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1 発覚

 それは私が十八歳の誕生日を迎える直前の事だった。


 これまで病気らしい病気をした事のなかった私は突然高熱を出し、三日三晩生死の境を彷徨っていた。


 意識が朦朧としている中、私はとある会社に社畜として働きづめだったという夢を見ていた。


 朝から晩までこき使われ、挙句の果てには過労で命を落としてしまっていた。


(なんて酷い人生だったんだろう。神様。次に生まれ変わった時は、こんな苦労はないようにしてください) 


 過労で死ぬ間際の私はそんな事を祈っていた。


 そしてー。


 高熱から解放されて目を開けた私は、この世界が「シンデレラ」のお話の世界である事を思い出した。


(この世界が「シンデレラ」のお話の世界? …そんなはずは…)


 ベッドから身体を起こした私は信じられない事実に驚いていた。


 もし、そうであれば…。


 そこへカチャリと扉が開いてピョコンと小さな顔が覗いた。


「…お姉様?」


 その顔は私がベッドに起き上がっているのを見て取ると、廊下の向こうに向かって大声を張り上げた。


「お父様、お母様、お姉様達! アナベルお姉様が目を覚ましましたー!」


 その声を聞きつけてドタドタと足音が近付いてくる。


(普段は走ってはいけないと叱るくせに…)


 内心でツッコミを入れていると、足音の主達が次々と部屋になだれ込んできた。


「アナベル、大丈夫か!?」


「アナベル、気が付いて良かったわ」


「まったく、あなたが寝込むなんて青天の霹靂ね」


「アナベルお姉様、元気になって良かったわ」


「アナベルお姉様。僕、いっぱいお祈りしたんだよ」


 義父、母、姉のドロシー、義妹のエラ。


 そして母の再婚後に生まれた弟のコリンが矢継ぎ早に私に声をかけてくる。


(…本当にこの世界は「シンデレラ」のお話の世界なのかしら!?) 


 原作とはかけ離れた現実に私は首を傾げざるを得なかった。






 私と姉のドロシーはとある伯爵家の娘として生まれた。


 しかし、姉が十歳、私が九歳になる年に父親である伯爵が病気で他界した。


 本来ならば母親か私達姉妹のどちらかが女伯爵として跡を継ぐはずだったのだが、父親の弟である叔父に跡継ぎの権利を奪われてしまった。


「今日からは私がこの屋敷を受け継ぐ事になりました。したがって義姉上達にはここから出て行っていただきます。といっても実際にここを追い出すと外聞が悪いので義姉上達には離れに住んで貰います」


 父の葬儀を終えた途端、叔父から冷たい言葉が告げられた。


 既に実家と疎遠になっていた母は仕方なく叔父の決定を受け入れた。


 離れに住まわせて貰ってはいたけれど、使用人を付けて貰えず家の中の事はすべて自分達でしなければならなかった。


 掃除や洗濯など今までした事が無かったので慣れるまで苦労した。


 食事だけは母屋から運ばれたが、叔父達の食事よりも粗末な物で貧しい生活を強いられていた。


 時折、料理長や他の使用人からこっそりと食べ物をもらってはいたが、とてもお腹いっぱい食べられていたとは言えなかった。


 外出は禁じられており、屋敷の敷地内を散歩するくらいの軟禁状態が続いた。


 このままの生活が続くのかと思っていたが半年が過ぎた頃、叔父は母親に再婚話を持ちかけてきた。


「病気の妻を亡くして残された娘と二人きりになられたそうです。流石にコブ付きじゃ若い令嬢は嫌がるでしょう? その点義姉上ならばもう一人娘が増えたってどうってことはないですよね? ここは大人しく二人を連れて後妻に入ってくれませんかね?」


 何の前触れも無しに離れを訪れた叔父は母に再婚を迫ってきた。


 お願いするような言い方だったが、言葉の端々に『嫌なら出て行け』という圧力を感じられた。

 

 母親は隣に座る私達をチラリと見やるとコクリと頷いた。


「…わかりました。その話をお受けいたします」


「そうですか。流石は聡明な義姉上ですね。早速ですがすぐに荷造りをして明日には向こうに向かってください。お互い再婚同士ですから式などいりませんよね」 


 叔父は満面の笑みを浮かべるとそそくさと離れを出て行った。


 厄介払いが出来て嬉しいのだろうと思っていたが、後で先方から多額の支度金が支払われていた事を知った。


 その内の一部は私達の引っ越しに使われたが、ほとんどは叔父の懐へと入ったらしい。


 半ば叔父に追い出されるような形で私達は母親の再婚相手であるタルボット侯爵家へと向かった。

 

 数少ないドレスの中から比較的綺麗な物を選んで着替えると、侯爵家から手配された馬車に乗る。


 私は久しぶりの外出に少しばかり心を躍らせたが、沈んだ顔の母を見て気持ちを引き締めた。


 乗り心地の良い馬車に揺られるうちに、やがてタルボット侯爵邸の前に着いた。


 生まれ育った伯爵家の屋敷とは段違いに大きい屋敷に目を丸くしていると、外から馬車の扉が開かれた。


「お待ちしておりました。どうぞ足元に気を付けてお降りください」


 口髭を生やした執事に手を取られ、母と姉と私は次々に馬車から降り立った。


「トレイシー、よく来てくれたね」


「! …ボブ!?」 


 母の名を呼ぶ男性と、その男性の名前を呼ぶ母に私はびっくりした。


 その男性、ボブの横には私より年下だと思われる女の子がじっとこちらを見ていた。


「おや? 僕が再婚相手とは知らなかったのかい?」


「ええ、何も聞いていなかったわ。ただ再婚してくれとしか…」


 戸惑っている母の手を取るとボブはその手の荒れ具合に眉をひそめた。


「新しい伯爵が義理の姉家族を虐げていると噂されていたが本当だったんだね。トレイシーが望むなら彼に報復してもいいんだけど?」


 ボブに提案されて母は即座に首を振った。


「それは止めて。こうしてあの家を出られただけでも嬉しいわ。ましてや再婚相手がボブだなんて…」


 二人の会話を聞きながら私と姉はこっそりと囁きあった。


(もしかして二人は元恋人同士?)


(そうかもね。少なくともあの叔父さんよりは優しそうな人だわ)


 女の子もキラキラとした目で私達を見ている事から、歓迎されているのがうかがえた。


 こうして私達はタルボット侯爵家へと迎えられた。

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