第二話 二人の関係は?
「まさかこんなにおしゃれな所でバイトしてるとはな」
そう言って須藤は笑うと、おしぼりをカウンターに置いた。暑さはまだ厳しい八月下旬の土曜日のことだ。昼過ぎの日差しにより外は燃えるような暑さだった。須藤は顔を顰めながら「本当に暑いなあ」と言って水を一気に飲み干した。服の襟元をばたつかせながら「とりあえずアイスコーヒーを頼むよ。あとアイスも」と注文した。
「お前ってカフェとか行くんだな。それも一人で。初めて知ったよ。よく行くのか?」
俺は手早くアイスコーヒーを用意すると、須藤に渡しながら尋ねた。
「全然行かないよ。でもさ、こんなに暑いと家に着くまでに熱中症でぶっ倒れそうだろ?今日もバイトでこき使われたしさ。もう倒れそうなんだよ。だからどこかで涼みたいなって思ったら偶然看板を見かけたんだ。期間限定のアイスがあるって見て食べたくなってな。それでだよ」
須藤はアイスクリームを受け取りながら答えた。須藤は高校に入学してから親戚が経営する和菓子屋でアルバイトをしている。M市でも有名な老舗の和菓子屋だ。店が市民ホールの近くにあることから、そこで開かれる催し事によくお茶菓子を提供しているらしい。今朝も毎週土曜日にホールで開かれる茶道サークルのお茶会に配達へ行ったらしい。こんなに暑いのにお茶会ってどう言うことだよ、と須藤は毒づきながらアイスクリームを食べていた。
「あのお客さんって砂川くんのお友達?」
「そうだよ。須藤友也っていうんだ。クラスメイトだよ」
声をかけてきたのは佐竹ももだ。大きな瞳が印象的な少女だ。バイトの同僚で同い年の高校一年生だ。彼女はM市内にあるミッション系の私立女子校であるS女学院に通うお嬢様なのだが、人懐っこい性格をしている。初めて会った時、物おじせずに話しかけてきた。上背があり目つきも悪い為、同年代の女子に避けられがちな俺からすれば驚くべきことだった。それにこの前の常連客についての一件でより仲良くなれた気がする。
佐竹は「お友達なんだね。挨拶しておかないと」と言って須藤に声をかけていた。突然声をかけられた須藤は驚いていたが、すぐに挨拶をしていた。
今日は訪れる客が多かった。須藤のように涼しいところを求めているのだろう。冷たい飲み物やアイスクリームを頼んでいた。須藤は三十分ほど店にいたが、親から連絡があったらしく、帰って行った。その後も涼を求める客が相次いでやってきた。
忙しい時間が過ぎて、時計は十七時半を指していた。十六時半頃まで客で賑わっていたが、今はもう店内に客はいなくなっていた。もうすぐ夕食の時間の為、家に帰っているのだろう。すると店の扉が開き一人の男性が現れた。その男性は長い髪を後頭部の低い位置で団子にまとめていた。金縁に丸いグレー系のレンズのサングラスを掛け、幾何学模様の開襟シャツを着ていた。
「やあ、悟くん。お疲れ様。店長は裏にいるかい?」
「オーナー、お疲れ様です。裏にいますよ」
了解、と言ってその男性はバックヤードに入った。この男性はこの店のオーナーの吉田慎太郎だ。店長の三田村茂とは大学時代からの付き合いらしい。三田村がバイトしていたカフェの常連客の一人が吉田だったそうだ。お互いコーヒーが好きと言う点で意気投合したらしい。仲良くなった二人は次第に自分達の店を持ちたいと思うようになった。そのため、吉田は経営の勉強を始め、三田村はコーヒーについてより学び、有名店で修行をした。そうしてついに二人はこの店をオープンした。また吉田は経営の才能に恵まれていたようで、この店以外にもカフェの経営を手掛けている。
今日吉田が店を訪ねたのは、秋の新メニューについて話があるそうだ。バイトくんにはまだ秘密だけどね、と白い歯を見せながら吉田は言った。店長の指示で今日は早く店を閉めた。
「今日は早く終わったね。ラッキーだ」
店を出た時、佐竹はそう言って笑顔を見せた。俺はそうだな、と返事をした。確かに早く帰れて嬉しい。でもどこか寂しいような名残惜しいような、そんな気持ちになった。
翌日もバイトがあった。この日は佐竹は休みだった。先輩の飯山里穂と閉店まで一緒だった。彼女は隣の市にあるK大学の二年生で、一年の頃からこの店でバイトをしている背が高く、凛とした顔立ちをした女性だ。一件近寄りがたいように見せるが、おしゃべりが好きでシフトが同じになると彼女の話をずっと聞くことになる。今日は雨が降っていた為、客足はまばらだった。暇になりそうだな、と心配していたが、飯山の話し相手になることでその心配は解消された。彼女はある男友達の話をした。その男友達は同級生の女性のことが好きだそうだ。二人は同じサークルに所属しており、仲も良いらしい。しかしその女性は学内でも有名な美女で、所謂高嶺の花なのだ。その為一歩踏み出せずにいるらしい。
「こういうのってゴリ押しすると案外上手くいったりするんだよね」
ふうっと息を吐きながら飯山は呟いた。そういうものなんですか、と飯山に尋ねると「そういうものだよ。案外両思いだったりしてね」とニヤリと笑った。その後も彼女の話は止まることなく続き、あっという間にバイトの時間過ぎていった。
須藤から呼び出され近所のショッピングモールへ行ったのはその次の日の午後のことだった。夏休みの宿題をやろうとのことだ。自転車に乗り、急いでショッピングモールに向かった。今日は朝から雨が降ったり止んだりしており、いつもより涼しかった。須藤は一階の駐輪場で待っていた。
「急に誘って悪いな。それで、宿題はどこまで終わった?」
「全くもって終わっていない。何で学校はこんなに馬鹿げた量の宿題を出すんだろうな」
「そうだよな。貴重な夏休みにこんなことさせるなんてやってられないよな。お前にいいことを教えてやる。もうすでに宿題を終わらせた奴がいるんだが、そいつから宿題の問題集を借りてきた。写すぞ」
「それは本当か? ありがたいな。しかしもう宿題を終わらせている奴なんているんだな」
「隣のクラスのやつだよ。お前も顔は知っているはず。まあ、早速やってしまおう」
俺たちはショッピングモールの二階にあるフードコートへ向かうことにした。エスカレーターで二階へ上がると。後ろから声を掛けられた。
「やっぱり砂川くんじゃん。奇遇だね」
「佐竹さん? どうしたの?」
振り返ると佐竹が大きな目を丸くしていた。佐竹は隣にいる須藤にもこんにちは、と挨拶をしていた。彼女はカーキ色のシャツワンピースを着ていた。佐竹の隣には一人の女子がいた。その女子は長い黒髪と切長の瞳をした涼しげな顔立ちをしていた。丈の長い白いノースリーブのカットソーとスキニーパンツを身につけていた。背が高くモデルの様に見えた。見ず知らずの男子と親しげに話をする佐竹のことを不思議そうに眺めていた。彼女の視線に気づいた佐竹は紹介するね、と言って隣にいる女子を手で指し示した。
「この子は学校の友達の榊原澪ちゃん。クラスメイトなの。」
紹介された榊原はにこりと微笑むと軽く頭を下げてよろしくお願いします、と言った。そして佐竹は俺の近くに寄り、榊原に紹介した。
「この人はバイト先の同僚の砂川悟くん。同い年だよ」
初めまして、と榊原は言った。俺は隣にいる須藤のことを榊原に紹介した。須藤はどうも、と呟いた。その声は少し震えていた。佐竹は俺や榊原に矢継ぎ早に話をした。話す内容は、今日このショッピングモールにいる理由や、まさか俺とこんなところで会えるとは思ってなかったことだ。とにかく話題が次々と入れ替わり、着いていくのがやっとだった。すると佐竹はそうだ、と手を叩いた。
「フードコートの方行くんだよね。それならせっかくだし、みんなで行こうよ」
それまでずっと黙っていた須藤があのさ、と声を上げた。
「悪いけど、俺はやめておくよ。夏休みの宿題をする為にここに来たし。悟もそれでいいよな?」
須藤の方を見ると困ったような表情を浮かべていた。落ち着かないようで、貧乏ゆすりをしている。明らかに様子がおかしい。須藤に同意した方が良い気がした。
「俺もそうするよ。宿題が本当にやばいし」
須藤を一瞥すると安堵の表情を浮かべていた。
「そうなの。残念」
佐竹は不服そうな顔をしたが、仕方ないね、と言い、榊原とフードコートにあるミックスジュース店に行こうと話をしていた。須藤の方を見ると何かを考えているようだ。時折「なるほどなあ」と唸るように呟いていた。
フードコートへ向かう佐竹達に挨拶をして別れた。別れ際、榊原が足を止めてこちらを振り向いた。須藤さん、と声をかけた。そしてニコリと笑顔を浮かべるとこう言った。
「今日は大丈夫そうですね」
「お前のことだからてっきり誘いに乗るものだと思ってたよ。それにしても大丈夫そうって何かあったのか?」
ショッピングモールの一階にあるチェーンのカフェで俺は須藤に尋ねた。須藤は宿題を写していたが、顔を上げて俺を一瞥するとすぐに元に戻して言った。
「知らないよ。それより早く宿題をやってしまおうぜ。時間もないしさ」
須藤はテーブルの上にある宿題の問題集を指で叩いた。さっきの出来事は話題に出すな、と言っているようだった。
二人で黙々と宿題を写す作業を続けていた。没頭しているうちに先ほどの須藤の落ち着きのない様子のことを忘れていた。須藤の言う通り、時間があまりないのだ。須藤の話では借りていられるのは今日を含めて三日間とのことらしい。とにかく作業を先へ進めなければならない。幸いバイトも明後日までシフトが入っていない。そのため、明日と明後日もこのショッピングモールに集まって宿題を写す作業をすることを約束した。その後、店員に白い目で見られながら暗くなるまで宿題を写し続けた。
流石に店に居辛くなったので解散することにした。須藤と別れて自転車で家路に着いた。ふと、今日のことを思い返した。こうしてバイトとは関係ない場所で佐竹に会えるとは思っていなかった。できれば一緒に行きたかったな、と思う自分に気づき思わず苦笑した。
次の日もその次の日も須藤とショッピングモールのフードコートで宿題を写す作業を続けた。ふと気になり、佐竹達と偶然会った日のことを聞いてみたが、須藤ははぐらかした。またその時が来たら話すよ、と言ってそれ以上話題にすることはなかった。
宿題を写し続けた三日間が終わった。バイトへ行くと、佐竹と同じシフトだった。バイトの合間に佐竹が声をかけてきた。
「今日この後予定ある? もし空いてるならちょっと話したいことがあるんだ」
「全然空いてるよ。話したいことってもしかしてこの前のこと?」
「そう! 須藤くんの様子が変だなって思ったの。砂川くんは何か聞いた?」
「全くもって何も聞いてないよ。昨日まで毎日友也とは会ってたけど、須藤からその話題が出ること一度もはなかった。俺が一度だけ話題に出したけど、はぐらかされたよ。あの話をしてほしくなさそうな顔してた」
「そうなんだ。大丈夫かな。何かあったのかな」
佐竹と話をしていると、扉が開きカップルがやってきた。付き合い始めて間もないのだろうか。二人の距離感にぎこちなさがある。佐竹が水を用意して、注文を取りに行った。
十八時になり、バイトが終わった。以前と同じように駐輪場で佐竹を待っていた。ごめんね、と言って佐竹が小走りでやってきた。着替えた佐竹は白いレース襟のブラウスにギンガムチェックのスカートを身につけていた。「行こっか」と言って佐竹と共にドーナツ店へ向かった。
ドーナツ店に入り、佐竹はアイスティーを、俺はアイスコーヒーを頼んだ。席を探したが、テーブルは全て埋まっていた。そのため、壁付けのカウンターテーブルに並んで座った。俺の右隣に座った佐竹はアイスティーを一口飲むと、早速本題へ入っていった。
「あの二人ってもしかして昔からの知り合いだったりするのかな。例えば幼馴染とか。それで久しぶりに会って驚いたって感じかな」
「それは有り得そうだな。でもその程度の関係ならばあんなことはならないだろう。むしろ久しぶりに会えて喜ぶはずだ。幼馴染なら紹介するんじゃないかな」
「それもそうだね。でも久しぶりに会ってしまったからこそ、動揺してしまったって考えられない? 例えば二人は幼馴染だったけど、須藤くんが原因で喧嘩別れをしてしまったの。それで謝ることもできないまま離れ離れになってしまった。それから数年経ったある日、偶然再会をしたみたいな。どうかな?」
「喧嘩別れをした、というのはありそうだ。でも、須藤はM市生まれM市育ちなんだ。転校や引っ越しをしたことはないと言っていた。もし榊原さんがそういう経験をしているならその考えはあってると思うけど」
「澪ちゃんもずっとM市に住んでるはず。これもハズレだね。」
佐竹の考えは大きく外れていないと思う。あの二人は知り合いなのだ。それも顔見知り程度ではないだろう。佐竹の言う通り幼馴染なのかもしれない。
あの日の会話を思い返していると、あることに引っかかった。
「なあ。なんで榊原さんは『今日は大丈夫そう』って言ったんだ?」
「それは……。なんでだろう」
「『今日は』って言い方をする時って昨日や一昨日とか、とにかく最近何かあった時だよな。何年も前から会っていない人間に対してはそんな言い回しをすることは無いはずだ。つまり須藤が『大丈夫そう』ではない日が最近あった。その日に榊原さんと会っていた。ということは、榊原さんと友也は最近顔を合わせていることになる。それも何回もだ。少なくとも二回以上は会っている。そうでないとそんな声をかけることはない」
「そうだね。となると、こうなるね。二人は幼馴染かどうかはわからないけど、とにかく近しい関係にある。時々何かの理由で会っている。それで最近『大丈夫ではない』何かが須藤くんにあった。そのことを澪ちゃんは覚えていた。須藤くんと偶然会ったあの日についそのことについて尋ねてしまった。こんな感じになるのかな」
佐竹は考えをまとめるようにゆっくりと話した。俺は同意の意を込めて頷いた。
その後もうすぐ始まる学校のことを話し始めた。にこやかに話す佐竹の顔を見て、これからも佐竹とこのような時間を過ごしたいと思った。
夏休みも残り一週間を切った。俺は宿題を終わらせることを諦めて、提出期限をどうすれば延ばしてもらえるかについて考えていた。すると須藤から電話がかかってきた。
「どうしたんだ? もしかしてまた宿題貸してくれるのか?」
「いや違う。お前に話しておかないといけないことがあってな。都合は大丈夫か」
そう言って須藤はあの日と同じショッピングモールに来るように言った。俺はきっと榊原との件だ、と思った。幸い今日はバイトは休みだ。すぐに自転車に乗ってショッピングモールへ向かった。
ショッピングモールに着くと、須藤が待っていた。そして行こうか、と言って歩き出した。須藤と二階のフードコートに向かった。テーブルに着くと、須藤はふうっと息を吐くと話を始めた。
「この前のことなんだけどさ。様子がおかしかったよな、俺。何であんなことになったのか、ちゃんと説明しておこうと思うんだ」
須藤は深呼吸をした。
「実は榊原さんの顔だけは前から知っていたんだ。俺が高校に入学した時から。一から説明するから聞いていてくれ。まず、前提の話なんだけど、榊原さんのお母さんが茶道の先生しているんだ。家で教室を開いているし、市の茶道サークルにも先生として参加してる。そこでのお茶菓子にうちの店のものを選んでくれてる。それでうちの店にお母さんとよく買いに来てるんだ。それに榊原さんは市の茶道サークルの方にも時々参加している。だから店番してる時とかお茶会へ配達に行った時によく顔を合わせてた」
ここまで話すと須藤は一呼吸置いた。そして意を決した様に口を開いた。
「それでさ、ずっと気になってたんだよ、榊原さんのこと。名前も知らないのにさ。そしたらこの前突然名前やどんな人なのかを知ったわけ。突然のことだから困ってしまった。それで佐竹さんの誘いを断ったんだよ」
須藤の話を聞いて、合点がいった。
「だからあんなに落ち着かない様子だったのか」
「そうなんだ。すまなかった。まさかあの子とこんなところで会うとは思わなくてさ。 驚いてしまった」
そうか、と俺は呟いた。ふと以前の須藤の言動を思い出していた。須藤は他人の恋愛沙汰には嬉々として食い付くが、自分のこととなると言葉を濁し、有耶無耶にしていた。その理由がわかった。名前すら知らない女子に恋をしていたからなのだ。しかも相手は高嶺の花のような女子だ。あまり人に話せるようなことではないと思ったのだろう。なかなか可愛いところがあるじゃないか、と思っていると顔に出ていたようだ。須藤が「何ニヤついてんだよ」と咎めてきた。
「すまん。意外と可愛いところあるな、と思ってな」
「やめてくれよ」
「それでさ、何で今日話そうって思ったんだ?」
「実はさ、今度一緒に出かけることになったんだ、榊原さんと。あの後店に来たんだ。それでもうこれはチャンスなんだ、と思って連絡先を聞いたんだ。そこからはもう勢いだよ。ゴリ押しすると案外上手くいったりするもんだな」
須藤は照れ臭そうにそう話した。
「それは本当か。びっくりだ」
「俺も驚いたよ。向こうはどう思っているのかな。良い人だって思ってくれてたらいいなあ」
俺たちは須藤のデートについて話をした。最近できたアイスクリームの店に行く予定らしい。嬉しそうな顔をして話す須藤のことが羨ましかった。
須藤と別れ、家路に着いた時、ある疑問が解消されていないことに気づいた。須藤が焦っていた理由はわかった。では、榊原はなぜ「今日は大丈夫そうですね」と言ったのだろうか。
次の日の正午頃、佐竹から急に連絡があった。話をしたいことがある為、ショッピングモールに来てほしいとのことだ。俺は急いで準備をすると、ショッピングモールへ向かった。
佐竹と合流すると、昨日と同じようにフードコートへ向かった。佐竹は早く話をしたいという様子だった。恐らく榊原から話を聞いたのだろう。前を歩く佐竹のポニーテールが大きく揺れていた。
フードコートのテーブルで向かい合うように座ると、佐竹が口を開いた。
「砂川くん。私ね、澪ちゃんから色々聞いたよ。須藤くんと出かけるんだって。知ってた?」
「ああ、昨日友也から直接聞いたよ」
「そうなんだ。どこまで知ってるの?」
「二人で今度出かけるって話まで聞いてるよ、アイスの店に行くんだってな。それと、あの日友也の様子がおかしかった理由は聞いたよ」
「そうなんだ。どんな理由なの?」
「それはな。須藤は高校に入学してから親戚の和菓子屋でバイトをしてた。その店のお客さんである榊原さんのことが名前も知らないけど気になっていた。そんなある日その思い人である榊原さんと突然出会った。しかも名前も知ってしまって驚いた。だからあの日困ってしまった。だから落ち着かなくて、あんなに様子がおかしくなってしまった、ということらしい」
なるほどね、と佐竹は呟いた。そして今度は自分が榊原から聞いた話をした。
「澪ちゃん、も高校に入学した頃から須藤くんのこと知ってたんだって。よくお母さんと行く和菓子屋さんがあるんだけどね。四月頃に店へ行くと同い年くらいの店員さんがいたの。その人が須藤くんだね。澪ちゃん、お母さんが先生しているから市の茶道サークルにも行くらしいけど、そこでも須藤くんを見かけたの。それで名前もわからないけど、感じの良い人だなって気になってたみたい」
「向こうもそう思っていたのか?」
「そうだよ。澪ちゃん、すごく須藤くんのこと好いてるみたい。あの日『今日は大丈夫そうですね』って言ってたでしょ。あれも須藤くんのこと心配して言ったんだって。前に須藤くんが配達に来てくれた時があったの。その時の須藤くん、汗だくでしんどそうだったらしいの。熱中症になるんじゃないかって。こんなに毎日暑かったもんね。会う度に心配に思ってたんだって。でも、ばったり会ったあの日は涼しかったでしょ。須藤くんを見ても汗だくって訳でもなかったから、つい大丈夫そうって言ったんだって」
「なるほど、そうだったのか」
これであの時の須藤の様子がおかしかったこと、榊原の謎の呟きの理由がわかった。佐竹もこれで解決だね、と言った。
「何だかスッキリしたらお腹空いちゃった。何か食べようよ」
そう言って佐竹は席を立ち、アイスククリーム店の方へ向かおうとした。振り返って俺の方を見ると「一緒に行こ?」と言った。
二人でアイスクリームを食べた後、ショッピングモールを歩いて回った。佐竹はご機嫌そうに見えた。夕方になり解散することになった。佐竹は歩いて帰るらしい。またね、と手を振る彼女を見送った時、ふとこれはデートではないか、と思った。そして俺は飯山が以前言っていたことを思い出していた。
「案外両思いだったりしてね」
読んで頂きありがとうございました。