1.紫陽花(1)
「おはようございます、ディアン様」
「おはようございます、アーネさん」
パウロ王国の城に仕える宮廷画家、ディアン・ストローサーの朝は専属の使用人のアーネとの挨拶によって始まる。
「朝食の時間でございますよ」
「あぁはい、行きます」
「あと、王様がお呼びでございます」
「分かりました」
ディアンは食堂で朝食をとったあと、王の執務室に急いだ。
「お待たせいたしました。画家のディアンです」
「待っていたよ。さあ、次の画題をお見せしよう」
王は数ヶ月に一度画題をおっしゃり、ディアンはその絵を描く。その絵は王の執務室に飾られる。画題は国王の気まぐれだ。
「次の画題は、紫陽花だ」
「紫陽花ですか」
「あぁ。城の裏庭に植えてある。そろそろ見頃になるだろうから、その時期に描いてくれ」
「了解いたしました」
ディアンはすぐに城の裏庭にある紫陽花を見に行った。もう緑色の蕾が開こうとしている。
「これはもうすぐ咲くな」
早速、ディアンは画材を準備しようと、行きつけの画材屋に向かった。
画材店を営むラッセル・ガートナーはディアンの古くからの友人だ。
「ようディアン、画材の準備かい?」
「そうだラッセル。いつものキャンバスと、青紫色の油絵具、そして桃色もよろしく」
「了解、すぐ用意するよ」
ラッセルの店には世界各国からたくさんの画材が集まっている。聞けば、彼はそのほとんどの画材の使い方を知っているそうだ。ラッセルは広い店内を歩き回って、注文の品を集めた。
「これで全部だな」
「結構高くつくな」
「あぁ、最近は値段が上がってきてて、外国から染料を輸入できなくなってるんだ。特に紫色とかね」
「まあしょうがない。王国から予算が出てるからいいんだけど」
なんとか画材を揃えたディアンは紫陽花が咲くのを待った。だが、ただ待っていると完成させることができない。油絵の制作期間はおおよそ2ヶ月。しかし、紫陽花の見頃は1ヶ月ほどで、完成させるには時間がない。
(完成させるにも、紫陽花の図鑑でも眺めていようか)
ディアンは図書館に行った。
もうディアンは宮廷画家として仕え始めて2年目となった。選抜試験に合格し、3年間という短い契約期間の中で、必死に絵を描いている。もし、ディアンの絵が王に気に入られなかったら、即刻でクビになってもおかしくはない。というかそれが当たり前だ。
これまで何百人という人が雇われ、まだ誰も3年間の任期をやり遂げた者はいない。平均で約半年だ。ディアンは一年目をやり遂げたが、これだけで平均よりはすごいことだ。ディアンは自覚していないけれど。
♢♢♢♢
王は、初めてディアンが城に入った日、こんなことをおっしゃった。
「私は君を心より歓迎する。君の描く絵を楽しみにしているよ」
「私で、本当にいいのでしょうか」
「なぜそんなことを聞く」
「私では、描ける絵があまりにも限られています」
「気にすることはない。私は君の絵が好きだから、君を選んだ。ただそれだけのことだ。君の精一杯を期待しているよ」