1-3
「友達、ともだち……」
ベッドの上で何度も寝返りを打ち、ラキが言ってくれたことをもう何十回も呟く。
時刻は夜の十一時を回ったところだ。
いつもは夜更かしはせずにベッドに横になれば五分と経たずに眠りに落ちるカナタだったが、今日ばかりはどうしても眠れなかった。
大きな窓から月明りが差し込んで、レースの天蓋を柔らかく照らしている。
あの後は門限が迫っていたカナタがその旨を伝えて、ラキは地の国へと帰っていった。
ゲート石を二回ほど擦って目をつぶると昨日現れた時と同じように辺りが一瞬パアッと光り、光が消えたときにはもうそこにラキはいなくなっていた。
実際目の前で人が転移するところを見るのは初めてだったので、慣れない感じがしたが、今回はラキを見送ることができたことに満足した。ラキが帰る前に明日も来ると言ってくれたことを頭の中で反芻して、頬を緩めながら城へ戻った。
「う~ん、眠れない……」
寝ようと目を瞑ると、次々と頭には友達とはどういうことをするのだろうとか、どこかに遊びに行ったほうがいいのかなとか、でもラキは地人だからあまりで歩くことはできないなとか、そんなことが浮かんでは消え浮かんでは消えてくる。
その時、以前女の子たちが友達同士でプレゼントの交換をしている場面を見かけたのを思い出した。
「プレゼント……」
交換なんて大それたことはしなくてもいいが、何かラキにカナタのことを友達と言ってくれたお礼をしたいと強く思った。
でも、何をあげればいいだろうか。
カナタは王女と言っても、自分の持ち物は暮らしていくのに必要な分しか持っていない。考え込みながら、部屋の中を物色し始めた。
「あ、これならどうかな」
刺繍のセットを見つけて、ハンカチに刺繍をしてラキにプレゼントしようと決めた。
刺繍はお世辞にも上手とは言えないが、ラキに渡すものはできれば出来合いのものよりも少しでも手を加えたものが良かった。そのほうがカナタの能力の一つであるヒーリングの効果が期待できると思ったからである。
そのハンカチを身に着けていると、疲れにくいとか、癒しの効果があればいいなという希望的観測だが、やってみる価値はあると思った。
そうと決めたら早速作業を始めようと、カナタはすっかり眠気の飛んでしまったのをいいことに、部屋の灯りをつけて水色のハンカチに刺繍を始めたのだった。
夜中の三時を過ぎたころ、集中していたカナタは完成したハンカチを広げてみた。
ラキと刺すだけだったのだが、慣れていないカナタは随分と手こずってしまった。
綺麗ではないかもしれないが、一針一針に能力を込めてみたので、きっとヒーリング効果は大丈夫だろう。
作業に没頭しているときは、眠気など感じなかったが、完成した瞬間から眠気が襲ってきた。
カナタは一つ伸びをすると、ハンカチを大切にたたみベッド脇のチェストに置いた。
今日、ラキに会ったら渡そう。その時のラキはどんな反応をするだろう。喜んでくれるかな……、それとも驚く? ラキの笑顔を想像しながらカナタは幸せな気持ちで眠りについたのだった。
翌日もベネットの勉強をできるだけ早く終わらせた。
今日はベネットに街に行く用事があったみたいで、いつもの勉強の半分の量で終わった。
カナタは早くラキに会いたくて、ベネットがカナタに声をかけていたのにも気づかなかった。
「カナタ様、今日はわたくしも古本屋に行きますから、もしよろしければ待ち合わせて一緒に帰り――」
「ありがとうございました……!」
ベネットの言葉の途中で、カナタは勉強部屋を飛び出して、部屋に用意したハンカチを取りにいく。今日は、昨日刺繍を刺したハンカチをラキに渡すつもりだ。一刻も無駄にしたくない。
バタバタと足音を響かせて、ホールまでの回廊を疾走していく。
途中、メイドたちにぶつかりそうになったが、小さく謝りつつも速度は落とさなかった。去っていくカナタに何事かとメイドは顔を見合わせる。
勉強部屋から出てきたのかホールでベネットがカナタを呼び止めたのだが、その声など全く耳に入らなかった。
「ちょ、カナタ様っ!?」
「行ってきます……!」
この時はカナタの胸は幸せでいっぱいだったのだ。
「ラキ……!」
「あ、カナタ! こんにちは、今日は早いんだね」
ラキは手に持っていた何かを自分の鞄に丁寧にしまうと、座っていた石から立ち上がってカナタを迎えてくれた。
カナタは上がった息を整えようと大きく深呼吸する。
楽しい。楽しい。走って、ここまで来ることが楽しい。ラキと待ち合わせしていることが嬉しい。
「き、今日は、勉強時間が、少なかったの。ラキは、いつも、私が来る前から、いるけど……待った……? ごめんなさい……」
「ううん、謝らないで。僕が来たかったから早く来たんだ。ここは一見怖い雰囲気だけど、いろいろな形の木があって、そこから光がたまにこぼれてきて眺めてて全然飽きないね。僕、ここ好きだな」
そう言って周りの木々をラキは見まわしたが、カナタは残念に思った。
空人と地人がいがみ合っていなければ、ラキを城下町のおしゃれなカフェや季節の花の沢山咲いている公園や、カナタのお気に入りの場所である古本屋に案内できるのにと、考えてもしようのないことが頭に浮かんでしまう。
悲しそうな表情が分かってしまったのか、ラキはカナタを昨日と同じように自分の隣の石に座るように誘った。
カナタはラキの隣に座ると、早速ハンカチを鞄から取り出した。
ハンカチを渡すのは緊張してしまうがそれ以上にラキが喜んでくれるかもしれないと期待する気持ちが強かった。
膝の上で鞄のファスナーを開けたカナタにラキは何だろうという表情をしつつも、カナタを待っていてくれる。
ハンカチはプレゼントらしく青い包装紙に包んでみた。包んだ直後は綺麗にできたと満足したのだが、いざ渡す段階になるともっときれいに包められたらよかったとか、洒落たリボンもつければよかったとか改善点が目立ってきてしまう。
「…………」
両手に包装したプレゼントを持ってうつむいていると、ラキは「これは?」とカナタに問いかけた。
「あ、あげる……」
「え?」
おずおずとラキに差し出すと、ラキは本当に驚いたようで目をいっぱいに見開いている。
「あ、あのね……! 昨日、私の事、友達って、言ってくれて……! すごく嬉しかったから……、だから、そのお礼……!」
「…………」
つっかえながら必死に自分の気持ちを伝える。この嬉しかった気持ちが伝わってほしい。
視線を外したままだったのは仕方ない、大目に見てほしい。真っ赤になりながら説明するが、ラキは何も言ってくれない。
(あ……)
ここまできて、ラキが迷惑に思うことを想定していなかったことに気づいて、カナタの目に涙が溜まってきそうになった。
いくら友達と言ってくれたことが嬉しかったからと言っても、そんなことでプレゼントを渡すなんて、普通ではなかったかもしれない。
受け取ってくれないかもしれないと思って、半分涙目になりながら、恐る恐る下からラキの顔を伺いみる。
「……!」
カナタは自分の目にしたものが信じられなかった。ラキの顔はカナタに負けず劣らず真っ赤だったのだ。
「……ラキ……?」
「あ、ご、ごめん! あ、ありがとう! すっごく嬉しい」
我に返ったラキは片手で口元を抑えるとあたふたとしだした。
目線はきょろきょろとあちこちを見ていて、落ち着きがない。
ラキがこんな反応をするなんて思っていなかったカナタは不思議そうに見つめてしまった。
すると、ラキが喉の奥で少し唸り声を上げてから、小さく呟いた。
「……カナタから何かもらえるなんて思っていなかったからかな。びっくりしすぎて、わぁ……」
「…………」
これは、とても喜んでくれていると受け取ってもいいのだろうか。
カナタはラキの反応が良かったことにほっと一安心して、喜んでくれたことに胸がどきどきし始めた。
「開けていい?」
「う、うん」
しかし、ラキの一言に再び緊張感がぐっと頭をもたげる。刺繍したハンカチをラキは気に入ってくれるだろうか。
ラキは丁寧に包装を開けると、ハンカチを手に持ってカナタににっこりと笑った。
「ありがとう! これ、カナタが刺繍してくれたんだよね」
「う、うん。あまりうまくないけど……」
「ううん! 上手だよ! もったいなくて使えないよ」
「あ……。できれば使ってほしいの。私の力を込めてみたから……」
「カナタの力?」
「うん。ヒーリング効果……。持っていると効果があると、思う……」
「すごいね。ありがとう。大切に使うよ」