LV0 初音さん4 土曜日
「思ったほど釣れないのね……」
今、初音さんは防波堤の上から釣り糸をたらし一言漏らした。
俺と初音さんは近くの釣り公園に来ている。何だか知らないが何処かで聞きつけてきた初音さんが今日の遊びにリクエストしてきた。
俺としてもどこに行くか??
と、ほぼ初音さんに丸投げしであった事から即、飛びついてタクシーを飛ばしてきた次第だ。
しかし、釣れないもんだ。何がいけないのか知らないが、初音さんが思わずつぶやく気持ちも理解できる。満を持して仕掛けを投げ込み爆釣の夢を見たのは、もうすでに2時間前の事だ。それから、養殖場の餌とばかりに針にかけた餌はまんまと無くなり、波の音だけが脳内で寄せては返していた。
真夏の太陽が照り付ける海辺と思われるここの直射日光。気温は37℃を安定的にたたき出している。まぁ、海風が吹いているので体感はそれから-5℃程度か、にしても突き抜けるような真っ青ではないスモッグで霞む空とあんまり青くない海、有体に言えば茶色の海、湿度100%近い蒸し暑さの中、俺達は釣りをしている。
この辺りは巨大な三角州の集合体だ。何処からが外洋でどこからが河口なのかなどはさっぱりわからず、もっと重要なことを言えば何を狙って釣りをしているのかさえわからない。
公園は砂浜から伸びた防波堤が二本あって、そこに等間隔で好きなように釣竿を出している。俺達の周囲は家族釣れと釣りが趣味であろう、おじ様たちが取り囲む。
結構な賑わいを見せる釣り人の中で、俺達は近くのレンタル釣り具屋で道具一式とこの世の者とは思えない足が数十本ついているムカデモドキを餌に今、防波堤に延々と寄せては返す波を見ながら、ぼーっとしている。
驚いたことに初音さんはこのムカデモドキを最初のうちこそ悲鳴を上げて遠巻きに小枝でつんつんしていたが、釣りたい一心からかある時を境に気合一閃、素手でつかみ針にかけ始めた。
時々、
「痛い……」
とムカデモドキにかまれながら。
凄いぞ。あんた!
竿は一本で俺と初音さんは隣り合って座っている。椅子はレンタル屋で一緒に借りた折りたたみ椅子で、それに腰かけ、ムカデモドキと格闘中と言ったところだ。
「それ!」
なんともな気合とともに何投目かは知らないが俺の教えた投げ方で仕掛けを放り込んでいる。
「ねぇ? 初音さん、魚釣ってどうするの?」
「魚を持ち込んで調理してもらうのよ。今晩の食卓を潤いのあるものにするためにここは踏ん張りどころなのよ。おわかり?」
珍しく目を輝かせて俺に返答を返してきた初音さんは、じっと竿先に集中している。
仕掛けを作ってそれ以外は、初音さんのやる気におんぶにだっこの俺はその話を聞いて以降のプランを理解した。
「初音さん、釣りとか好きなの?」
竿先から片時も目を離さない初音さんの真剣な横顔を見て、聞きたいことがあった俺は、まずは無難な質問をして初音さんの心中を探ってみた。
「そうね?好きなのかと問われれば、嫌いではないわね。水面をみて思いを馳せる。その感じが、いつもガサガサしている私の心を洗い流してくれるのよ」
なんとも突っ込みどころのない答えに、少し戸惑いながらも、それほどささくれ立ってはいなさなそうだと判断し、俺は続ける。
「どうして俺だったの? なんで俺のところに来たの? 初音さんなら、いくらでも泊めてくれる人いたでしょう?」
俺は波間に漂う何処からか流れ着いたであろう運動靴を見ながら、そのままの視線で初音さんに聞いている。
俺の根本的な疑問だった。
この人、実はこの街の日本人の間では有名なのだ。日本料理屋の接客部長で日本人と絡みもあるし、この通りの華やかな美人さんである。声の一つや二つ平気にかかっているだろうに。俺にしてみれば少々高嶺の花でもあるんだが……
「そうね……何でかしら……こういうものって説明がつかないものなのね。強いて言えば、あなた私に興味ないでしょ? でも、私は興味があった。だからかしら……もう少し言えば、鈍感そうだから……かしら、いい意味で……いえ、違うわね。大きい。ストライクゾーンが……難しいわね……」
初音さんが知っていると思われる、とても誉め言葉ではない言葉たちを紡いでいった……
毎日17時過ぎ更新です。




