2秒先の予知能力を持つ男
燦々と陽が射す穏やかな日曜日。幅4メートルといった住宅街の道を、俺は彼女と手を繋ぎ、歩きながらにとある告白をした。
「実はさ……」
「何?」
「俺、2秒先の未来が見えるんだ」
「……えっ?」
唐突な告白に彼女は足を留め、驚いた様子で以って俺の顔をジッと見つめた。
「2秒先の未来が見えるんだ」
「えっと……」
「2秒先の未来が見えるんだ」
「それ、マジでいってんの? だとしてもさ……2秒先が見える事が凄いのかどうか分からないんだけど……」
雪の降り続く今年の正月、俺の爺ちゃんが亡くなった。その爺ちゃんの遺品整理をしている時、俺宛の手紙を見つけた。
『お前には2秒先の未来が見える能力がある。だがその能力は意図して使えるものではなく唐突に見える物だ。そしてその能力を使い始めたら一生唐突に2秒先の未来が見えるようになる。これから何十年と唐突に2秒先の未来が見えるという人生を送る事になる。だから注意して使え。稀に便利な時もあったが、殆どの場合に於いては邪魔な物だ。時には頭がおかしくなりそうな程に邪魔なものだ。爺ちゃんはこの話を爺ちゃんの爺ちゃんから聞いた。その時は冗談かと思ってその場で試してしまった。それは本当だったがそれ以降ずっと苦しんだ。だから注意しろよ』
そんな事が書いてあった。いわゆる隔世遺伝の能力。「何言ってんだ爺ちゃんは」と、俺は半信半疑ながらにその場で試してしまった。テレビにふと目をやるとワイドショーが放送されていた。それはデジャビューと言える物。俺にはコメンテータが何を話し始めるのかが分かった。そしてそれ以降、2秒先の未来と言う映像が唐突に頭の中に入って来るようになった。
「確かに2秒程度じゃ未来と言える未来は見えない。2秒先じゃ宝くじを当てる事も出来ないし、これから起こる天災を知れる訳でも無い。お前とこうして話をしている時、お前が何を話し始めるか分かるかもって程度。そもそも意図して見える訳じゃなくて唐突に見えるって感じだしな」
「便利なんだか良く分からないね……」
彼女は苦笑いしながら言った。どうやらつまらない冗談と受け止められたようだ。まあそうだろう。せめて10分後とかでなら証明も出来そうなものだが、2秒先なんて証明しようがないし、そもそも意図的に見える訳でも無い。
瞬間、2秒後の未来が頭の中へと映し出された。それは俺達2人の元へと1台のトラックが突っ込んでくる未来。
俺は彼女の背後から抱きしめる様にして両手を伸ばし、そのまま抱えあげると道の端へと飛んだ。道の端には2メートルといった高さのブロック塀があった事からも、彼女を庇う様にして体を反転させたが、咄嗟の事でもあり勢い良く飛び過ぎたのか、俺はブロック塀に背中と頭を激しく打ちつけた。彼女は俺というクッションがあった事で体自体に問題はなかったが、頭の位置が丁度俺の顔と同じ高さにあった事で、俺の顔に激しく後頭部をぶつけた。「いたーいっ!」と叫んだ彼女のその声と時を同じくして、俺達の傍を1台のトラックが猛然と通り過ぎ、勢いそのままに近くの電柱へ「ガッシャーン」と大きな音を立てて衝突した。
俺はブロック塀を背に、彼女を背後から抱きしめる様にして地面に座りこんでいた。無防備に後頭部を強打し、更には彼女の後頭部が顔面へと当たった事で激しい痛みを覚えると同時に意識が朦朧としていた。瞬間、再び2秒先の未来が見えた。電柱に衝突したトラックが突然後退し、そのまま俺達に向かって突っ込んでくる未来。2秒間では抗う事の出来ない未来が見えた。
俺が最後に出来るのは、トラックが電柱に突っ込んでいる事すら気付かず「いーたーい!」と、何が起こったのか分からないと怒りの目を向ける彼女を、道の反対側へと蹴飛ばす事だけだった。
2020年02月24日 初版