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第1話 社畜、彷徨い転生する

 ―男は絶望していた。男の名は田中慎二―


 妹の病気の手術費のため、大学進学を諦めて中小広告代理店に高卒入社して20年。

 苦労が報われることはなかった。


 三十八歳、独身社畜で結婚はとうに諦めていた。

 進学せずに家族のために働いたというのに、両親やあまつさえ結婚、出産した妹からは感謝どころか、ここ十年いないもののように扱われ、連絡さえろくに取れなかった。


 社内ではブラック労働にもずっと耐えてきたが、大卒の後輩が課長となり、後輩上司のイビリが三十八の心を砕いてしまった。

 仕事終わり、気がつけば車は帰宅経路ではなく、行ったこともない自殺名所の樹海へと走らせていた。


「ふう、もういいよな。終わらせても」


 力のない独り言を呟きながら、霧が出ている森の入口まで来ていた。

 何も計画的に来たわけではない。衝動に駆られ、ロープも練炭も用意せずにきたが、死にたいというより解放されたくて来たのだ。


 元は神隠しの逸話のある心霊スポットから自殺の名所になったらしく、濃い霧の幻想的な中、どうにも歩きたい気分になった。


 都会の喧騒の中で足早に歩くのとは違う、目的意識のないふらついた足取りは、それでいて今までのそれより軽かった。

 森の入口から緩やかに丘になっていて、足場が悪いが構わず入っていく。


「暗くて何も見えなくなってきたな。霧が出てるのはかろうじてわかるけど、このままじゃどこかで足を踏み外すな」


 それでいい、最後は獣の餌か、土に還るか。

 楽には死ねないだろうが、まだ恐怖心はわかず、むしろ愉快な気分だった。

 こんな終わり方では苦しくて後悔することは目に見えていたが、そんな未来の自分の苦しみさえ俺にはふさわしいと、皮肉な笑みがこぼれた。


 どれだけ歩いただろう。なぜだか足を踏み外すこともなく夜道を歩いていると、少し霧が視覚化してきて驚く。

 目が慣れてきたか、どこかに光源でもあるのかと思案しながら歩くと遂に右足は地面につかず、前のめりに転げ落ちた。


「あぁ、がぁっっ……」 


 声にならない嗚咽が漏れる。急激な死への確信からやっとこさ、遅れて恐怖心が湧き上がった。


「馬鹿か俺は、こんなの後悔するにっ、、」


 俺はいったい何に後悔しているのか、こんな自ら拷問のような楽に死ねない最後を選んだことか、それとも…… 。


「多すぎてわからねーな」


 乾いた声で愚痴るのは、幸か不幸か僅かな窪み程度だったらしく、すぐに落下は止まり、体にも大した痛みはなかったからである。

 とはいえ、恐怖心で竦み立ち上がることさえできなかった。


 仕方ないので土の匂いを嗅ぎながら、このまま夜明けまで息を殺して待つことにした。


 朝日が霧でボカされて辺りを照らし出す。俺はノソノソと立ち上がった。

 虚ろな自殺願望は昨夜の踏み外しだけでどこかに消えてしまった。覚悟もない行動故に、これからにシワ寄せがくることに苦笑いが出る。


 取り敢えずは明るいうちに昨夜の来た道を戻るかなんて辺りを見渡すと、霧が晴れた向こう側に奇妙な街が見えていた。

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