12 夢の中の出来事
舞踏会から戻るとすぐに、私は疲れが出たのかベッドに入るなり眠ってしまった。
ふと、気付くと真っ暗闇の中に私は立っていた。
(ここは?)
辺りを見回すけれど、暗闇が広がるばかりで何も見えない。
(もしかしたら、ここは夢の中なのかしら?)
私は夢遊病者ではないし、たとえ夢遊病で徘徊していたとしても、こんな暗闇の中を歩くという事はないはずだ。
そう確信すると、向こうの方に小さな明かりが見えた。
意を決してそちらに足を進めると、どんどん明かりが近付いてくる。
近付くにつれてそれが大きな鳥籠だとわかった。
スポットライトを浴びているように鳥籠が明るく照らし出されている。
(中にいるのは…人?)
鳥籠の中に入っているのは鳥ではなく人間だった。
こちらへ向かって何かを叫んでいるようだ。
「◯◯を信用してはダメ!」
「◯◯に気をつけて!」
そういう声が聞こえるけれど、肝心の「◯◯」が何なのかさっぱりわからない。
近付くにつれてその人物がローブを着た女性だとわかるけれど、どんな顔をしているのかがわからない。
ようやく顔が認識出来そうな地点まで来たところで、フッとその鳥籠が消えてしまった。
明かりだけが鳥籠があった所を照らしたままだ。
(一体何に気をつけろって言っていたのかしら?)
そう考えた所で私の意識は途切れた…。
ハッと気がついて身体を起こしたら、そこはいつもの私のベッドの中だった。
(今のはやっぱり夢だったのかしら?)
妙にスッキリしない頭を抱えながら、ベッド脇のベルを鳴らしてメイドを呼んだ。
「おはようございます、アナベル様。お湯をお持ちしてよろしいですか?」
「ええ、お願いね」
一度顔を見せたメイドが部屋を出ていき、顔を洗う為のお湯を持ってきてくれた。
前世の記憶を取り戻してからは、何となくこの行為に違和感を覚えるけれど、これがこの世界の当たり前なのだから仕方がない。
着替えを終えて食堂に向かうと、既に両親とコリンが席に着いていた。
「おはようございます。お待たせしてしまったかしら?」
「おはよう。いや、大丈夫だ」
「おはようございます、アナベルお姉様。昨日の舞踏会はいかがでしたか?」
コリンがキラキラとした目で昨日の舞踏会についての話を求めてくる。
「ええ、とても楽しかったわ。ところで、お姉様とエラはまだかしら?」
そう尋ねたところで、タイミングよくお姉様とエラが食堂に入って来た。
「おはようございます。あら、アナベルはもう来てたのね」
「おはようございます。遅くなって申し訳ありません」
ゆったりと歩いてくるお姉様に対してエラはバタバタと小走りで入ってくる。
「エラ、少しは落ち着きなさい」
お義父様に窘められて、エラは少し肩を竦めて席に着く。
朝食を取っていると、執事のサイモンが食堂の中に入って来た。
「旦那様、今しがた王宮から使いが参りました。お返事をいただきたいとの事で待っておられます」
王宮から使いという事はクリストファー王子からだろうか?
お義父様はサイモンから書簡を受け取ると、封を開いて書状に目を通す。
「ドロシー、エラ。クリストファー王子とブライアン様が午後から訪問したいと言って来ているが、どうかな?」
お義父様から問われてお姉様とエラはわかりやすく顔を綻ばせた。
「もちろん構いませんわ」
「私もです」
了承を告げるお姉様とエラにお義父様はコクリと頷いた。
王宮から訪問の打診を受けて断れるはずも無いので、一応尋ねただけに過ぎないのだろう。
「お待ちしておりますと伝えてくれ」
サイモンはお義父様の返事を伝えるべく食堂を出て行った。
「王子様がこのお屋敷にいらっしゃるの?」
昨日の舞踏会の様子を知らないコリンが驚いたように目を瞠る。
「ああ、そうだ。おもてなしの準備をしなければな」
お義父様は素早く朝食を終えると、指示を出すために食堂を出て行った。
「ドロシー、エラ。あなた達も準備にかかりますよ」
お母様に言われてお姉様とエラも慌てて朝食を終えると、三人で連れ立って食堂を出て行った。
後に残されたのは私とコリンだけだ。
「えっと…。アナベルお姉様にはお客様は来ないの?」
コリンが言いにくそうに私に尋ねる。
昨日はザカライアのせいで、誰にも声をかけられずに終わってしまったのだ。
この先、私の結婚相手は見つかるのだろうか?
(コリンに気を使わせちゃったわね)
私はコリンに優しく微笑みかけた。
「そうね。今日はコリンが私と一緒に遊んでくれるかしら?」
「僕で良かったら喜んで! ねぇ、何して遊ぶの?」
「そうねぇ。何をしようかしら?」
コリンの嬉しそうな笑顔に私は満足そうに頷いた。
(まさか、気をつける相手がコリンじゃないわよね…)
今朝見た夢を思い出したが、私はすぐにその考えを一掃した。