4 跡取り
弟はコリンと名付けられ、スクスクと育っていった。
コリンの誕生を一番喜んだのは義父だった。
「お父様は侯爵家の跡取りが出来て嬉しいのよ。あのままお義母様と再婚しなかったら跡を継ぐのは私しかいなかったもの。だけどお父様は私には継がせたくなかったみたいなの」
今私達はコリンの為にプレゼントのぬいぐるみを作りながら話に花を咲かせていた。
五歳の誕生日を迎えるコリンは両親と私達からの愛情をたっぷり受けて可愛らしい男の子に成長している。
そんなコリンにプレゼントをしようと考えたが、何をあげて良いのか思いつかずこうして熊のぬいぐるみを作っているのだ。
そんな中、エラがポツリと溢した言葉に私と姉は顔を見合わせた。
「エラに継がせたくなかったって? でも他にお義父様には子供はいなかったでしょう?」
私は針を止めてエラを見つめると、エラは薄く微笑んだ。
「私を何処かへ嫁がせて親戚筋から養子をもらうつもりだったみたいです。まだお母様が生きていらした頃、そんな話をお母様に告げていました」
エラは十五歳にしては不釣り合いなため息をこぼす。
「元々私のお母様とは親に決められた結婚で、お世辞にも仲が良いとは言えませんでした。私の事はそれなりに可愛がってくれてましたけれど…。だから母が亡くなって再婚相手を探していた時にお義母様の事を聞いたお父様は飛び上がらんくらいに喜んでいました」
その時の事を思い出したのか、エラがフフッと笑いをこぼす。
再婚して六年になるというのに、いまだに義父と母はラブラブだ。
エラの話を聞いているうちに、私はふと生前の父と母の事を思い出した。
「そう言われれば、うちの両親も似たようなものだったわね。父は女の子しか産まない母をなじったりしていたわ」
姉が漏らした言葉に私はびっくりした。そんな話は初耳だ。
「え? そうなの?」
私が姉の顔を凝視すると、姉は少しおどけたように肩をすくめた。
「たまたま二人が言い争っているのを聞いちゃったの。だから父が亡くなって叔父様が家督を継いだ時はきっと父から言われていたんだろうと思ってたわ」
そう姉に告げられて私はようやく合点がいった。
父は自分が永くない事を悟ると、家督を叔父に継がせる手筈を整えたのだろう。
(だからといって別邸でのあの生活はいただけないけれどね)
別邸でのあの生活は父の指示によるものか、はたまた叔父の独断か…?
私としては叔父の独断だと思いたいけれど、今となってはどうでもいい事だ。
何しろ今は両親と姉、妹、弟に囲まれて楽しい生活をおくっているのだ。
今は思いっきりこの生活を楽しむ事を心がけよう。
そう考えて日々を過ごしていた矢先に思い出した前世の記憶と、ここが「シンデレラ」のお話の世界だという事実に私は頭を抱えた。
前世の記憶はともかくとして、ここが「シンデレラ」のお話の世界だとは到底信じられなかった。
何しろ母の再婚相手である義父はお話のように亡くなる事はなく元気でピンピンしている。
母も義父の連れ子であるエラをイジメる事はなく、我が子同然のように可愛がっている。
私と姉にしてもエラをイジメたりはしていないし、本当の姉妹のように仲良しだ。
それに何と言っても弟のコリンが生まれた事も原作とは違っている。
これほどまでに「シンデレラ」のお話の世界とはかけ離れているのに、どうしてここが「シンデレラ」の世界だとわかっているのだろうか?
高熱から目覚めた後のベッドの中で、私はため息をつきながら頭に手をやった。
「お姉様? まだ頭が痛いの? お医者様を呼びますか?」
その声にハッとなって顔を動かすと、ベッドの横の椅子に座っているコリンが心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫よ、コリン。みんなに心配かけちゃったなぁって考えていただけよ。それよりもここにいていいの?」
将来この侯爵家を継ぐコリンは先日から家庭教師がついて勉強を教えているはずだった。
以前の私は(まだ小さいコリンを勉強漬けに摺るわなんて)と憤慨していたが、こうして前世の記憶を思い出してしまうと、勉強も必要だと思ってしまうのだから不思議なものだ。
「今日はアナベルお姉様が目を覚ましたのだから、もう少しだけお傍にいさせてくださいってお願いしたんです。お姉様は僕がいるのはお邪魔ですか?」
少し潤んだ目で見つめられると駄目だなんて言えるわけが無い。
(コリンってば、どうすればみんながお願いを聞いてくれるかわかってやっているみたいよね)
多少コリンの未来が不安になるが、いずれ侯爵家を背負って立つのだから人の心を掌握する術を持つのは悪い事ではないだろう。
「私はコリンが側にいてくれるのは嬉しいわ。私が寝ている間に起きた事をお話してくれる?」
途端にコリンはパアッと顔を輝かせると「あのね、あのね」と話し始めた。
私はコリンの話を聞きながら(きっとここが「シンデレラ」のお話の世界だと思ったのは私の勘違いだわ)と考えていた。
だが、それから数日後。
王宮から王子の結婚相手を決める舞踏会を開くとの通知がやって来たのだった。