LV77 交渉
俺は戦っている。
大陸育ちのこの女と、日々、自分自身の存在をかけて戦っている。
この国では毎日が交渉だ。
それはどんな小さなものでもお互いのアイデンティティをぶつけあって勝ちに行く、それほどの意味を持ち、この国で生きていくために、自己を失わない為に、必要な儀式である。
決して、”優しい”などと言う呪文では、終わらせられない。決して……
「あんた、どこにそんな荷物隠し持ってたんだ!」
俺が会社から帰ってきた18時半過ぎ、17階の自分の部屋の内開きの鉄製ドアを開けると、12畳程度のリビングになっているそこには、おびただしい段ボールと衣服が散乱して足の踏み場もないと言ったありふれた表現がよく似合う状況の中、部屋と段ボールの真ん中にあるテーブルと椅子にミニスカから伸びるスラっとした足を組んで、お気に入りのカフェオレだがなんだか知らない、コジャレタものを飲みながら、遠く窓の外を見て、夕闇迫るこの大陸で、ため息をついて黄昏れている女に俺は思わず、そんな言葉を投げかけた。
「え? 隠してなんかないわよ」
想定通りの答えを返してきた。
そう、まずは否定から、事実の隠蔽から入ってくることぐらい、こっちも、とうに想定済だ。
「いつも会うたびに違う服を着て俺のとこに来ていたから、あんたのあの狭い部屋でどこに置いていたか不思議には思っていたけど、やっぱりどっかに隠し持っていたんだな!」
「だから、隠してなんか無いって、旦那ちゃんが聞かなかっただけでしょ? ね?」
む、確かにそうだ、少し肩をすぼめ、何言ってんだかと言った風情の初音さんは、夕暮れ時の黄昏の風景が見える窓からゆっくりと俺の方に視線を移し、愛用のくまさんイラスト柄の可愛いコーヒーカップを右手に持ち、俺を見据えている。
「で? この状況は?」
段ボールが20個程、いくつか空いた段ボールから飛び出し散乱しまくる衣服たち……聞かなくてもわかっている。こいつの事だ、はなっから自分でやる気など持ち合わせていないのだろう。
俺にやらせるつもりだろう!
「昼過ぎにね、オーナーから呼び出し受けて、引っ越したんなら、荷物引き取れって言われちゃって、ここまで持ってきたら、もう、力尽きて旦那ちゃんにやってもらえばいいかって、カフェオレ飲んでお帰りをお待ちしていたところよ。だって40往復よ。信じられる?」
段ボールが20個で40往復って、お前、もうこの時点で盛ってるってバレバレだぞ。それにお前の服装、水色のノースリーブに黄色のカーデガンを羽織り、赤いフレアミニスカで高いヒール履いていやがる。どう考えたって段ボール持って40往復もするわけないよな。どうせ、子分どもでも使ってやらせたに違いない。
何かにご立腹な初音さんがくまちゃん柄から茶色の液体を飲んで俺に視線を向けている。どうも、この荷物たちは、お店の倉庫とオーナーの部屋に置いてあったらしい。オーナーはこの四つ子タワーの別タワーに住んでいる女性だ。
やっぱりあんたやらせるつもりだったな……なんで片付けシステムに俺を組込んでるんだ? 片付けできねえんなら全部捨てろよ!
「ここまで来たら、のこり5mだろ? 頑張りなよ」
初音さんは二部屋あるうちの8畳ほどの小さい方の部屋を不法占拠している。丁度、この段ボールが散乱する部屋を中心に対面にドアがあって、初音さんの巣は東側、俺の大きい主寝室は12畳ほどの西側、どちらも北向きに窓が開いている。亜熱帯のこの街ならではの向きだ。ちなみに、南側に玄関、入ってすぐ衣類の散乱するリビングと続きでダイニングキッチン。合わせれば20畳くらいか。リビングの北側にはベランダがあるが17階の吹きっさらし、地上40m以上で階下を覗けるとか、何の肝試しだという塩梅で、実際、猛虎さんからは、ベランダに出てベランダごと落ちても会社は責任取らねえぞ。と、脅しが入っている。
落ちるんだ……ベランダ……否定は出来ないが。
で、だ……
「ご飯食べれねえだろ、手伝うから早く終わらそうよ」
「あ~もう~、む~り~、私の部屋狭いからここに置いていい?」
良いわきゃないだろう。そうやって、ドンドン俺の領域を侵食してくる気だな。まさに母屋取られそうな状況だ。
コーヒーを啜りながらやる気ないアピールを必死にしてくる背中までのうす茶色で少しピンクがかったカラーに髪の色を最近チェンジした目鼻立ちの整った胸以外はほっそりした美人に俺はため息をついて、無言で段ボールを移動し始める。……半分だ……それ以上はやらん。
冬物、冬物、冬物……捨てたろか!
段ボール3つでキレた。
「怖い、怖い~い。怖いよぅ、旦那ちゃんそんなに怒んないで、ね? 終わったらご飯食べに行こ! おごるからさ」
こいつ……ヘラヘラしながら嬉しそうに俺を見ている。何だかんだ言ってもやってやる俺が悪いのか?
そもそも、俺が怒ろうと何しようと全然っ無駄だ。怖いものが無いんだから、血圧上がって早死にしないように俺は生きていく、そう決めている。冷静に、冷静に俺。
「分かった! 俺は3つ運んだ、残り2つ運ぶ、あとは初音さんやって」
「え~……じゃ、12個、運んで。ね」
交渉に乗ってきた。俺の落としどころは10:10だ。その為に3個運んだ時点でキレて交渉のテーブルに着かせた。薄ら笑顔のあいつは俺に0:20の条件を提示するに違いないと俺は踏んでいる。何せ、この大陸で育った野生のこの国人なのだから、所詮は決まった値段で黙々と買い続けて、店の値段の90%OFFを狙う様な事をしたことがない温室育ちの俺が敵うとは思っていないが、贖わなければダメなのだ。ここでは。
「嫌だ、絶対に5個だ」
まずはゴネル。
「じゃあ……夜、マッサージしてあげる。ね?」
え?予想外の抱き合わせだ。……どうしよう……こいつあんまり得意な物ないけどマッサージ上手で……え~迷う。
「しょうがねえな、それで良いよ」
「あ、やっぱり、15」
乗っかるのが早かったか、目を輝かせて早速ゴールを動かしてきた。くそ!痛恨のミス。快楽に目がくらんでしまった。
「ダメだ、12」
「え? でも、よく考えたら、ご飯おごって、夜マッサージして……私、全般損してない?」
早速、いろんなものを混ぜ込んで本筋を見えにくくしてきた。
「全部、初音さんの荷物だろ。損ってどういうことだ」
「だ~って~、お願いしてやってもらうとなんか、それで愛情とか感じない?」
感じない感じない。やらせたいだけだろ?
なんだこいつ、顔赤くして俺を見ている。
「なに赤くなってんの?」
「え~……ちょっと……恥ずかしくて言えない」
じゃあ言うな。どうせエロ方面だろう。
もういいや、ほっとこ。めんどくさい、全部運んでやるか。
俺は早速、残りの段ボールを搬入した。
段ボール20個運ぶもマッサージと焼肉を引き出した。
そして、呪文を初音さんは唱えた……
「もう、やさしい!! 大好き!!」
今回の結果
段ボール20:0
マッサージ、夕ご飯(焼肉)ゲット。
俺の勝ち。




