知っているのかい?」
「はい、一応ですが」
「そうか、お前の父さんはかなりここにいる期間が短かったからな、君は本当に頑張っているよ」
「あの」
「どうしたんだい?」
「父のことを少しずつディスるのはやめていただきたいです。私の誇りある父ですので」
「本当にそう、思っているか」
「ええ、もちろんです」
「そうか」
マルクは何か見透かしたような雰囲気を醸し出して、歩き去っていった。