1.紫陽花(2)
さて、紫陽花が見頃となる初夏の朝がやってきた。ディアンは早速城の裏庭にある紫陽花のまえに、キャンバスを立てて、椅子を持ってきて準備を整えた。
初日はひたすら眺めて下書き。花はどんな形か、色のイメージ、絵の完成を徹底的に考え尽くす……
♢♢♢♢
もう10年は前のことだろうか。ディアンが国立美術学校に入学したころ。当時、パウロ王国は「芸術」の分野で他の国よりも優位に立とうとした。そこでパウロの王は国内に、音楽学校、美術学校、そして彫刻に特化した彫刻学校を設立した。
「ディアン君。君はこのウサギの良さが全く表現できていないじゃないか」
「すいません……」
10年前、ディアンに絵画を教えていたのは、画家のトレイ・フィルラウスだ。この学校の中で誰よりも人物画を得意としていて、特に、生きているような目を描くのが上手だ。そんな彼はあまりディアンの絵を好ましく思っていなかった。
「どうしてこんな死んだような目を描くんだ?いいか、動物の絵は『目』でおおよそ決まるんだ。生き生きとした絵にするのは、鮮やかな目を描きなさい」
「……」
「描き直して提出しなさい、明日中だ」
ディアンは前日に仕上げた絵を持って、アトリエに戻った。
(何が鮮やかな目だ。人間の目は大した色味も持ってないじゃないか)
ディアンはウサギの絵から目を離して、昨日描いた紫陽花の絵を見た。
(花の方が人間よりもずっと良い。花はすぐに散って儚いけど、人間は長生きするとえらく驕りたかぶる。そんなの花より醜いに決まってる)
結局、ディアンはウサギの絵を描き直すことは無かった。
♢♢♢♢
(やっぱり1番綺麗な紫陽花の姿は、植木鉢に入ってる姿なんだろうな)
ディアンは紫陽花の植木鉢3つを理想の形に並べた。この構成を考えるだけですでに3時間は経っている。
「ディアン様、作業はお進みですか?」
アーネがサンドウィッチを持ってきた。
アーネはディアンが宮廷画家に任命された時から彼の使用人として働いている。使用人とは言っても、ディアンの性格上、人をコキ使うのはあまりしないので、仕事はかなり少ない。
「うーん、まだまだですね。やっと構成が決まったから、ここから下書きです。紫陽花の図鑑をたくさん見ておいたので、とてもスムーズです」
ディアンにとってアーネは城で唯一の話し相手と言ってもいいだろう。他にも仕えている人はたくさんいるけれども、どの人もディアンより20歳は年上の人で、すごく肩身の狭い思いをしている。しかしアーネはディアンと歳も近くて話しやすい。
「そうですか、ではゆっくりと」