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おとぼけタクシー

作者: 丸子稔

 飲み会の帰り、タクシーを拾おうと表通りまで出たが、週末のせいか、なかなか捕まえることができなかった。


 |道端にへたっているタクシーは数台いたが、できるだけ、こういうタクシーには乗らないようにしている。


 それには理由が二つあって、一つは、頑張って走っているタクシーに対して、なんかさぼっているというか、楽をしているように感じるのと、もう一つは、このようなタクシーには年配者が多いからだ。


 以前、こっちが急いでくれと頼んでいるのに、そんなのお構いなしに、マイペースで運転されたことが多々あり、正直、俺は年配の運転手にいいイメージを持っていない。


 

 そうこうしているうち、ようやく流しのタクシーを捕まえるのに成功し、車に乗り込むと、「お客さん、どちらまで?」という運転手の枯れた声が耳に入った。


 見ると、その運転手は優に七十は越えていそうなおじいさんだった。


 俺はすぐさま降りたいという衝動に駆られたが、そういう訳にもいかず、あきらめて、そのおじいさんに行き先を告げた。


「あの、○○町まで行ってもらえますか?」


「○○町ですね。了解しましたー!」


 さっきとは違うおじいさんの軽快な返事に、俺はこれなら大丈夫そうだなとひとまず安心し、眠たい目をこすりながらスマホいじりを始めた。


 

 しばらくすると、「あれっ、おかしいな」という、おじいさんのつぶやく声が耳に入り、慌てて窓の外に目を向けると、見たことのない風景が広がっていた。


「ちょっと、運転手さん! どこ走ってるんですか!」


「えーと、××町まで行こうとしたんですが、どうやら道に迷ってしまったみたいです。ははは」


「××町? 俺は○○町って言ったんですよ! しかも××町にも行けていないとはどういうことですか? ここは一体どこなんですか!」


「まあまあ。お客さん、そんなに興奮すると体に良くないですよ。今からナビで調べますので、少し落ち着いてください」


──誰のせいでこんなに興奮してると思ってるんだ。


と喉まで出掛かったが、そこは何とかこらえた。



「いやあ、年のせいか、最近目も耳も悪くなってきましてねえ。ホント、どこもかしこも悪くなってしまって、いいのは顔くらいのものですよ。わははっ!」


 険悪な空気を振り払おうとしたのか、おじいさんはつまらないジョークを飛ばしてきたが、俺はそれをガン無視し、ひたすらスマホをいじくることで、心を落ち着かせようとした。


「お客さん、気分転換にカラオケはどうですか? 実は私、カラオケの機材を車に持ち込んでいましてね」


「カラオケ? いや、俺はいいです。今、そんな気分じゃないので」


「えっ、嫌だなあ、お客さん。お客さんじゃなくて、私が歌うんですよ」


──あんたが歌うんかい!


 俺は心の中で毒づきながらも、おじいさんが歌うことを渋々承知した。


 すると、おじいさんは慣れた手つきで準備を始め、マイク片手に、細〇たかしの〈北酒場〉をノリノリで歌い上げた。


「せっかくなんで、お客さんも一曲どうですか?」と、おじいさんが誘ってきたので、それをやんわり断ると、おじいさんは妙な提案をしてきた。


「じゃあ、こうしましょう。お客さんの方が点数が高かった場合は、料金は半額でいいです。その代わり、私の方が高かったら、さっきの道に迷った件はチャラにしてもらえませんか?」


 自分勝手なおじいさんの言い分に、一瞬イラっとしたが、半額という誘い文句につい心を動かされ、俺はおじいさんの提案に乗ってやった。


 そして、十八番にしている、星〇源の〈恋〉を熱唱したが……



「いやあ、お客さん、上手でしたねえ。私はもう完全に自分の負けかと思っていましたよ。でも、なんとか逃げ切ることができました。これで、さっきの件はチャラにしてもらえますね」


 俺は僅差でおじいさんに敗れてしまった。


 まあ、勝負を受けたのは自分なんだからと割り切って、ふと窓の外に目を向けると、またしても見慣れない景色が目に飛び込んできた。


「ちょっと! どこ走ってるんですか!」


「えっ? ああ、お客さんの歌声に聞き惚れていたせいで、目的地を通り過ぎてしまいました」


「何やってるんですか! 早く引き返してくださいよ!」


「まあまあ、そう興奮せずに。また時間ができましたので、今からもう一曲歌ってもいいですか?」


 そう言うと、おじいさんは、俺が許可する前から勝手に、渡〇真知子の〈()()()〉を歌い始めた。 



 

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