優斗と凛さん
2話
追い詰めた。
とうとう奴を追い詰めたぞ!
オレの目の前にいる生き物。ツヤツヤした鱗のある皮膚、丸々とした眼玉、そしてチロチロと口の中に出したり引っ込めたりしている舌。
この生物を、今日こそ捕獲すると誓い、ここ3日間ずっと追い求めて来た。
「ここで決める!」
もはやこの生物に逃げ場はない。
前にはオレ、左右と背後はコンクリートの壁。
勝った。
勝ちを確信した、しかし。ここで油断すると取り逃すかもしれない。
オレは、最新の注意を払って距離を詰める。
奴は、こちらを警戒しているようだ。隙あらば逃げる気だろう。
そうはさせない。
「チェクメイト……」
十分距離は詰めた。もはやこちらの射程距離に入ってる。
完璧だ。あとは奴との反射神経勝負!
「もらった!」
オレの方が早い!
オレの手は奴の目の前に、これで終わり――!
「――なにしてるの?優斗」
いきなり背後から声をかけられる。
その一瞬、わずか一瞬、オレが背後に気を取られてる隙を奴は逃さなかった。
奴は、オレの指の隙間を潜り抜け、オレの足元を全力で駆け抜けて行き草むらへと逃げていった。
そんな……完璧だったはずなのに……
奴をここに追い込むのにどれだけ苦労した事か。
しかし終わりではなかった。
そう、奴を捕まえるためにオレは、奴のいた所に飛び込んだのだ。
つまり、今奴はそこにいない。しかも背後に気を取られたおかげで一瞬反応が遅れて。
オレはそのままコンクリートの壁に熱烈なキスをするハメに……笑い事じゃない。冗談言ってる場合じゃない。
「わぁー!! 優斗! 血がいっぱい出てる!!」
薄れゆく意識の中で、慌てる結梨の声が頭に響く。
あー、これ多分ダメな奴だ……
「……最後に……プリン……食べたかっ……た。ガクッ」
――
うー……、あれ?ここは誰?私はどこ?
「あっ! 目が覚めた!」
目を開けると、そこには心配そうに見つめる結梨の姿。
気を失ってたようだ。
まったく……オレの体が頑丈にできてることに感謝しとこう……いやほんとに……
記憶は定かじゃないが、コンクリートにヒビ入れた気がする。
「本当に心配したよ。優斗が死んじゃうじゃないかって、でも大丈夫そうだね。どこか痛い所ない?」
痛い所。
「頭痛が痛い。」
「頭痛だからよ。馬鹿、頭痛がするでいいでしょ? このド低脳」
おぉう。いたのね、凛さん。
右隣で、本を読んでいる凛さん……心配してくれないんですね。相変わらず……いつも通りの辛口で安心しました。
「凛も少しは心配してくれてもいいんじゃないか? 一応、オレ頭から血出て運ばれたんだろ?」
そう、今オレは頭に包帯ぐるぐる巻きの怪我人なのだ。
少しくらい優しくしてくれても
「……そのままおっ死んだ方が世のためになるんじゃない?」
あっ……泣きそう。
「もぉ、心にないこと言わないの凛ちゃん。優斗くんが運ばれたって聞いてすっ飛んで来たのはどこの誰だったかしら?」
あっ、綾女先生……て事は保健室か。
それより……すっ飛んで来た?凛さんが?
「そうそう。凛ったら、優斗が血を出したって聞いて、血相変えて来たんだから。本当凄かったよ? なにせ外履きのままでそこのドアも思いっきり開けて入って来たんだから。」
いつもクールな凛さんが?想像できないんだが……
ふと、凛さんを見てみると。顔を真っ赤にしている。
こんな凛さんは、見たことない……
少し可愛いと思ったオレがいた。
と呑気に考えていると、凛さんはの手元が震えてることに気づく……嫌な予感。
ワナワナと凛さんの感情が昂ってる……気がする。
オレの経験上、こういう時は大概ろくな目に合わない。
「な……」
な?
「なんで言うのよ!? 言わないって約束だったでしょ! 先生と結梨のばかー!」
怒っ……た?凛さんがこんな怒り方するなんて。
クールな凛さんが椅子を蹴って立ち上がり大声をあげる。
しかもいつもよりも可愛い声で、口調も少し違う?
「うぅ……、って!なにニヤニヤしてるのよ!優!」
やっべ!バレた!だってしょうがない!こんな凛さんは初めて見たし。
「凛もそんな顔するんだな〜って」
「死ねっ!!!」
――!それは聞いてない!
馬頭と同時に繰り出された凛さんの蹴り。
これが頭にクリティカルヒットしたようで……オレ、ワン蹴りアウトの様子……また気絶するのかよ……勘弁してほしい……
――
目が覚める。
「知ってる天井……」
いつのまにかオレの部屋に運ばれた様子。
まだ頭痛い。
「……夜もすっかり更けてる。午前2時か……」
違和感がある。なんだろうか……
オレは、体を起こしてみた。うん……違和感の正体発見!
オレのベットの淵で伏せるように寝てる凛さんを発見。
「凛さーん?そんなとこで寝たら風邪ひいちゃうけど?いいの?」
すぅすぅ寝息を立てるだけの凛さん。
オレも一応は、男なんですが。
警戒心の微塵も感じれない凛さん、ほっぺたつねっても大丈夫かな?……いや……辞めておこう。あとが怖い。
「……しょうがない。ここは譲るか……」
オレは、そう言いベッドから起きる。
「良いショット、バキューンっと……」
ちょっとなに言ってるかわからないが放っておこう……言ったの俺だけど。
凛さんを持ち上げる。軽い。そりゃ軽いわな。いや、もしそうじゃないとしても、重いなんて口が裂けても言えないが……
「よし。後は……」
凛さんをベットに横に寝かせて後は毛布をかけるだけ……
その前に。
「……寝顔だけは可愛いよな。凛さん」
凛さんの顔をマジマジと見つめる。
別に変な意味はない!こうやって凛さんの顔を見れるチャンスなんてそうそうない、だからこうやって見てる訳で。
「――優」
ビクッ!と思わず体が反応する。
「……すぅ……んっ……えへへ」
寝言か、よかった。死んだかと思ったオレが
じゃぁ改めてもう少し拝ませてもらうとしますか。
……凛さんの目を見る。滅多に見ることできない……というか見たことのない左目。
実は、凛さんに左目は存在しない。いや、昔はあったらしいが今はないという意味で
それ故に左目の上には常に包帯が巻かれてる。
左目を無くした理由は聞いても話してくれないが、まぁ無理に聞く必要はないし。おそらく壮絶な人生を歩んでいたのだろう。14歳だというのに。
そうやってマジマジと見ていると……
「……」
「――ッ!?」
目が合った。恋に落ちた気がする。
凛さんの右目が開きオレの目の5センチ前でパチクリさせている。
オワタ
なぜなら、側からみれば……多分夜這いって言うんだっけ?それをしてるように見えても不思議じゃないからな。
ここ、オレの部屋なんだけどな!
「――なにしてるのよ馬鹿!!死ネェェェ!」
「――理不尽!」
いや!オレただ毛布をかけようとしてフリーズしてただけ!確かに見惚れてたけど!
だからって思いっきり頭殴る事はないだろ!!!
と思いながらオレの意識はシャットアウトしていく……これ……死ななきゃいいけど。




