LV69 12/31(木)-3
「初音さん。時間が無い。見てくれ」
俺は背中越しの風景を振り返り初音さんに指さして見せた。
「ちょっと、何よ。あれ」
そう、何よあれだ。俺達のいる路地から見える遠くの風景、ビルが見えている風景。ビルの窓の灯り、それにひびが入って、例えるなら、パズルのピースのようにひびが入って、それぞれが落ちている。いわば、風景が崩壊し始めているのだ。
崩壊したピースがその風景から無くなると風景は真っ黒くなり、そこには何も見えない暗闇が新しいピースのように生じている。いや、逆なんだな、はがれたピースはその暗闇を隠すためにはめ込まれていたのだ。それは遠くからやがて周囲に広がり、徐々にではあるが音もなく近づいてきている。
「その子がカメ子ちゃんだったの?」
俺の隣で佇む不安げな表情を浮かべ初音さんを見るゆるふわちゃんに視線を送った。
「違う。彼女も俺と同じ乗客だ。でも、この遡行を望んでカメに行き先を告げたのは彼女、この世界を望んだのも彼女だ。今は元の世界に戻りたいと願っている。もう、こんな事はやめたいって」
「それで? 何でこうなった?」
初音さんは周囲を見渡しパズルのピースがこぼれ落ちていく様を優雅に鑑賞しながら、俺達に説明を求めた。
「初音さん、カメは誰の指示で動いているんだ?」
「カメ?……カメは竜宮城勤務のはずだから、カメの親方かしら?」
何でそこまで行って親方になるのか……
「そうね……そう言うことね。あなた、乙姫様を見つけてヤッちゃったのね? ヒイヒイ言わせちゃったのね?」
「表現がおかしいぞ、あんた」
ヒイヒイは言わせられなかったけど。
「そうね。私が悪いのかも知れないわね。あなたの男の部分を満足させてあげていないのは理解しているわ。だから、システム化されたお金の関係でそれを処理するのであれば、私もとやかく言うつもりは無いの。見つけたら殺すけど」
殺すって、理解してねぇじゃねかよ。
「話ズレてるぞ。初音さん」
「はっ! 私としたことが、久しぶりの旦那様の前でテンションが上がっちゃたのね。爆アゲね」
何の話だよ。全体的に。
「さっき、ゆるふわちゃんはこの世界とお別れをした。もう必要ないと宣言した。だから、この世界が存在する正統性を失ったんだ」
「なるほど、それで、この世界が保てなくて、維持できなくて、ほころび始めて、胡桃流に言えば喪失し始めているのね」
片手を腰に当て、別の腕を口に当てて周囲を冷静に観察していた初音さんが、俺を優しく見つめると、
「それで? その子も連れて帰るの?」
「ああ、頼めるかな?」
「あなたっぽいわね」
笑みをみせ、ゆるふわちゃんに手招きしている。
「さぁ、時間は無さそうよ、早速、戻りましょう。二人とも、私につかまって離しちゃだめよ!」
音もなく崩れるピースは既に俺達の目前まで迫っていた。そうか、このアパートの跡地もアパートというピースが無くなったことで暗黒の部分が地面に見えていたのか。
すべてのピースの喪失が目前に迫る中、俺達は初音さんに助けられた。




