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キミのためのツバサ  作者: とうの十樹
子供時代
2/32

1-2

 王城に到着すると、カナタは自分の部屋に急いで入った。

 先ほどの出来事を振り返ってみる。思い返してみると、自分の情けなさが浮き彫りになって、カナタは泣きそうになった。


 せっかくラキが話しかけてくれたのに、逃げてしまった。


 カナタには兄がいるが、十五歳も年が離れていてもう仕事で忙しくしているので、あまり会話をしたことがない。

 周りにはこの前髪のせいもあって年の近い友人がいなかったので、ラキが初めてこんなに会話をした――しかも好意的に――年の近い少年だった。


 地人であることを考えても、もしかしたら友達になれたかもしれなかったのに、という後悔が次から次へと沸き上がってくる。


 カナタの帰り際に明日も同じ時間に来ると言っていたが、本当に来てくれるのだろうか。

 今日のカナタの態度は最悪の一言だったし、ラキが空の国へ来ることは誰かに反対されていないのだろうか。


 カナタの髪を綺麗だと言ってくれたラキ。


 空人の中にはカナタよりも綺麗な髪を持つ者は沢山いる。

 もしも、もしもラキにカナタの瞳を見せたら、その時はなんて言うのだろう。怖がって逃げるだろうか、嫌われてしまうだろうか。それとも、同じように褒めてくれるだろうか……。


「明日も、行ってみようかな……」


 カナタはラキとの縁を終わりにしたくない気持ちを感じながら、眠りについたのだった。





 次の日、カナタはベネットとの勉強を頑張って早く終わらせて、昨日ラキと会った細い小径目指して駆けていた。


 いつもなら勉強に何時間もかかってしまうのだが、早くしなければラキがいなくなってしまうかもしれないという不安から、休憩もほとんど取らずに勉強したおかげでいつもより一時間も早く終わらせることができた。


 ベネットは今までとは明らかに違うカナタの勉強への取り組み方に驚き、感激してハンカチで目元を拭っていたが、ベネットの様子なんて目に入らない。


「あ、あの……ベネット。勉強が終わったから外に行ってもいい……?」


 緊張で喉をカラカラにしながら、おずおずとベネットに伺いを立てる。


「何ですか、カナタ様。また古本屋に行かれるのですか? 本当に好きですねぇ」

「え、あ……そういうわけじゃないんだけど……」

「はい? 古本屋に行かれるのではないのですか? もうすぐ暗くなりますよ。どちらに行かれるつもりなんですか?」


 正直者のカナタは、行き先が古本屋ではないとついぽろっと言ってしまって、焦る。

 いくらカナタにとっていい先生のベネットだとしても、地人に会いに行くなんて言えば、十中八九出してもらえない。

 必死に頭を回転させて、何か良い都合はないかと考える。焦るカナタは両手の人差し指を触りながら必死で言葉を探した。


「あ、あの、さ、散歩に、行こうかなって。今はいい陽気だから……」

「そうなんですか? カナタ様って思っていたよりも外が好きなんですね。わたくし知りませんでした。ですが、門限は守ってくださいね。そうじゃないとわたくしが国王様に怒られちゃいますからね」

「あ、ありがとう……! 行ってきます!」


 思いのほかベネットはあっさりと送り出してくれた。

 カナタは心の中で嘘をついてしまったことを何度も謝りながら昨日と同じ小径を目指して進んでいった。


 ラキは昨日と同じ場所に座っていた。

 カナタには気づかずに自分の手元をじっと見て何かをしている様子だ。

 カナタはラキの姿を見つけると自然とうれしくなった。


 近づいてみて分かったのだが、ラキは青い紐を編んでいた。

 その真剣な横顔に声をかけづらくなって、カナタはゆっくりとラキの側に寄っていった。

 ラキから二歩くらいのところで小石を蹴ってしまい、その小石はころころとラキの足元へと転がっていった。ラキは俯いていた顔を上げてカナタを認識した。

 ラキの顔が晴れる。


「カナタ……! 来てくれたんだ」

「う、うん……」

「家を出るの大変じゃなかった? 待ち合わせの時間もっと考えればよかったね」

「……ううん。勉強が終わるちょうどいい時間だった、よ」


 ラキの側に立ったまま、カナタはつっかえながら返事する。

 そしてラキが編んでいた紐に目を止めた。前髪の奥ではあったが、あまりにも熱心に視線を注ぐものだから、ラキもカナタの様子に気づいて笑顔になる。

 先ほどまで編んでいた紐をカナタにもよく見えるように掲げてくれた。


「これは飾り紐。妹の髪を括るのに作っているんだ」

「すごく……綺麗……」

「そうかな? 僕、まだうまく編めないんだよね。上手な人はもっと凝った細工ができるんだけど。興味あるならここに座りなよ。もっと近くで見てみて」

「う、うん……」


 ラキは小径にある大きな石に座って作業していたのだが、空いていた隣の石の土をぽんぽんと払ってくれた。


 カナタはその誘いのままにおずおずとラキの隣に腰掛ける。

 先ほどとは比べ物にならないくらいラキとの距離が体温が分かるくらい近づいて緊張したが、飾り紐が良く見える位置に来られて一心に見つめる。


 本人も言っていたが、青いビロードの細い紐何本かを編みこんで一つの紐にしている、細工も飾りもないシンプルなものだったが、光沢があって髪につけるときっと素敵だろうなと、まだ見ぬラキの妹のことを少しうらやましく思った。

 そう考えてから、自分の気持ちに戸惑い、一生懸命考えをかき消そうとする。


「飾り紐、気に入った?」


 あまりにカナタが熱心に見つめているので、軽く笑いながらラキは問う。

 その問いかけに自分がどのくらい見つめていたのか気づいたカナタは、顔を赤くしながら飾り紐から視線を外した。

 そんなに見つめていたら物欲しそうに思われてしまうかもしれない。さすがにそれは恥ずかしい。


「ご、ごめんなさい……! え、と。空の国ではそんな綺麗な飾り紐見たことないから、つい見てしまって……。ごめんなさい……。き、気を悪くした、よね……」

「全然! むしろそんなに気に入ってもらえたなんて嬉しい! 僕、まだまだ半人前だから、カナタが褒めてくれてちょっと自信がついた! ありがとう!」

「そ、そっか……」


 スカートをぎゅっと握ってうつむいて返事をしたカナタの頬は、リンゴのように真っ赤だった。

 カナタの胸にはラキの気が悪くならなかったことへの安心と、喜んでくれたことへの歓喜が渦巻いて、胸がいっぱいになっていた。


 そんな気持ちになるなんて初めてで、年の近い人とこうして話すとたくさんの感情が溢れてきてなんだか新鮮な驚きだった。


 もっとラキと話してみたい、もっと自分と話すことで喜んでもらいたいという気持ちがむくむくと湧いてくる。


 カナタがうつむいている間にも、ラキはせっせと飾り紐を編んでいった。

 その間にもお互いの趣味の事、どんな動物が好きかなどいろいろと話をしたのだった。


 ラキの人懐っこさに助けられて、カナタはほとんどラキのほうへ顔を向けられなかったが、楽しい時間を過ごすことができた。

 そして、ラキの編んでいた飾り紐が手のひらくらいの長さになると、端を特殊な形に結んでほどけないように処理する。


「できた!」

「うわあ……!」


 出来上がった飾り紐を掲げて見せてくれたので、カナタは目を輝かせて感嘆の声を上げた。


 綺麗な仕上がりで先ほど半人前と言っていたが、とてもそんな風には見えない。縫製は元からしっかりしていた紐だったが、しっかりと編みこまれていて、綺麗な編み目だった。


「カナタ、ちょっと後ろを向いて」

「? うん……」


 ラキは後ろを向いたカナタの髪の毛をさらりと掬い取ると、頭の高い位置で飾り紐を結び付けた。途中で何をしているか気づいたカナタは、慌てて制止の声を上げる。


「ラ、ラキ! これは、ラキの妹さんの……!」


 しかし、ラキはそんなこと意に介さずさっさと飾り紐で白色の髪をまとめてしまった。そして、ポケットから小さな手鏡を取り出すと、カナタに渡す。


「どんなできか確かめたかったから大丈夫だよ! うーん、やっぱり、カナタには青より赤系の色のほうが似合うかなあ……」


 ラキはぶつぶつと完成した飾り紐をつけたカナタを眺めながらつぶやく。

 カナタはラキが渡してくれた手鏡の中の自分の姿を見てため息を一つついた。やっぱりラキの作った飾り紐は綺麗だ。その時、ラキは「ちょっとごめん」と言いながら、横からカナタの前髪に触れてきた。


「ちょっとごめんね。前髪をこうしたほうがいいかなって……」

「!!」


 カナタが驚いてラキを止める前にさっさと前髪をピンでとめてしまった。当然、カナタの瞳はあらわになり、まともにラキと目が合ってしまう。

 その時、ラキは一瞬目を大きく見開き顔をわずかに赤くさせた。


「ラ、ラキ……?」

「あ、ごめん……カナタの目が思っていたよりもずっと綺麗だったから、びっくりしちゃった」

「!!」


 ラキが言ってくれた言葉に驚いて目を見開いているカナタに、ラキはにっこりと笑って見せた。


「カナタはすっごく綺麗な目をしているんだから、隠すのはもったいないよ。うん、やっぱりこっちのほうが可愛いよ」


 他意など何もない素直な言葉は、時間をかけてカナタの胸にじんわりと浸透する。急に恥ずかしくなってうつむきながら精一杯説明した。


「目は出しちゃダメだって、お父様にきつく言いつけられているの……。だから……」

「そうなの? うーん、もったいないけど、事情があるんなら仕方ないか。じゃあピンは取っておくね」


 ラキは無理強いしないで、すぐに前髪を留めていたピンを取ってくれた。すぐにいつもの前髪に覆われた視界に戻ってカナタはほっと息をつく。


「そ、そういえば、昨日は、先に帰っちゃって、ごめんね……。あの後、迷わないでゲートまで行けた……?」


 昨日、ラキを置いて逃げてしまったカナタは問題なく地の国へと戻れたかと心配になって聞いてみた。そう問いかけられたラキは一瞬きょとんとカナタを見つめた後、得心がいったようにしきりに頷いた。

 そして、造りの良いズボンのポケットから掌よりも一回り小さい透明な丸い石を取り出してカナタに渡してくれた。


 ひんやりとした石の冷たさを手に感じながら、その石が何なのかわからないカナタは首をかしげながらラキと石を交互に見る。

 その様子を見て、ラキは嬉しそうににやりと口角を上げてもったいぶって瞳を輝かせた。


「実は、その石は家の蔵から見つけたんだけど、爺様に聞いてみたら『ゲート石』っていうものらしいんだ」

「ゲート石?」

「うん。なんでも、数百年前までは普通に出回っていた空の国と地の国を行き来できる道をつなぐことができる石だって……!」


 そのラキの言葉にカナタはとても驚いて息をのんで固まってしまった。


 確かに過去には二国は今ほど険悪ではなく、やり取りなども頻繁にあったという。

 当時ゲート石で自由に行き来ができたと言われても別段驚くことはない。しかし、二国がお互いに関係をあまり持たなくなってから長い年月が経っている。当時使われていたものが残っているのに驚いた。


「昨日はそんなこと知らずに、綺麗な石が見つかったから、秘密だけど、加工して妹に見せようと思ったんだ。でも、磨いたら突然空の国に飛ばされて、目の前にカナタがいたから本当に驚いたよ」


 ラキは昨日家に戻ってから、祖父に石のことを聞いてみたという。

 そういえばラキは初めは自身が空の国にいることに驚いていたようだった。しかし、突然、空の国に来てしまって帰り方も分からなかっただろうから、やはりラキが帰れるまで一緒にいればよかった。


 カナタは空の王女なんて身分だが、人との関わりは他の同世代の子供たちに比べて圧倒的に少ない。それもこれもこの瞳と、それを隠すために伸ばした前髪で子供たちにからかわれてしまって自信喪失してしまったことからなのだが、こんなに良くしてくれるラキにはできる限り何でもしてあげたかった。

 自分が情けないと暗い物思いに沈み込む。


 ため息をつきそうになるのを我慢していたら、ラキは明るい声でカナタの物思いを霧散させた。


「という事だから、昨日の時点でこの石があれば地の国へ帰れるってわかっていたから、全然問題なかったよ! でも、心配してくれてありがとう! こんな優しい子が友達だなんて僕は幸せ者だな」

「……え?」


 カナタはラキがカラッと笑いながら何でもないことのように言った単語を信じられない思いで受け止めた。しかし、聞き間違いかもしれないという思いから、その言葉を半信半疑で繰り返した。


「……と、友達……?」


 口に出すと、やはり自分の都合のいい空耳だったような気がますますしてきてしまい、しりすぼみな頼りない声音になった。


「うん。もちろん! 僕はカナタのこと友達だと思ってるけど……ダメだった?」

「……!!」


 これまた何でもないことのようにさらりと言う。実際、ラキには特別なことではないのだろう。

 しかし、そのはっきりと聞こえた「友達」の一単語にどきどきが止まらない。

 ダメじゃない、私も友達がいいと伝えたかったのだが、鼓動が高鳴りすぎてうまく言葉にならない。


 仕方なくカナタはぎゅっと目を瞑りながら、首をぶんぶんと勢いよく横に振ったのだった。

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