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キミのためのツバサ  作者: とうの十樹
子供時代
1/32

1-1

 空の上、雲よりもはるか上に翼を持った空人と呼ばれる見目麗しい種族が暮らす空の国があった。


 空人たちは光り輝くその翼を使って自由に空を飛びながら、ある者は広場で横になって昼寝をしながら、またある者は買い物をして楽しみながら、のんびりと暮らしていた。

 神に愛されたと言われていた空人は、能力も高く、マホウと呼ばれる不思議な力を使いこなす者も数多くいた。


 そして、空の国から遥か下、地上には、地人と呼ばれる種族が暮らす地の国が広がっていた。地人たちは空人たちのように不思議な力はないが身体能力に優れており、美術品や工芸品を生み出す器用さが突出していた。


 空人と地人は今からおよそ百年前に戦争をした歴史があり、両国の王子と王女の婚姻という形で終結したのだが、すぐに二人が亡くなってしまったことから両国に不信感だけが残り、実質的には和解とはならなかった。

 現在に至っても二国の関係は良くはない。二国の交流はそれから細々とは続いているが、地人が空の国に来るのはかなり勇気がいることで、その逆も然りだった。





 空人の王女カナタは古本屋から王城に帰る道を走っていた。カナタの腰まである白色の髪がなびく。


 家庭教師のベネットはいつも予定していた勉強が終わると、自由時間をカナタにくれた。その自由時間を城下町の古本屋で過ごすのが、最近のカナタのお気に入りだった。


 古本の香りはとても落ち着く。あの少し紙が古くなった香りに包まれていると、引っ込み思案のカナタも自分自身でいられるような気がするのだ。


 しかし、いつも古本屋での夕食の時間までの楽しみはいつもあっという間に終わってしまう。今日も予定していた時間よりも長居してしまって、古本屋の店主に見送られたのがついさっきだった。

 いつも本を買うことはなかったが、いろいろな本の表紙を見てみたり、ぱらぱらと本を捲ってみたり、時には店主と会話したりする。店主もいつもカナタがやってくるのを楽しみにしてくれていたので、今カナタが緊張しないで話せる数少ない人物の一人だった。


「あ、あれ……?」


 次に行った時は今日見られなかったあの本を見てみようかな、と一人走りながら微笑んでいたカナタは、視界がさっと暗くなったのに気付いて足を止めた。

 一人空想をしていたせいか、曲がり角を間違えていつもは通らない小径に入り込んでしまったようだった。

 走っていて上がっていた息を整えながら、ゆっくりと周りを見渡してみる。

 周りは見たこともないような枝が絡まり合っている樹が生い茂っている。日がところどころしか当たらずに、先ほどの道よりも温度が数度低く感じる。

 王城が樹の枝の隙間から確認できたことから、いつもは通らないが、この道は城下町と王城をつなぐ近道だろうと考えた。王城の近くにこんなところがあるんだと少し驚きながら、その薄暗さと雰囲気に少し恐怖を感じて、いつもの道に戻ろうかと踵を返したのだが――。


 ピカッ!


「!!」


 薄暗かった周囲に一瞬強い光が溢れかえった。ちょうどカナタの真上が光って心臓が飛び出そうなくらい驚く。そして直後。


「わあああ!」

「きゃぐっ!?」


 カナタは何かに押しつぶされて、地面に倒れてしまった。


「…………」


 うつ伏せで押さえつけられている状態なので、何が落ちてきたのかさっぱりわからない。重い何かをどかそうと必死に手足をばたつかせようとしてみたが、あまり自由に動かせなかった。


「……い、ててて……て、痛くない……あ!? ご、ごめん!」


 空から落ちてきた何かはむくりとカナタの上で起き上がり、下敷きにしているカナタに気づいて電光石火の勢いでどいてくれた。

 カナタは起き上がると、服についた土をぱんぱんと払う。ハンカチで顔を拭き、翼を出し入れして異常がないことを確認してから、ここでようやく目の前の人物に注意を向けた。


「あ……」


 黒曜石の髪と瞳を持ち、精一杯カナタを凝視している人物。年はカナタと同じくらいかそれより少し上くらいか。動きやすそうな綿のシャツと飾り気のない膝までのズボンを穿いている。


「ち、地人……?」

「空人……?」


 カナタと少年はお互いに目を皿のようにしながら数秒間見つめ合う。

 カナタは地人を実際見たのは初めてだったが、空人のように色素の薄い髪ではなく濃い色合いの髪を見れば、話に聞いていた地人の特徴そのものだったのですぐに分かった。

 一方で、少年も目の前に自分とは異なる種族がいることに驚きを隠せない様子だ。先ほどからピクリともしない。


 しかし、いったいどうしてこんなところに地人の少年がいるのだろうか。ここは空の国と地の国をつなぐゲートからは離れた、言ってしまえば地人がいる事がどう考えてもおかしい場所のはずなのだが。そもそも、ここ百年ほど空人と地人はいがみ合っているので、特別な事情がない限り、そのゲートを使う者もめったにいない。少年が、しかも一人で空の国にいること自体が異様な事態だ。


 カナタ自身も周りの大人から地人とのいさかいは聞き及んでいたので、どうしたものかと少し迷ってしまった。しかし迷いは一瞬で、すぐにカナタは自分の行動を決めた。

 きっと、この少年がこんなところにいるのはまずいだろう。彼も目の前に私がいることに戸惑っている様子だし、早く地の国へと帰ったほうがいいだろう。


 カナタは誰かと話すことが得意ではない。何年も前から前髪で瞳を隠して生活してきたので、そのことを、年の近い子たちからからかわれて友達もいなかった。なので、地人とは言え、年の近い少年に自分から話しかけるのは、喉がカラカラになるほど緊張することだった。

 しかし、この少年の安否はカナタにかかっていると思えば、そんなことは言っていられないと小さなカナタは勇気を振り絞った。

 カナタは小さな手をぎゅっと握って、自分のつま先を見ながらとぎれとぎれに小さな声を発した。


「あ、あの……は、早く地の国へのゲートに戻ったほうがいい、よ……? この道を真っ直ぐで、左に曲がると見える、から……」

「君、空人だよね! 髪が綺麗な白色……ううん、光が当たるといろんな色に光っている……! すっごく綺麗だね……!」

「え?」


 しかし、少年はカチカチに固まっているカナタとは反対に途端にぱあっと顔いっぱいに嬉しそうな表情を浮かべて、木々の間から差し込む光で輝くカナタの髪をよく見ようと、一歩近づいてきた。

 カナタは先ほどより緊張してしまい、まともに息も出来なくなってしまう。だが、近づいてきた少年のキラキラと輝く黒曜石の瞳を見つけて吸い込まれそうになった。


 空人は大抵色素の薄い綺麗な髪と瞳を持っている。カナタの髪の色は一見何の混じりもない白色だが、よく見ると、空人の中でも珍しい、光の加減によって色が変化する色だった。

 瞳も髪と同様に光の加減で変化する色で、しかも左右少しだけ色が違うオッドアイだ。その瞳のおかげで今まで両親から絶対に瞳を他人に見せないようにと言いつけられてきたので、前髪をもっさりと伸ばして隠してきた。

 その理由を聞くといつもはぐらかされるので、なぜなのかはわからないのだが、前髪で隠さなければならないほど自分の瞳は異端でよくないものなのだと思ってきた。


「僕、ラキっていうんだ! 君は?」

「カ、カナタ……」

「カナタ……不思議な響きだけど、綺麗な名前だね。カナタって呼んでもいい? 僕のことはラキって呼んでほしいな」

「う、うん……」


 ラキの勢いに押される形で、カナタは自己紹介をして、その直後、地人は悪逆非道の常識外れ、絶対に口をきくことはなりませんとベネットに口を酸っぱくして言われていることを思い出して、少し後ろめたい気持ちになった。


 しかし、目の前のラキは無邪気に笑っていて、その様子を見る限り地人が悪い種族だというのは何となく信じられなかった。

 とりあえず、ラキと話したことはベネットをはじめ、父親の国王や王妃など、他の空人には言わないほうがいいと判断した。


 その時、小さくカナタのお腹が鳴った。


「!!」


 その音を聞かれたかと思い、顔に熱が集まってくる。

 恥ずかしい恥ずかしい。

 その場にいられなくなったカナタはくるりとラキに背を向けると、王城のほうへ向かって走り出した。


「あ、カナタ……!!」


 背後から呼び止める声が聞こえたが、カナタには立ち止まって振り返る余裕はなかった。


「明日も同じ時間に僕、ここに来るから! また会おう! カナタのこと、待ってる!」


 その言葉を背中で聞きながら、カナタは王城に戻っていったのだった。

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