4.冬のスケッチ(2)
だから、学生時代は猛然と勉強していた記憶しかない。落第点を取ればひどく叱られた。叱られることは目に見えていた。
「アーネ!夕食の時間ですよ」
もうそんな時間かとアーネは立ち上がった。帰ってきてからまだ荷物の整理も何一つしていないことに気づく。
「今行きます」
階段を降りて、ダイニングテーブルに向かう。すると、去年と同じように、リビングのソファに背を向けて座っている父親を見かけた。アーネに気づいた父が声をかける。
「アーネ、おかえりなさい」
「ただいま、お父様」
父親から見て左側の椅子に腰掛ける。もう机には、ローストビーフやサラダが並んでいる。ハモンの言う通り、豪華な品だ。
家族全員でテーブルを囲んで食事することは一年ぶりである。アーネとハモンは少し躊躇ったが、父親のダグラスが先にローストビーフを皿にとって、夕食が始まった。
「アーネの帰還を記念して、乾杯!」
最初は穏やかに始まった。もうすぐ年を越すので、さすがに変な空気ではいられないのだろう。
(良かった、重苦しい空気にならなくって……)
しかし、その安心も束の間だった。父が最近の仕事ぶりについて聞いてきたのだ。
「どうだ、少しは昇進したか?」
「皇太子様の使用人として、仕えさせてもらっています」
「そうか、この前はよく分からん画家のところに仕えていると言ってたからな、よく昇進したもんだ」
そう言って、またワインを一口飲む。アーネは自分に不利になることを言わないように、出されているワインに口をつけていない。しかし、父親がまた変なことを言い出す。
「あんな画家、どうせくだらないような絵を描いてるんだろ」
「くだらなくなんか無いよ!」
珍しくアーネが声を荒げた。自分でもどうして怒っているのかよく分からなかった。しかし本心が続けた。
「くだらなくなんか無いよ。ディアン様の描く絵は、生き生きとしてて、まるで目の前にあるみたいな、そんな美しい花を描くの。見たこともないのに、くだらないなんて言わないで!」
テーブルに沈黙が走った。アーネ自身が気に入らなかった空気を自分で作ったことに気づく。しかし言ってしまったことを取り返すことはできない。父親が凄まじい剣幕でアーネを見ている。
「お前、これまでどんな気持ちで働いてきたんだ!ウィリアムス家の名声を取り戻すための大切な時期だというのに、どうして芸術なんかに見惚れてるんだ!そんな時間を過ごしてもらうために俺はお前を城に送ったわけじゃない!絵を見る時間があるなら、皇太子様のところで働け!」
アーネは言い返すことも出来なかった。言い返そうとも思わなかった。そして、彼女にとどめを刺すようにハモンが付け加えた。
「お姉様、ここはやはり皇太子様のところで勤めることに集中すべきです。ウィリアムス家の復活はもうあなたにかかっているようなものですよ。それを自覚してください、お姉様」
アーネはワインを一気に全部飲んで自室に消えていった。




