大筆使いの小さな少女~これ!武器じゃないじゃん!~
8ヶ月振りの更新。
自分でも更新するんだって驚きました。
視界の暗転があけて前が見えるようになるとそこは雪国……という事もなくどこかの一室だった。けっこう大きな部屋(教室2つ分はありそう)の中心に居て私の周りには魔方陣らしきものが広がっている。
周りはいろんな武器や防具が立てかけられていて訓練場のように見えるけど、真ん中の魔方陣だけが浮いている。
「やあ、来たみたいだね。女神さまの言っていた通りだ」
不意に声をかけられてビクッとして振り向くと、自分の茶髪を後ろで一つに縛って腰に剣を携えているオジサンがいた。人当たりは良さそうだけど筋肉がモリッってしてて強そう。
「えっ?オジサン誰ですか?」
「女神さまから聞いてないかな? 君たち探検家の案内役をやっているアルカイドだ。まぁ分かりにくければチュートリアルおじさんとでも呼んでくれ」
どうやらチュートリアルを担当してくれるNPC……現地人みたい。うん、呼び方から入っていくのがゲームの基本だよね。
「君たちはこの世界に来たばかりだから、身体の動かし方や魔法の使い方も少し異なるかもしれない。だからここで少し慣れてもらおうと言うわけだ」
何も説明されずに放置されたと思ったけど、ゲーム内にチュートリアルがあるタイプかぁ……。あれ?でも案内役のカペラさんは何も言ってなかったけどな。言葉の端々にやりたくありませんって感じがあったから面倒臭かったのかも。それでいいのかナビゲートAI……。
「どうだい?ここで案内を受けていくかい?」
〈受けていく〉〈受けていかない〉〈オジサン可愛いね?〉
オジサンの話を聞いている最中に私の前には3つの選択肢が現れた。音声認識で会話が進んで行くって聞いてたけど、こういうのもあるんだ。てか3つ目……両親から受け継いだゲーマーの血が騒いで来るね!たしかテンプレが……
「オジサン可愛いね?てかどこ住み?LINEやってる?」
うん。これが私の両親が出会ったきっかけのテンプレのはずだ。その後、Discordを通じて戦友になったとか何とか。それはともかくオジサンの反応は!
「はっはっはっ!異世界の人は愉快だね。可愛いって言われたのは君でちょうど100人目だよ。それはそうと連絡先だったね。これが私の連絡先だよ」
軽快なピロン♪の音と共に私のフレンド欄にアルカイドの文字が……。現地人ともフレンドになれるんだ。と言うかオジサン……100人も相手にしてるの!?ステータス振るのに悩んでいたけど、そんなに時間たってないよね!?
「わからない事があれば連絡してくれてかまわないよ。それで訓練は受けていくかい?」
「えっあっはい!お願いします!」
流れでうなずいたけど、訓練って何をするんだろう?
そう思っていた私の前にウィンドウが現れる。
〈歩いてみよう〉
「まずは軽い運動からだね。歩いたり手を動かしたりして身体の動きを確認してみて」
私はおとなしくそれに従う。設置型VR「レティス・ワン」は歩くときに身体の動きを見て、床を移動の分だけ動かすようになってて、動かしてる間はワイヤーでバランスが崩れないように吊るしているから、歩くのにちょっとしたコツがいる。
なんて言えばいいんだろう?他の人に身体を持たれて移動されてる感じ?それをもう少し自分の力で動いているようなものかな?
腕を軽く振ってみて、手や肘、肩についているワイヤーが絡まらないことを確認する。手から肘に向かってワイヤーが伸びていて肘と肩のワイヤーは天井に繋がっている。他にも頭、背中、腰、ひざ、足から伸びているワイヤーも壁の方に繋がっている。もしも絡まったら音声コマンドで外せるようになっている安心設計だ。
その形状から自衛隊の防弾チョッキみたいなのや、ラグビーのプロテクターみたいなのを付けていて、ゴーグルの重さと合わせて 2kgもある。だから普段運動してないとけっこう辛いらしい。
「うん。よくできてるね。じゃあ次は武器を振ってみようか。君の職業は……大筆使いなんて珍しいね。これはプレゼントだから受け取ってくれ」
『初心者の大筆:なぜか初心者と名のついた大筆。書初めなどに使用できる。ステータス補正なし』
大筆使いなんだから、大筆が武器なのはわかるけど、わかるけど……コレ。
「これ!武器じゃないじゃん!!」
「うん。言いたいことはわかるけれどね。大筆使いは戦闘もこなせるから、これはキチンと武器なんだよ?ただ使い手が極端に少ないだけでね?」
「それ!売れ残り商品を売ろうとする時に「こんな使い方もできるんです!」って言って無理やり売ろうとするやつと同じ説明じゃん!」
ステータス補正ないし!「なぜか」ってなんだよ!いや落ち着けコマリ、なんかよくわからない補正で敵を一網打尽にできるかもしれない。一縷の望みをかけて聞いてみよう。
「敵をバッタバッタとなぎ倒すことは……?」
「難しい……かなぁ……」
早くも後悔して来たかも。コトちゃんごめん、早々に転職することになりそう。
私はガーンとショックを受ける音と共にorzの形を取る。
「まぁまぁ、敵をなぎ倒すことは出来ないけど、上位職に相応しい強さを持ってるよ!ともかくまずは装備して触ってみよう!」
オジサンの言う通りだね。上位職だからこそやってみようと思ったんだし。
私は自分のステータス画面から装備欄を開き、そこに『初心者の大筆』を装備した。すると画面内のアバターの背中に私の身長より大きい筆が装備されていた。たぶん1.5mくらいだと思う。
背中に手を回すと手袋が引っ張られたのか指に何かが触れた感触。そのまま手探りで大筆を手に取ると確かな反発を感じて大筆がそこにある実感が得られた。
何も持ってないのに握ってる感触や重さがあって不思議。これなら叩いた時の衝撃も凄そう!試しに床を叩いてみよう!
トスンッ
軽い音と振動がして箒で床をたたいたような感触が伝わってきた。たぶん手袋が振動してるんだろう。
「おおー!すごい!ホントに叩いてる!!」
「うんうん。気に入ってくれてたようだね。次はスキルの使い方について説明するよ。スキルにはアクティブスキルとパッシブスキルが……」
オジサンが何か言っているけど、私はこの箒に夢中だ。床をササッと掃いてみたり、箒をクルクル回してみたりと忙しい。おおーこれはこれで楽しい!学校の箒とかを回して遊んでるみたい!棒術あるしけっこう戦えるのでは……?
「…………と言うわけで【大筆使い】は主に支援系の職業なんだ。スキルの練習はしていくかな?」
「えっ?あーうんうん、なるほどね。よくわかったよ!」
「それは良かった。なら街の前へと送るよ。《汝を送るは星の道しるべ、エイナスの地にて汝と星は交わらん》」
部屋の中心の魔方陣が青く光始めて徐々に輝きが強くなってくる。テンションが上がり過ぎて何を言っているのか聞いていなかった!えっ何?これで終わり?
「あっ!まっ……」
「君に星々の導きがあらんことを」
そうして私の視界はまたもや暗転した。
気が付いたら脇道に逸れてしまう。
次回は戦闘に入ります……たぶん