LV65 1/1(金)-2
「とにかく走って!」
初音さんのアパート跡地まで、残り300m
俺達は初音さんのアパートに繋がる路地の目の前まで来た。これなら、間に合いそうだ。
俺の前を走らせていたゆるふわちゃんが、走る速度を落とした。
「どうした? ゆるふわちゃん?」
俺は速度の落ちた、既に止まっている彼女を追い抜かし、後ろを振り返り話しかけた。
目の前の彼女の表情が険しくなり俺を見つめる。
いや、少しズレている。俺の肩越しに何かを見つけたのか。表情が一段と強張って、言った。
「あの人……あの人が私の夢の中で、“昔に戻りたいって、思ってるんなら、やってみる?” って言った人………………“自分の想い通りになるまで何回でも繰り返せるわよ。”って言った人……」
怯えている、ゆるふわちゃんの視線の先を俺は振り返って見た。
「ねえ! もう少しじゃない! なんであきらめるのよ!!」
突然、街中で怒鳴る声が暗がりの中、聞こえる。
俺の前方にはミニスカ黒服にスラっとした長身の腰まで伸びた黒髪をなびかせ、現日本食レストラン部長、美麗さんが険しい顔を見せ一歩一歩近づいてくる。
「ねぇ、途中でやめるなんてズルいじゃない。これまでどれほど私が手間かけたかわかってる? ふざけないで!!」
甲高い声で、かなぎり声で、道行く人の視線など全く気にせず、自分の意志だけを歪んだ情熱を、間違った方法でゆるふわちゃんに激しくぶつけてくる。
「もうやめるの。私、もうやめるから。返して、私を元居た世界に」
いや、私って、俺も、俺も返して、お願い。置いてかないで。
「何が不満なのよ? あんたの望むように全部揃えたのに……ふざけんじゃないわ!!」
あふれ出す怒気、狂気の表情を見せる美麗に俺は一歩後ずさりした。身体も心も……隣のゆるふわちゃんは、
「全部よ。私、昔に戻りたいって思っていたけど、こんなじゃないから! それに私が間違ってた。こんな事するんじゃなくて、もっと正面からぶつかれば良かった。きっとそれでダメでも私はあきらめることが出来たはず。こんな手を使ってあきらめるよりよっぽどマシよ!!」
気後れするどころか、更に、自分の意志を、帰りたという意思を、してしまった事への後悔を、美麗にぶつけ臆するどころか、更に一歩踏み込んでいく。
「あのね、あんたが望まないと、この世界の存在の意味が無くなるのよ。維持できなくなるのよ。元の世界に戻ってもあんた、こいつに見向きもされないわよ。だったら、このまま、行きなさいよ」
「おい! お前、何が目的なんだ。 本人が必要ないならそれでいいだろ?」
俺がゆるふわちゃんに加勢した。
「あんた、うるさいわね、あんたなんか黙ってこの世界に乗っかってればいいのよ。私はあんたに居なくなってもらえればそれでいいのよ。私はこの小娘がどうなろうと知った事では無いの。本当の目的はあなたを消す事よ」
嘘?やばい。俺?俺なの?今まで考えてもいなかった展開に恐怖感を覚える。
「ど、どういう事だ」
俺は平静を装い、ひきつる顔の筋肉に活をいれ、何とかひねり出したのがこのセリフだ。でも、もう、内心やばい、やばい、やばいしかない。
「あんたが消えると私達が得するのよ。 その為にあんたには永遠に時間の中を、誰の手からも助けようのない、この世界で彷徨ってもらわないといけないのよ」
うそ……俺にそんな価値ねぇよ。
美麗は切れ長の目を鋭く俺の方に向けると、
「わかった。じゃぁ、お終いにするわ。本人が望まないんなら、もう、出来ないもの。私が続けたくても……さようなら……あぁ、そうだ。私が居なくなれば、どのみち、この世界は、目的の時間に達しないこの世界は、崩壊が始まるのよ。このまま、この世界と一緒に消えなさい。そんな最後、あなた達にはお似合いよ」
うっすら口元に笑みをたたえて俺達に勝ち誇っている。美麗の勝利宣言なのだろう。勝ち逃げする気だ。俺にはそう受け取れた。
「おい! 随分、無責任じゃないか? 俺達を元居た世界に送り返せ!」
「はあ~? 無責任? 無責任っていうなら途中で辞めるって言うあんた達はどうなのよ。こっちがキレて当然なのよ。まあ、いいわ。忙しいのよ、私は……次の仕事があるから、さようなら、崩壊まで残り10分。最後の逢瀬を楽しむといいわ」
背を見せこちらを振り返ることなく手を振りながら、女は暗闇の中に消えていった。




