5 会議
招待状が舞い込む数日前。
王宮では王子の結婚相手を誰に決めるかという議論が交わされていた。
会議に参加しているのは国王と王妃、そして王宮に勤めている大臣達である。
「国王陛下! そろそろクリストファー王子の結婚相手を決めていただかないと困ります!」
そう口火を切ったのは財務大臣のバークス侯爵だった。
「クリストファー王子も既に二十歳を迎えられました。国王陛下がご結婚された年齢を既に超えていらっしゃいます。国王陛下もこ健在ではありますが、何が起こるか分からないのが人生というものです。クリストファー王子も早くご結婚されてお世継ぎを作るべきではありませんか?」
そこまで言うとバークス侯爵はコホンと咳払いをして、国王と王妃に笑いかける。
「実は我が家には今年十八歳になる娘がおりまして…。如何ですか? ここはぜひ、私の娘をクリストファー王子の結婚相手に…」
「いいえ! お待ちください! ぜひとも私の娘をクリストファー王子の結婚相手に推薦いたします!」
バークス侯爵の言葉を遮ったのは、法務大臣であるフォスター侯爵だった。
それを皮切りに年頃の娘を持つ大臣が口々に声をあげる。
そんな状況を息子を持つ大臣達が冷ややかな目で見ている。
「静粛に!」
国王の横に立っていた宰相が一喝すると、ピタリとその場が収まる。
皆が落ち着いた所を見計らってようやく国王が口を開いた。
「クリストファーがまだ結婚しない事には私も后も憂いておる。だが、ここで無理矢理結婚相手を決める事ではなかろう。国内の情勢も落ち着いている事だから、ここは一つ年頃の令嬢を集めて舞踏会でも開こうかと思う」
そこで国王は言葉を切ると、息子を持つ大臣達を見回した。
「そなたらの子息の中にも結婚相手が決まっていない者もいるだろう。この際、皆の結婚相手を決めるための舞踏会としよう」
国王の決定に大臣達は一斉に頭を下げた。
大臣達が立ち去った会議室で、国王は「はぁ~!」と盛大なため息をつく。
「やれやれ…。もう少し冷静に話し合いが出来るかと思えば…」
そうぼやく国王に宰相は胡乱な目を向ける。
「だから申し上げたではありませんか。クリストファー王子に婚約者が決まっていない以上、自分の娘を婚約者にしたがるに決まっていると…」
「わかったわかった。とにかく舞踏会は決定したから、国内の婚約者のいない子息と令嬢に招待状の手配を頼む。そなたの所のブライアンも参加するのだろう?」
宰相は自分の息子の名前を出されて苦々しい表情を見せる。
「我が家の愚息に嫁いでくださるようなご令嬢がおられるかどうかはわかりませんが、将来クリストファー王子の側近としてお仕えする為にも早く相手を見つけてもらわないと…」
宰相は気を取り直したように背筋を正すと国王に向かって一礼をする。
「それでは、招待状の準備がありますので、これで失礼いたします」
宰相が会議室を出ていくと、国王と王妃もそれぞれの執務に向かうために会議室を後にした。
クリストファー王子が自分の部屋で本を読んでいると、ノックの音と同時に扉が開いてブライアンが入って来た。
「どうしてノックと同時に扉が開くのかな? 『どうぞ』って返事が待てないのか?」
クリストファー王子の質問にブライアンは「ん?」と首をかしげた。
「俺の耳にはノックをする前から『入っていいよ』と聞こえてたんだけどな?」
そう言いながらブライアンはズカズカと部屋の中に入りソファーにドカリと腰を下ろす。
「今更お前には何を言っても無駄だとわかっているけどね。それで今日は何の用だい?」
クリストファー王子は本を閉じると、テーブルの上のベルを鳴らしてメイドを呼んだ。
「お呼びですか?」
「ブライアンにお茶を。それから僕の分も淹れ替えてくれ」
「かしこまりました」
メイドはテキパキとお茶を淹れると、一礼して部屋を出て行った。
ブライアンはお茶を一口飲んだが、その熱さに顔をしかめる。
「アチッ! さっき会議が開かれたんだろう? お前の結婚相手についてのさ」
フウフウとお茶を冷ましながらブライアンは二口目を口にする。
「そんなに熱いか? 相変わらずの猫舌だな。その話なら聞いた。来月、結婚相手を決めるための、舞踏会を開くってね」
クリストファー王子が涼しい顔でお茶を飲むのをブライアンは面白く無さそうに口を尖らす。
「もう少しぬるめのお茶を淹れるように言っといてくれよ。お前もとうとう結婚する事になるのか」
しみじみと呟くブライアンにクリストファー王子はニヤリと笑う。
「僕だけじゃないぞ。他に結婚相手が決まっていない子息と令嬢を集めるそうだ。その中にはお前も含まれているってさ」
「はあっ!? 俺もかよ! 聞いてないぞ!」
憤慨するブライアンにクリストファー王子は諦めたような顔を見せる。
「僕も父上が結婚した年齢を迎えたからな。周りも焦っているんだろう。親に決められた婚約者じゃなくて、自分で決められるだけマシって事だな」
ブライアンはドサリとソファーの背もたれに身体を預けるとフッと息をはいた。
「そうだな。うちの両親を見ていると、余計にそう思うよ。母とは必要最低限の会話しかしないから父も俺の婚約者を決めなかったんだろうな」
ブライアンの言葉にクリストファー王子は自分の両親の事を頭に思い浮かべた。
特に仲が悪いとは思わないが、何処か一線を引いたような態度を取っていると感じていた。
(今度の舞踏会では『運命の人』に出会えるのだろうか?)
クリストファー王子はそう考えた自分に苦笑しつつもお茶を飲み干した。