LV45 1/5(火) 天使降臨
今夜も初音さんの店の前に来て中に入ること無く、数十m離れた歩道上で店の中の様子を伺っていたが、やはり、昨日のクールビューティ美麗部長がいるだけで、初音さんの影を見る事は出来なかった。
いや?良く考えれば、いつからいないんだ?俺が最後に会ったのは1/9の夜。メッセージを送ったのがその次の朝、1/8、日にちを巻き戻した朝だ。しかし、返事はいまだにない。もしかして、この時から既にいなくなっていたのか?
そして、妹達、あの後、どこにも見かけなくなった。ホテルの部屋に戻ったら荷物ごと消えていた。まるで、そこにいなかったかのように、上の妹が引っ張って持ってきた小型のスーツケースごと、部屋中に干してあった万国旗のような奴らの色とりどりのパンツも、下の妹セレクションのお菓子倉庫も、一億度の刀身を持つ愛刀も全て無くなっていた。そう、初音さんのアパートと同じだ。全て喪失しているのだ。
帰った?いや、そんな奴らじゃない。黙って帰るような奴を心底、怒りそうだが、自分たちがそんな事をするとは思えないし、そもそも、スマホ関係のリターンがおかしい。全てそんな番号は存在していない。しか返ってこなかった物が今日になると一切音沙汰が無くなった。
俺が、初音さんの店……今は見知らぬ美麗さんが代わりにいる店の前で煌びやかな店内を見ながら途方に暮れていると、
「どうした~?」
下を俯いて、暗い顔をしていたと思う俺を、覗き込む、ゆるいフワフワの肩までのウェーブで右目の下に泣きボクロを実装する甘い声の可愛い女性がゆるっと声を掛けてきた。
俺は、なんだろう。この何も知らない。誰も知らない異国に裸一貫で文字通りではないが、全て何もないところからスタートして、徐々に知り合いが増えて、毎日、徐々に話せる言葉が増えて、話せる人が増えて、まさに顔見知りが出来て……
何も無ければこんな悲しい思いをしなかったのだろう。持たなければ無くさなかったのだろう。そんな思いに苛まれていた俺にそれでも、まだ、声を掛けてくれる人がいたことに胸が詰まった。
俺を優しく見つめる、ゆるふわちゃんを見たら、何故か泣けてきた。
「いやぁ~、どうしたぁ?」
ゆるふわちゃんが可愛い声で驚いて、細い指で俺の涙をそっと拭う。そうだろうな、急に泣いたら小娘でも、子息子でもない、いい年した男が泣いているのだから、しかも市中の歩道で。許されるなら、ゆるふわちゃんに抱き着きそうになった。抱き着かなかったけど。
「今日ね。私、休みでね。ご飯食べようと思っていたら、見かけてね。声かけたら、そしたら、急に泣くでしょう? もう、びっくりよ」
俺は近くのおしゃれさん御用達のカフェに入って、ゆるふわちゃんの任意の事情聴取に応じている。
以前にゆるふわちゃんがハンバーグセットを食べていたお店、初音さんがパンツを晒して入ってきた店だ。
「ね。私達いつもどっちか泣いているね。ふふふ」
ゆるふわちゃんの緩い会話が俺の緊張しきった、張り詰めた心をほぐす。
「何で泣いちゃったの?」
ゆるふわちゃんが恐らく聞きたかった本題に856手、外堀と内堀を埋めた後、東京から札幌に行くのに一回、那覇経由したみたいに遠回りして、随分といろんな事を関係ない話をしてようやく入ってきた。
「そう? それは不思議ね。でも、この国では良くある事なのよ。私のお店の子達もそうだもの。お店に来ないから心配になって寮に行くじゃない。そうすると、部屋が空っぽなの。もう、一切合切無くなって消えているのよ。今回もそうなんじゃないかな?」
俺の表情を見ながら会話をするゆるふわちゃんは、
「ねぇ? その人……ほんとにあなたの事好きだったの?」
俺が多分、恐らく、息をのんだ瞬間、
「新しい部長に口封じさせるなんて、お金を出せば簡単に出来るわよ。ここなら」
ゆるふわちゃん、一瞬、ちょとイメージ違うよ。いつもフワッと軽いフワフワした話し方のあなたがほんの一瞬だけ、ほんとに一瞬だけ黒く見えた。
「これから、どうする? 私、今夜は付き合うよ。飲んで忘れよう!」
軽く“オー”と片手を上げて、一人盛り上がるゆるふわちゃんに失恋話として落とし込まれた。
ゆるふわちゃんの薬にも毒にもならない話に付き合い。いい時間なので、と帰りしな、ゆるふわちゃんが、
「ねぇ? 明日も会いたい。心配なの……でも、仕事だから、お店に来れる? 手が空いたら、相手できるよ、来て……」
と言って、明日の約束をさせられ、彼女は手を振ってサヨナラをした。
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