3.柊(4)
翌日、ディアンは筆を持って広場に出かけた。ついに柊の下書きから始めるのである。
(やっと制作を始められるな)
正直ここまで進捗はイマイチだったので、不安がっていたが、完成に向けて進んでいるような気がして、ディアンは安心した。
(でもアーネさんがいないのがちょっと寂しいな……)
アーネは最近、ディアンの前に姿を見せることが少なくなった。別にここは城下なので、アーネの付き添いがなくてもいいのだが、アーネは城の中でも別のところにいる。
どこで仕事をしているのかと、ディアンは一度、アーネに聞いた。
「今は皇太子様のところで忙しくさせていただいています。ディアン様のところへはなかなか伺えませんが、お手伝い出来ることがあれば、何でもお申し付けください」
いつもの彼女のように明るく会釈していたが、ディアンも少し不安だった。ディアンの唯一と言っていいほどの歳の近い話し相手だから、これは彼にとって、いささかの孤独を意味することでもあった。
(いいや、取り敢えず始めよう)
ディアンは気を取り直して、鉛筆を手に取った。ディアンは柊をじっと見て、そこからキャンバスに見たものを写し取っていく。静かに鉛筆を滑らせていた。
♢♢♢♢
ディアンが王宮に入って、デビンが王宮から離れた頃。城は混迷を極めていた。
「これは、密書ですか!」
ボルナト王の執事であるケレル・ファフスは声を荒げた。
「落ち着け、ケレル君。まあ一度読んでみようじゃないか」
そこには到底安心できないような内容が書かれていた。
――君たちの芸術の嗜好にはうんざりだ。我々のことを蔑むような絵ばかり描いて、笑っているのだろう?君たちとこれから今までのように取引していくつもりはない。取引したいなら、これにかかる関税について認めること。 ジャバリ・グランドゥラス三世――
読んでから顔を上げた国王の顔は笑っていなかった。ペルカ王国の圧政を受けて支配されていたパウロ王国は、ジャバリの言葉に従わざるを得なかった。
「国王陛下、これは関係改善が急務であります!」
「分かっている」
「すぐにでも対話の場を設けましょう」
「まだだ。けれどそのうちにな」
それから、ボルナトは色々なことを後手に回してしまい、結局会談ができたのはほんの数ヶ月前のことだ。
♢♢♢♢
「国のことは任せておけって、言ったじゃないか。何でいろんなことが後回しになってるんだ」
帰国してからの皇太子は、少々精神が参っているようだった。特に父親の不甲斐ない政治に。するとアーネがまた部屋に入ってきた。
「皇太子様。そこまで焦る必要はありませんよ」
「分かってる。けれど、私はそのうち王位を引き継ぐんだ。この国のことはしっかり考えないと」
「私にでもお手伝いできることがあれば、お申し付けくださいね」
「……は?……お前はただの使用人じゃないのか?」
アーネは少し言ってはいけないようなことを言ったような顔をして、静かに言った。
「そうですね……私は使用人ですから」




